第10話 格闘術

 「始めー」


 リオンの気の抜けた掛け声と共に鞠亜が動いた。腰ために構えたアサルトライフル型のデバイスでダダダッと横薙ぎに掃射する。ロクに狙いをつけておらず、牽制目的の攻撃だったのだろうが、魔法士同士の模擬戦は先手必勝だった。

 雑ながらもそれなりに広範囲の攻撃に、俺は回避行動を取ることを強いられる。


 射線の上を飛び越えるようにして鞠亜の攻撃をかわした俺は、早速あいつのクセを見抜いていた。


(やっぱり、そこまで連射はできないらしいな……)


 連射できるなら、マナを撃ち続けながら突撃を仕掛けるだけで呆気なく決着がついただろう。アサルトライフルとは本来そういう武装のはずだ。しかし鞠亜は攻撃をかわしてバランスを崩した俺に追撃をかけようとしない。


 デバイスのクセか、はたまたマナ総量の問題か、手加減されているか……どれだ?


 だが、クセを見抜いたからにはそれを勝利の糸口にするしかない。となると、取るべき作戦は接近戦だ。

 掃射をかわし、次の掃射が来る前に懐に飛び込む、そしてアサルトライフルの強みを潰してしまえば勝機が見えてくる!


 思考を一瞬でまとめた俺は、着地した反動を利用して前方へ飛び出す。まさか相手がこのタイミングで突進してくるとは思わなかったのだろうか、鞠亜が少し慌てた表情をしてアサルトライフルを顔の近くに構え直した。今度はしっかり狙って撃つつもりだろう。


 「──遅いぞ」


 俺は鞠亜がスコープを覗き込むのと同時に身を屈める。鞠亜から見ると、俺の姿が一瞬で消えたように見えるだろう。奴のスコープの死角に入ったのだから。


 慌ててスコープから顔を離してももう遅い。生まれた一瞬の隙をついて、俺は鞠亜の懐に飛び込んでいた。

 体育館のギャラリーからざわめきが起こる。相手の動きが異様にゆっくりに見える。



 ──いける!



 「アリアリって言ったのはそっちだからな!」


 身を屈めた体勢から相手の顔面目掛けてハイキックを放つ。女の子相手に大人げないとは思ったが、鞠亜は俺より格上だ。手加減していてはこっちがやられる。

 鞠亜は咄嗟とっさに身を反らしながらデバイスの銃身を盾にして俺の蹴りを防いだ。


 カッシャーン! と音を立てながら鞠亜の腕からアサルトライフルが吹き飛び、体育館の床を滑っていく。


 「──っ!?」


 鞠亜が息を飲んだ。俺はそんな彼女の額にデバイスを突きつける。

 勝負あったかに見えたその時、鞠亜はフッと不敵に笑った。


 「なにっ!?」


 慌ててデバイスからマナを放つが、それは何もない虚空を射抜いただけだった。鞠亜の姿は俺の視界から消えていた。



(まさかこいつ……俺と同じように……!?)


 しかし俺は鞠亜のようにスコープを覗いた訳でもない。それなのに消えたように見えたということは、かなりのスピードで動いたということだ。

 気づいた時にはもう遅かった。鞠亜は完全に俺の懐に飛び込んでいた。


 鞠亜は俺に背中を押し当てるような状態で、デバイスを構えた俺の腕を取り──


 「せいやーーーっ!!」


 そのまま華麗な一本背負いを決めてきた。咄嗟のことに俺は受け身の体勢をとるのが精一杯だった。

 視界がぐるんと一回転して、背中が硬い床に叩きつけられる。


 「ぐはっ……」


 息が詰まった。と共にギャラリーの歓声が耳に飛び込んでくる。──勝負はついた。俺はあと少しのところで勝機を逃してしまった自分を呪った。


(でも、俺自身は油断をしたつもりはない……ということは?)


 鞠亜の近接格闘術がずば抜けているということだ。

 彼女は得意げな表情で地面に大の字になっている俺に手を差し伸べるなどしている。


 「びっくりしましたか? ご想像のとおり、私のマナ総量は大したことありません。私が魔法士になれたのは格闘術これのお陰なんですよ」

 「──なるほどな。完全にノーマークだった」

 「仕方ないですよ。これ見せたの皆さんの前では初めてですから」

 「だから『アリアリ』にしたわけだな」

 「その通りです。なのに外崎くんが無警戒に突っ込んできた時はさすがに少し慌てましたけどね」


 何となく俺は審判のリオンの方に視線を動かしてみる。勝負はついたはずで、俺と鞠亜もそんな感じの雰囲気であるにも関わらずリオンはまだ試合を止める気配がない。

 どういうことだ? と目で問いかけてみると、リオンは無言で自分の膝を指さして首をゆっくりと傾げる。


(なんだ……何が言いたい? ──膝?)


