第25話 亡者の街と救われなかった2人

「もう、どうしてこんな事なんて言わないから、魔王軍なんてやめよう? ミレイナなら一人でもやっていける」




「何時もそうやって⋯⋯。どうして私が魔王軍に入ったのかも知りもしないくせに」






 ルリーナさんの言葉に若干の苛つきを見せるミレイナ。


 感情を剥き出しにするということはそれだけこの話に真剣だと言うことだし、話し合いをする気はあるんだな。






「ミレイナが魔王の要求を飲んだ理由は、何度考えてみても分からなかったわ」




「やっぱり分からないんだ⋯⋯」




「ごめんね? 良かったらお姉ちゃんに教えてくれる?」






 はたから見たら不貞腐れた小さな子供にも見えるミレイナを宥めるかのように、ルリーナさんはお姉ちゃん力を発揮する。




 もしかしたら無意識に人間だったあの頃に戻ろうとしているのかもしれない。






「私が魔王軍になったのはお母様とお姉ちゃんの無念を晴らすためなの」




「私たちの無念を晴らす為⋯⋯?」






 ん?? 無念を晴らすため??


 なら二人が忌み嫌う魔王軍に入る意味はないんじゃ⋯⋯。


 ルリーナさんも呆気に取られた顔をしている。






「魔王を殺すには、魔王に近しい存在になって必要な情報と知識を集めて機会を伺う必要があったの」




「そ、それで魔王軍に⋯⋯? あの状況で?」




「怒りっていうのは魔王に立ち向かっていった姉さんみたいに抑えきれない物と、表では平静を保っているように見えて心の中で復讐を望んで淡々と憎しみが募っていく二つがあるの」




「ちなみに後者は私」






 当時幼かったミレイナは目の前で家族を二人殺されたにも関わらずそこまでの判断をしたという事になる。


 敵対してしまったけど改めて敵対したくない相手だ。






「そ、それなら! どうして関係の無い人たちを殺す必要があったの! 街も人の命も奪って!!」




「亡者達は魔王よりもネクロマンサーの言うことを聞く。だから魔王の目に付かないように命令通りに街を支配して、いつか反旗を翻す為に亡者の軍を作る必要があった」




「それが人を殺す理由になるとでも⋯⋯? 私はそんなやり方で魔王を倒せても嬉しくない!」




「じゃあ放っておくの? 魔王を野放しにしておけばいつか人間全てが殺されるかもしれないのに」




 淡々とした様子で語るミレイナにルリーナさんは言い返す事が出来ずに下唇を噛む。




 ミレイナが言いたいのは必要な犠牲という事だろうけど、被害が被害な以上に「その通りです」と頷けるものでは無い。




 このままだと多分ミレイナとルリーナさんはまた分かり合えない。






「兎に角、私は私のやり方でお姉ちゃん達の無念を晴らすから」




「だから私はそんなの望んでない! きっとお母様だって!!」




「訂正。お姉ちゃん達を殺しておいて平気で生きてる魔王を私が許せないの。どんな犠牲を伴っても、私は私の復讐を必ず果たす」






 そう言い切ったミレイナは今度はボクの方に向き直る。






「魔王軍幹部でも勇者とやるには幾らか分が悪い。負けるとは思わないけど、万が一のため一度引かせてもらう」


 


「負けを認めるという事ですか?」




「正面からやれば勝つのは私。たださっきのように不意を突かれる可能性もあるし、勇者は相性が悪い。魔王を殺すためにも私はここで散る訳にはいかない」






 どうする。


 このままだと魔王軍の幹部を逃してしまう事になってしまう。


 ここは攻撃を仕掛けるべきなのか⋯⋯。






「ミレイナ! 今度は何処へ行くつもりなの⋯⋯」




「この街の人間は殆ど絶やした。適当な街を見つける」




「だからもうやめようって言ったじゃない!


