第19話 扉の向こう

「ここは?」



「この扉の向こうに、皆さんの隠れ家があります」




 ルリーナさんに案内されて、他の亡者たちに見つからない様に細道を通ってたどり着いた先は、あまり人が来ないような路地裏だった。



 路地裏に入ったボク達の目の前には古びた扉がある。


 人が寄り付かなさそうだし、隠れるなら最適な場所だろう。


 ただ外から見た感じ、隠れ家と言うだけあって小さい印象だ。


 ここに大勢の人間で身を隠すことは不可能だと思う。




「じゃあ入りましょうか」



「アナタが先に入ってください、他の亡者たちの隠れ家になっているかもしれませんから」



「ちょっとノエルお姉さん! ルリーナさんの言っていることが本当なら酷い事言ったんですから謝らないといけませんよ!」



「うぐっ⋯⋯わ、分かりましたよ」




 ルアに怒られたので仕方無しにボクが扉を開けて、先陣を切って隠れ家に入る。


 そして隠れ家に入ってすぐに、ボクの警戒は解かれた。


 本当に生きている人間たちが身を寄せあっていたからだ。




「ね? 私の言う事本当だったでしょう?」



「そ、そうですね⋯⋯。疑ってしまってすみませんでした」




 ボクはとりあえず軽く頭を下げる。だって結構散々に言ってしまったし。


 ルリーナさんが「気にしないで」と言ってくれたのが救いだ。



 改めて隠れ家の中を見渡すと、狭い室内に十数人程度が窮屈そうにしている。


 中には小さな子供や産まれたての赤ちゃんもいた。


 あと人が多いから面積を確保しようとしたのか、家具の類は一切に取っ払われている。




 とりあえず状況は把握した。これは不味いかもしれない。


 もしかしたら最悪の事態に陥ってるかもしれない。




「あの、生きている人達ってここにいる十人程度しかいないんですか⋯⋯?」



「私が他に見つけられていないという可能性もあるので分かりませんが、恐らくは⋯⋯」




 ルリーナさんは俯いて消え入りそうに呟いた、恐らくはそういう事なんだろう。



 きっとこの隠れ家にいる十数人が、この街で生きている人間の総数だ。


 この人達は数少ない生き残り、後の街の人間はネクロマンサー達に⋯⋯⋯⋯。




「あの、アナタ達は一体?」




 見た目は程々に若いがストレスのせいか髪が真っ白に染まった男性が、恐る恐るボク達に問いかけてきた。




「ボクは勇者ノエルです。魔王を倒してゆくゆくはお姫様になる予定です」



「私はノエルさんと一緒に旅をしているルアです! よろしくお願いします」




 別にボクはよろしくするつもりはなかったけど、ルアさんは握手のつもりか、白髪の男に手を差し伸べて固い握手を交わしている。


 そして勇者と聞いてこの状況を打破してくれると勘違いしているのか、歓声が上がった。




 希望に満ちた目をした街人達の視線を一気に浴び、「実はボクも迷っちゃっただけでぇ。困ってるんですぅ」とは口が裂けても言えなかった。




「ノエルお姉さん、私達のこと歓迎してくれてるみたいですよ!」



「いや、ちょっと期待に応えられなさそうでめちゃくちゃ居心地悪いです」



「またまた! ノエルお姉さんならネクロマンサーの一人や二人倒せますよ!」



「⋯⋯⋯⋯肝心のネクロマンサーの居場所も、見た目も、弱点も分からないんですよ? 簡単に言わないで下さい!」




 ルアの楽観的な言葉に思わず強く返してしまった。


 直ぐにルアから「すみません⋯⋯」と落ち込んだ声の謝罪が聞こえてきた。



 ボクは自分の力は過信しないタイプだ。


 ドラゴンを倒せたのは偶発的に有効打となる魔法が発動したから、リオーネさんを退けられたのも直接戦ったわけじゃない。



 結果的に勝利を収めているが、決してボク自身の実力で倒した訳では無い。


 自在に使える魔法も炎魔法とホウキでの飛行のみ。



 相手は死者を司るっていうし、既にこの街は乗っ取られていると言っても過言ではない。


 戦って無事に勝てる相手かどうかなんて考えたらすぐに分かる。




 傷つくのは嫌だし、暴力なんて振るうのも振るわれるのもなれていないし、閉じ込められているこの状況だって正直怖い。



 そのせいで変に気が立ってしまった。




「待ってください、弱点ならありますよ」



「ルリーナさん、本当ですか?」



「本当です。ネクロマンサーの弱点は勇者の⋯⋯え?」



「ここに隠れていたとはな。随分手間を取らせてくれた」




 ルリーナさんがネクロマンサーの弱点を言うとした時、何者かによって勢いよく扉が開いた。



 ルリーナさんと街の人達の顔が一緒にして絶望色に染まったことから、扉を開けた誰かが歓迎すべき相手ではないと直ぐにわかった。




 扉を開けた方は黒ずくめのローブを羽織っており、フードで顔が見えないが恐らく若い少女が隠れ家へと足を踏み入れた。




「ね、ネクロマンサーだ!」



「どうしてここが分かったんだ、 誰か裏切ったのか!? まさかルリーナ、俺達を騙していたのか!?」



「そ、そんな! 私何もしていません⋯⋯!」




 街の人達は口々に悲鳴のような声で叫ぶ。


 中にはルリーナさんを疑う者まで現れだした。


 思考回路が限界なのか、追い詰められた人間も人間で中々酷いことを言うな。



 しかし、ネクロマンサー現れちゃったか。




