第10話 対ワイバーン

「ノエル様、それで作戦とは⋯⋯?」


 村長含め、全員が神妙な顔でボクに視線を集める。

 一方のボクは勿体ぶるかのように、前置きを挟みながら入れて頂いたコーヒーを口に含もうと手を動かす。


「それでボクの考えた対ワイバーン戦の策は⋯⋯あちっ」


「ノエルお姉さんもしかして猫舌⋯⋯?」


「めちゃくちゃ猫舌です」


 張り詰めていた空気が、一気にシラケ出したのを感じた。これ原因の人めっちゃ辛い空気感。


 まあ原因の人ボクなんだけど。



「それでお嬢ちゃん、続きを聞かせてもらおうか」


「お嬢ちゃん! 悪いがコーヒーは話の後にしておくれ!」



 冒険者兄弟に急かされ、ボクは仕切り直しという意味で「ゴホン!」とわざとらしく咳払いをする。



「ボクが考えた取っておきのワイバーン用の作戦とは⋯⋯」


「あっち!」


「ん、ルアさん?」


「ごめんなさいノエルお姉さん⋯⋯私も実は猫舌でして⋯⋯」



 ボクが話し始めると、今度はルアさんが猫舌を発動した。

 再び会話が遮られ、何とも言えない絶妙な空気感が村長の家を包む。


 というか猫舌なら、ボクの反応から熱いって察してくださいよ。ふーふーして下さい。



 ⚫



「お嬢ちゃん、ワイバーンを酒に酔わせるって正気かい!?」


 あれから何とか一通りに対ワイバーンの作戦を説明し終えたらテンションの高い方、弟のズークがボクの意見に物議を醸してきた。


 村長達もボクの意見に「それいける? 大丈夫?」と言った面持ちで見つめてくる。


 ボクの提案した作戦はこうだ。

 ワイバーンはお酒が好きで週に一度村中の酒を掻き集めに来る。


 だから、その強欲な酒好きさを利用する。


 ドラゴンは言語が通じるらしいし、「ボクと飲み比べで勝負でーす! 負けたらこの村に近寄るなー!」と飲み比べ勝負を仕掛ける。


 週一ペースで村の酒を全てかっさらうような奴なら、飲みにも自信があるだろう。

 だから当然乗ってくれるはず、もしも乗ってくれなかったらボクとルアさんは作戦失敗としてホウキで逃げるまでだ。


「もしも飲み比べに勝てた所で⋯⋯大人しくワイバーンが言うことを聞きますでしょうか⋯⋯?」


「大丈夫ですよ、村長さん。ボクもそこまで甘い考えは持ち合わせていませんから」


「な、ならどうやってワイバーンを⋯⋯」


「べろべろに酔わせて、眠った所を全員で寝首を掻きます」



 作戦が明確になっところで、村長と冒険者二人から「なんて素晴らしい案だ!」「これなら勝てるかもしれない、希望が見えてきた!」「でも結構ゲスくね?」という歓声が上がった。