  せっかくノエルさんが協力してくれたのに⋯⋯」




「ルリーナ、行くよ」






 ボクには二人のやり取りは何度も繰り返されてきた様なものに見えた。


 ミレイナは先程までの様子とは違い、初めて会った時の「ネクロマンサー」としてのミレイナに戻っている。




 もう話し合う気は無いということか。






「それじゃあ、魔王を倒したいならいつかどこかで会うかもね」




「ノエルさんすみません⋯⋯もう時間みたいです⋯⋯」






 淡々とした様子のミレイナと項垂れて謝罪の言葉を述べるルリーナさん。




 次の瞬間、二人はボクの目の前から消えた。






「どういうっ⋯⋯!?」






 恐らくは魔法による瞬間移動的なものなんだろうけど、そんな事まで出来るのか。




 状況が掴めないようままに、ボクだけが置いていかれてしまった。






「結局どちらも救うこと出来ずですか⋯⋯」






 それから適当に屋敷を散策してみたものの、屋敷には亡者の一体すら見当たらなかった。




 屋敷を出てみると闇色だった空がいつのまにか澄み渡る空色に色付いている。




 隠れ家へと帰っている途中も亡者らしい奴は一体も目に付かなかった。






「この街から亡者達が消えた? ミレイナが全軍を引き連れて別の街に移動したってことですかね⋯⋯」






 隠れ家へと戻ると、すぐに街の人達が「空が明るくなった」「亡者が消えた」と口々にボクに口走ってきた。




 聖徳太子じゃないので生憎殆ど聞き取れなかったけど。






「おかえりなさい、ノエルお姉さん」




「ルアただいまです。変わりはありませんでしたか?」




「街の人達が言っての通りです。ノエルお姉さんがネクロマンサーを倒したんですか?」




「残念ですけど、ネクロマンサーは倒せませんでしたよ」






 ボクが倒したんじゃなくて形勢不利と見たミレイナが勝手に逃げただけだ。


 




「勇者様、なんとお礼を言っていいか⋯⋯。少しばかりですが受け取ってください 」、白髪混じりの男が手に硬貨特有の音を鳴らした袋を持って近付いてきた。




「お金なら要りませんよ。この街の人口は十数人、とてもじゃないですけど暮らしていける場所ではなくなってしまったので、新しい住処探しにでもお金は取っておいて下さい」






 街の人達からすれば問題はまだまだ山積みだ。


 引越しというこはそこそこにお金がかかるし受け取れない。






「それじゃあ、さようなら」




「え、もう行かれるんですか? 疲れているのでは?」




「ここにいてゆっくり出来ると思います?」




「い、いえ! 確かにこんな狭い所だと落ち着けないと思いますが⋯⋯」




「でしょう? それではさようならです。これから大変だと思いますけど元気でやって下さいね」






 何か言いたげな街の人達に有無を言わさず、すぐにルアを連れて街の中からも開けることの出来るようになった街の門を開いた。






「あれ、迷いの森がない⋯⋯?」




「迷いの森はミレイナがこの街を占領する事を外部に悟られないために魔法で作り上げた幻想だったんでしょうね」




「ミレイナ? 誰ですそれ」




「ネクロマンサーの事です」






 門を開くとそこにはボク達を散々苦しめた迷いの森なんて無く、綺麗な花畑が一面に広がっていた。




 ボクと戦ってる間、同時に亡者を支配し、この街の空と一つの森を魔法を幻想空間を作り上げていたという事になる。




 ⋯⋯えぐ、多分次まともにやればすぐ殺されるだろうな。






「無事街を救えて良かったですね! 勇者としてまた一歩成長しましたね」




「結果論だとそうですね⋯⋯」






 結果論「だけ」だとこの街から魔王軍を退けられたけど、あの二人はどうなったんだろう。




 ルリーナさんとミレイナは今も一緒にいて、また街を攻め込むのかな。


 もしあの二人が魔王を倒せる頃には、どの位の犠牲が出てるんだろう。




 魔王を倒したら、あの二人の関係性は戻るんだろうか。






「絶対戻れませんよねぇ⋯⋯」






 何万の命の犠牲の上に立った姉妹なんて聞いた事ないし、どうすればあの二人が元に戻れるんだろう。






「ノエルお姉さん難しい顔して何か考え事ですか? 私の顔を見て下さい、何も考えていません!」




「何も考えてないんですね。ん、とっとと魔王を倒したい気分になってました」




「え⋯⋯珍しいですね。ノエルお姉さん戦いは嫌いだと思ってたのに」




「大嫌いですよ。痛いし野蛮ですし可愛くないし」




「可愛さですか⋯⋯」






 ルアは可愛いさと聞いて呆れた顔をする。




 まあそれは置いてボクが魔王を倒そうと思った理由、シンプルにあの二人が魔王を倒すまで待っていたら何万人の犠牲が出かねないからだ。




 それにボクが手早く魔王を倒してしまえばあの姉妹のわだかまりが取れる可能性が少しは高まるだろうし。








「さ、そろそろここから立ち去りましょう。しっかり掴まっていて下さいね」




「はい! 何だかノエルお姉さんの背中にしがみつくの久しぶりな気がしますね!」




「密度の濃い数時間でしたからね。気持ちは分かります」






 久しぶりに感じるホウキに乗る。


 ふわりとした宙に感覚がボクを包み込む。




「次はどんな街があるんでしょうね! 私の故郷には何時つくんでしょうか」




「急かなくても街の人から聞く上ではこの先は大都市だそうです。そこで情報収集をしましょう」






 ルアは「そうですね〜」と呑気に頷く。


 都市についたらもちろん少しずつ魔王の事も調べていくつもりだ。




 勇者として少しの自覚と戦う理由の出来たボクは、どうせルアなら力いっぱい掴まってくるだろうと思い、次の街まで花畑を目一杯にホウキで駆け抜けた。




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