「ノエルお姉さんっ⋯⋯!」



「悠長な事を考えている場合ではありませんでしたね。お引き取り願いましょう」




 ボクは街の人達には触れさせないという意を込めて、ネクロマンサーの前に立ち塞がった。


 深くフードを被っているためその表情は伺えない。




「なんだい君は? 見たところこの街の人間ではないみたいだけど」、ネクロマンサーの声は幼い。


 年端も行かない少女みたいだ。




「旅の勇者です。あの、いきなりですけどお引き取り願えますか? 今アナタを歓迎する雰囲気ではない事くらい分かりますよね?」



「そうはいかないな。私は君たちに用があってきたんだ」




 表情の見えないネクロマンサーは、何か裏のある口調で話す。


 まあネクロマンサーの用なんて聞かずともどうせろくなものではないか。



 街の人達も大体何を言われるか察しがついているようで、恐怖に満ちた表情をしている。




「一応聞きますが、要件というのは」



「君達を殺しに来た。お前達、出てこい」




 最悪な要件を告げると共に、ネクロマンサーはパチンと指を鳴らした。


 心地いい音と共に、隠れ家の外に数十体の亡霊達が突如として現れた。




「ひっ、勇者様亡霊達が⋯⋯!!」



「この子だけは! この子だけはお助けを!」



「こんな事になるなら早くこの街なんか出ていれば良かったんだ⋯⋯!!」




 数の暴力とは残酷な物でおびただしい数の亡霊達に、街の人達はヒステリックに叫んだり、半ば諦めた様な人すらいた。




「ノエルお姉さん、私達もうダメかもしれないです⋯⋯」



「ルアまで諦める気ですか!? 相手が一から数十に増えただけですよ!」




 我ながら言っていることは暴論だとおもうけど、この沈んだ空気感で戦うのはやりにくい。


 なんかもっと「ノエルさん頑張って!」の空気感が欲しい。




「さあお前たち、残りの人間を駆逐しろ」



「余所者⋯⋯余所者⋯⋯」




 ネクロマンサーの一言で、後ろに控えていたおびただしい数の亡霊達が隠れ家へと入ってくる。


 この狭い隠れ家にお前達をいれる面積はない!


 というか本当にこのままここで死ぬのか?


 この数相手に勝利を収めるなんて流石に無理だ。




「う、うわぁぁぁん!!」



「ちょっと、こんな時に泣かないでっ。せめてこの子だけでも助けられたら⋯⋯」




 街の人達の中から、赤ちゃんが大声を上げて泣き始めた。


 この沈んだ空気を、もしかしたら自分の命の危機を感じたのかもしれない。


 母親が慌ててあやすと共に、母親らしい本心を呟いた。




「うるさいな。その子供から始末しろ」




 ネクロマンサーにとって亡者は優秀な部下のようで、直ぐにネクロマンサーは行動に移して赤ちゃんの首をそっと絞めようと手を伸ばした。


 母親は必死の抵抗を見せている。




「絞める⋯⋯絞める⋯⋯」



「勇者様! 私はいいからこの子だけでも助けてくださいっ!」




 母親からの悲鳴の様な声で、ボクは咄嗟に杖を振るって炎魔法を亡者へと喰らわせた。




「ぎゃぁぅ!?」



「え、効いてる⋯⋯? 亡者に炎魔法がなんで⋯⋯」




 自分でも驚いたけど炎魔法をくらった亡者は呻き声をあげながら、ばたりと倒れて姿が消滅した。天に召されたのかな。




「勇者様ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか⋯⋯」



「あ、まだまだ現状ヤバいのでお礼とかいいですよ」




 頭を垂れてお礼を言う母親をさらりと事実を伝えて流す。


 ネクロマンサー含め亡者は数十体いるし一体倒した位で救われた気になってもらうにはまだ早い。




「我が同胞に手を出したんだ、覚悟はいいな? お前達いけ」




 そして亡者達はネクロマンサーの指示に従って続々と隠れ家へと踏み入ってきた。


 街の人達は悲鳴を上げながら部屋の隅へと逃げ込む。


 まあ無駄な抵抗ですよね。




「もうこんな事やめなさい! ミレイナ!」



「術者のネクロマンサーの言う事も聞かずに、まだ自分の事を姉だと思っているの? ルリーナ」




 絶体絶命の展開の中、ルリーナさんの声が響き渡った。


 それも、思わず耳を疑ってしまう内容だ。



 なに?姉妹?ネクロマンサーとルリーナさん姉妹?情報過多、情報過多っ!!




「逆らうなら、ルリーナを消すのもやむを得ないかもな」




 そう言ってネクロマンサーは顔を隠していたフードを取り払った。


 あらわになったその顔は、肩まで切りそえられた翠色の髪にどことなくルリーナさんの雰囲気を感じる少し濁った瑠璃色の瞳をしている。




「ミレイナっ! 魔王の言いなりになって、アナタが今何をしようとしているか分かってるの!?」



「ん? 君達を殺そうとしているよ。お前達、早くいけ」




 ルリーナさんの訴え虚しく、ネクロマンサーことミレイナの指示に従って亡者達は一斉に襲いかかってきた。



 二人の関係をいまいち飲み込めないまま、ボクはルアと街の人達を守ながら一人で数十体を相手にするという絶体絶命の危機に陥った。




「ヤバい、これ死ぬかも」










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