 ちなみにルアさんからは「ノエルお姉さん、本当に勇者なんですか?」と冷めた目で見られた。



「いいですか? 勝負の世界は勝つか負けるかです。ゲスいかゲスくないかなんて関係ありません」


「お嬢ちゃん、自分でもゲス案な自覚あったんだ!」


「当たり前です。ワイバーンを相手にするんだったら正攻法は通用しないだろうし、ゲス案しかないと思ってました」


 ボクの言い分に、一同は「まあ確かにそうだよな」なんて具合に納得する。

 力のない人間は姑息な手を使ってでもワイバーンと対等に渡り合えるか分からないし。



「それに大好きな酒が原因で寝首を掻かれるなんて、最高に皮肉が聞いていると思いません?」


「うわぁ⋯⋯」


「わぁ⋯⋯」


「うわぁ⋯⋯」


「そういう感じですか⋯⋯」


 流石にこれは共感を得なかったようで、四人から大いにどん引きされた。

 ぷりーず同じ感性の人。


「ごほん、とにかく策はあるので! 村長さん、ワイバーンは次にいつ来るか教えて下さい」


「そうですな。ワイバーンはたしか⋯⋯あ、今日だ、今日来ます」


「は?」


 ボクが素っ頓狂な返事を上げるとほぼ同タイミングで、村長の家の戸が何者かによって乱雑に叩かれた。

 戸はドンドンという強い音が鳴り響かせている。



「た、只今っ!」


 村長が慌てて戸を開けると、ズカズカと一人の女性が村長宅へと入ってきた。


「戸を開けるのが遅い、もう少しでお前の家の戸を破壊する所だったぞ」


「申し訳ありません⋯⋯直ぐに飲み物を出しますので」



 何なんだこの図々しくて粗暴な奴は、とボクは女性に視線を向ける。

 女性は黄金色のツインテールに、まるであの時戦ったドラゴンを連想させる鋭い緋色の瞳をしている。

 ちなみに身なりはボロ布⋯⋯ではなく質素な無地のマントの様な物を羽織っている。


「わ、ワイバーン様⋯⋯我が村までわざわざ御足労頂き⋯⋯」


「社交辞令などどうでもいい。それより早く酒をあるだけ渡せ」


「ん? ワイバーン?」


 ボクは頭に浮かんだはてなマークをそのまま言葉に出してしまった。


 村長にワイバーンと呼ばれた女性が、ボクに視線を向ける。

 視線を向けられただけなのに、なんとなくドラゴンに睨まれている様な気がして落ちつかない。



「人間、我を呼び捨てにするとはいい度胸じゃないか」


「人間って⋯⋯ボクにはノエルという名前があるんですけど。そちらこそいい度胸じゃないですか?」


「だってそっちだって我をワイバーン呼ばわりしたじゃん。我にもリオーネって名前あるんだけど」



 暫くの間沈黙が流れる。

 村長にワイバーン呼ばわりされてるおかしな人間元いリオーネさんに首を傾げていると、村長が「ワイバーンは人型になることもできるんです」と耳打ちしてきた。



「てことは、貴女がワイバーンなんですか!?」


「だからそうだと言っておるだろう。正真正銘圧倒的な知恵と力、両方を持ち合わせた誇り高きワイバーン族だ」



 ボクの驚いた反応とは裏腹にリオーネさんは「何を当たり前の事を」とでも言いたげな顔をしている。

 ワイバーン呼びはボク達からすると「おい、人間」と呼ばれている様なものか。


 確かにそれは嫌だな。



「で、酒は用意してあるんだろうな」


「そ、その事ですが⋯⋯っ」



 村長がボク達の方をチラリと横目で見る。

 助けてくれというサインなのだろうが、ルアさんも冒険者達も急なワイバーンの登場に動揺しているだけだ。


 仕方ない、作戦立案者のボクが助け舟を出して差し上げますか。




「リオーネさん。お金も払わないでお酒を持っていこうとするのやめてくれませんか?」


「何だと、まさか我に金を払えとでも? 人間の定めたルールなど守るわけなかろう」


「そうですか。では貴女に差し上げるお酒は一滴もありません」


「なんだと⋯⋯?」



 少し挑発しただけなのに、場の空気が一変した。

 リオーネさんの鋭い眼光は流石ワイバーンというだけあって、冒険者兄弟は一目散に部屋の隅へと隠れてしまった。


 意気地無し共め。



「ノエルお姉さん⋯⋯」


「怖かったら別室に移動してもらっても構いませんよ?」


「い、いや! 私が手伝うって言い始めたし、出来ることは少ないかもだけどいます!」



 そう言い張るルアさんに「いい心掛けですけど、無理はしないでくださいね」とだけ告げる。

 あの冒険者二人よりは余っ程偉いと思うけど、リオーネさんが暴れらた時に守りきれるかどうかと言われたら何とも言えない。



「なんだその小娘は? 人間の気配がしないな、獣の匂いがする」


「わ、私は正真正銘人間ですが⋯⋯。な、何かの勘違いでは」


「ではその帽子、取ってみよ」


「ちょ! 何するんですか!?」


 リオーネさんは、強引にルアさんが被っていた帽子を剥ぎ取った。

 隠していた獣耳があらわになってしまい、ルアさんは「あ、いやっ⋯⋯これは⋯⋯」と慌てふためいている。



「やっぱり獣人ではないか。小娘、何故獣人であることを隠していた」


「そ、それには色々と事情が⋯⋯」


「獣人という種に自信が無いのか? 自分の種を隠して生きていくなんて、哀れだな」



 リオーネさんはルアさんを見て吐き捨てるように呟く。

 こういう時ルアさんは相手に強く言い返せない。

 ただただ黙って心に傷を付けている。



「ルア様⋯⋯獣人だったのですか⋯⋯」


「えっ⋯⋯その、違うんです⋯⋯!」



 村長がルアさんに問いかける。

 元々ずっと獣人という理由で差別をされてきたルアさんは、みるみる内に桃色の瞳は恐怖の色に染まっていった。


 ナイルの村で獣人差別があるかどうかは分からないが、素性が割れてしまって、また酷い差別を受けるのではないかと怖いんだろう。

 もう遅いのに、ルアさんは必死に手で獣耳を隠そうとしだしている。



「何故隠す、その手をどけてみよ」


 リオーネさんは獣耳を隠すルアさんの手をどかそうとする。

 ルアさんがここまでどうして怯えているのか、どうして獣耳を隠していたのか、他人の事情は考えずに全て無視ということか。

 なんか、不愉快だ。


「リオーネさん、ボクと勝負してくれませんか?」


「小娘、我と勝負だと?」


 勝負と聞いて、リオーネの緋色の瞳はより一層深みを増す。流石はワイバーン、正直気圧されそうだしもう逃げたい。


 本当に逃げたいけれど、ぶちのめしたい欲の方が強い。

 多分ボクこれ引けない。



「ええ、もしボク達が勝ったら大人しくこの村から手を引いて下さい。それかお酒を買う時はきちんとお金を払って買って下さい」


「ふんっ、勝てる見込みでいるのがもはや愚かしい。命が惜しくないのならかかってくるがいい」


 好戦的に挑発してくるリオーネさんに、ボクは臆すること無く胸元から隠してあった杖を取りだした。

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