第8話 スパナ

「おい、彩。ちょっと来てこの機械も見てくれないか。」


「はい。今伺います。」


勤続年数40年というベテラン職員に呼ばれ、私は自分の作業を一旦中断し、その職員の元へ近寄った。


「何度も教えたはずだから分かると思うけど。」


「お客様は動かなくなったとおっしゃっていたんですか。」


「ああ、そ、う、だ、ね。」


ベテランは、装置の周りを眺めながら話す。


「多分中のベルトが外れてるか、焼けてるかどっちかだと思う。まあこれくらいならスパナで外して、中身見て新しいのと交換しといてね。」


「はい、承知しました。」


彼は、「じゃあ俺はちょっと別の装置見てくるから」と言い、私の元から離れた。


女性で工業関係の知識などほとんど入れてなかった私が、大きな仕事を任される。


「少しは成長してるのかな。」


周りの機械音にかき消されそうな独り言を言い、作業に取り掛かった。


スパナを右手に持ち、目の前の装置にいくつもくっついているボルトを回していると、子供の時に父親に教わりながら作業をした頃のことを思い出した。


――――


「行き詰った時には、スパナで自分の頭のボルトを取って中身を整理すればいいんだ。」


「っとー、鏡を見ながらスパナを使っているんですよね?」


「当たり前だろ。でなきゃどうするんだ。」


(そんな語気強くして言わなくても。)


「回しにくかったら、やいりやすいように自分で変えていけばいいんだ。」


開けるのにかなりの時間を要した。


スパナを使用している時、「そういうのは、もう少し早くできるだろう。」と父はイラつくように言った。


何とかスパナを使って、自分の頭を分解すると、私の中にあった緻密な部分が鏡に映っていた。


「どうだ美しいだろ。」


父の声に反応するかのように、中身の各部品が光に反射され美しい色彩を見せていた。


――――


あの美しいものと似たようなものを見たくて、大事にしたくて、私はここを志望したんだった。


最初の内は何でここに入ったんだろう、もう少し女性のことを待遇してくれる場所だったら良かったのだろうか、とがっかりしたこともあった。


でも、やればやるほど私はこの仕事が面白くなっていき、やめずにここまで来たんだ。


「はい、終わりましたよ。」


やっぱり、中身のベルトが切れていたようだ。


「ありがとうね。」


中身を取り換えたののが良かったのか、装置は清々しそうにそう言った。


お客様が帰った後、あのベテラン職員が「あ、終わった?」と言い、戻ってきた。



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