 そうだ。そういえばリオンから提示されたこの模擬戦の勝敗条件は『膝をついた方が負け』ということのみだった。──つまり


(俺は投げられる時に膝をついていないからまだ負けていないということか!)


 「さてと、じゃあ今日から外崎くんは変態の要注意人物ということでクラスに周知しておきますので──ほら、いつまで寝てるつもりですか?」


 鞠亜は俺とリオンのやり取りに気づいていないらしく、さっさと手を取って負けを認めろとでも言いたげだった。


 「──あー、そのことなんだが……」

 「……?」

 「すまんな」


 バシッ! と目の前で閃光が爆ぜる。程よく威力を調整したマナが、のデバイスから射出され、鞠亜の左足のくるぶし辺りに命中した。投げられた俺はデバイスを離さずに少しずつ腕の位置をずらしながら隙をうかがっていたのだ。少し卑怯だが仕方ない、試合はまだ続いているのだから。


 「ったぁっ!?」


 悲鳴を上げながら左足を浮かせ、そのままバランスを崩す鞠亜。


 「──はいそこまで」


 鞠亜が地面に膝をついたのを確認したリオンは、試合終了を宣言した。体育館は野次馬の大歓声に包まれる。──否、歓声だけではなく……


 「おいおいマジか。あの問題児、学級委員長に勝っちまったぞ!?」

 「でもあの勝ち方は……なんか卑怯じゃないか?」

 「卑怯だ! 卑怯者! 正々堂々戦え!」


(正々堂々ルールに則って戦ったはずなんだが……やっぱりこう言われるわな)


 俺はどうやらクラス内だけでなく、学内でも嫌われてしまったらしい。だが、援護は予想外のところから来た。


 「もーう! うるさいですね! 完全に私の負けです! 外崎くんはなにもルール違反はしてません!」


 地面に手をついている鞠亜は悔しそうに顔を歪めながらも、ギャラリーを睨みつけながら毅然きぜんと言い放った。


 「すまなかった。……立てるか?」


 鞠亜は俺が差し出した手を取って立ち上がる。


 「──油断しました。でも次は勝ちますから」

 「……またやるのか?」


 正直いろいろダルいからやりたくないのだが、当の鞠亜が目を輝かせているのだからあまり気乗りしないということを伝えづらい。


 「もちろんですよ!」

 「マジか……」


 鞠亜は意味深な笑みを浮かべながら俺の耳元に顔を寄せると、小声でこんなことを伝えてきた。


 「元々私は外崎くんが嘘ついてるとかついていないとかはどうでも良くて、ただ自分の技が他人にどれほど通用するのか試してみたかっただけですから」

 「ってことは、最初から俺に喧嘩売るつもりだったのか!?」

 「里見さんでもよかったんですけどね。彼女だと本気で戦ってくれなさそうで──一芝居打たせていただきました。ごめんなさいね」


 いたずらっぽく舌を出しておどけてみせる鞠亜の姿に、俺は肩をすくめるしかなかった。なんだか、試合に勝っても勝負には負けた気分だった。


 「さてと、外崎くんの誤解も晴れて親睦も深まったことですから、早速三人で連携の作戦会議しますよ! ほらほら、里見さんも!」

 「わ、私も……?」

 「そうですよ! 私たちトルペじゃないですか! それに私にはリーダーとしてお二人を監督する責任がありますし」

 「ちょっと待って、まだトルペのリーダーは決まってな──」

 「いいからいいから!」


 勝手に鞠亜が始めて鞠亜が終わらせたことだが、俺やリオンに突っ込む暇を与えないほどの素早さで、鞠亜は俺たちの手を引いて体育館を後にした。


 その後、みっちり二時間ほど食堂のテーブルで作戦会議という名の鞠亜の格闘術に関する自慢話に付き合わされた俺とリオンは、這う這うの体で自室へと戻ったのだった。全く、ほんとに俺の周りには頭のおかしなやつが多すぎる。それをつくづくと感じたのだった。

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