与食欲求

 画面の前の皆さん、はじめまして

 あるいは、お久しぶりです

 私は無より生まれし者、無生ムウです

 ところで皆さんは、ヒトの三大欲求ってご存知ですか?

 食欲、性欲、睡眠欲…

 一般的にこれら三つの欲がヒトの三大欲求と言われています

 しかし、果たしてそれは正しいのでしょうか?

 フフフ…

 人間の欲は千差万別

 百人いれば百通り、億人いれば億通り

 ヒトの欲とは、単純ではないのです


 それでは、今回のヒトの欲を観察してみましょう…




「いらっしゃいませー。メニューをどうぞー」


 今回の主役は人気ひとけのない山の中で小さな食堂を営む女性、橋本はしもと杏奈あんな、年齢は二十八歳です

 彼女の店は所謂『隠れた名店』と言われる店です

 人気ひとけのない山の中でたった一人で店を切り盛りする彼女は、二十八歳にして二回の離婚歴を持ち、六度の妊娠と流産を経験しています

 しかし、その何れも彼女の責任ではありません

 いえ、正確には相手を選んだ彼女にも責任はありますが、離婚も流産も原因は旦那にありました

 一度目の結婚は高校を卒業して二年が経過した二十歳の時、相手は高校の同級生でした

 その結婚生活は闇に包まれていました

 旦那は社会人でしたが働かずに毎日遊び歩き、帰ってくると性行為を強要されました

 その結婚生活は約二年で終止符が打たれ、その間に彼女は二度の妊娠と流産を経験しています

 その二度は二度とも人工流産ではなく、自然流産とされていますが、その原因は妊娠中の旦那による性行為の強要にあるため、旦那による人工流産と言っても過言ではありません

 二度目の結婚は産婦人科の医師でした

 この医師は二度の流産に際して彼女の身体からだに起きたことを知り、彼女を救い出した人物です

 しかし、その医師との結婚生活もまた闇に包まれていました

 その医師には表向きの産婦人科という顔の裏に、もう一つの顔がありました

 その医師は暴力団の構成員であり、産婦人科という立場を悪用し、患者の個人情報と共に診察中に隠し撮りした映像を流出させ、死産と偽って産まれたばかりの子供を売買していました

 それに気がついた彼女は警察へ通報しようとしましたが、医師によりそれを阻まれ、監禁された彼女は暴力団の売春に参加させられました

 その際に四度の流産をしています

 それは暴力団が彼女を売春婦として使ための人工流産でした

 そんな彼女の二度目の結婚生活は去年、突然の終止符が打たれます

 その医師の不手際により医師が所属する暴力団が警察に摘発され、その医師は責任を取らされて獄中自殺を遂げたのです

 それから彼女は暴力団から解放されると共に死んだ旦那の遺産を手にし、小さな食堂を開きます

 彼女は子供の頃から料理が好きで、料理に関わる仕事に就くことを夢見ていました

 そして、彼女は悲劇的な出来事の末に夢を叶えたのです

 二度の結婚生活は二度とも闇に包まれていた彼女でしたが、こうして夢を叶えました

 さて、そんな彼女の心の中にはいつしか欲が芽吹き初めました

 その欲は食欲?

 あるいは性欲?

 それとも睡眠欲?

 フフフ…

 答えは彼女自身に見せてもらいましょう…




「さあさあー、お客様ー、当店はおかわり自由ですから遠慮せずにどんどん食べてくださいねー。材料はいくらでもありますからー」


 杏奈は慈愛に満ちた微笑みを浮かべて大量のおかわりを持ってきた。

 杏奈が運んできた配膳用のカートの上には、香ばしい匂いを放つ焼きたて餃子の乗った皿、熱気が溢れる揚げたてコロッケの乗った皿、鮮やかな色をした絞りたてフルーツミックスジュースの入ったグラスがあった。

 杏奈の店は所謂『食べ放題』の店であり、客はそれぞれ『ボックス』と呼ばれる一畳程度の広さの個室で食事をする。通常の食べ放題にある時間制限はなく、人気ひとけのない山の中にある完全な個室で、ゆっくりと好きなだけ食事をすることが出来るのが特徴だった。

 そして、一番のは何と言っても杏奈の作る料理の味にあった。

 杏奈は子供の頃から二度の結婚生活の最中に至るまで、料理の腕を磨き続けた。

 その腕は、和食、洋食、中華などの一般的な料理はもちろん、韓国、フィリピン、インド、マレーシア、ベトナム、ギリシャ、イギリスなどの多国籍料理を完璧とは言えないものの高度なレベルで作ることが出来た。

 そんな絶品料理の食べ放題に加え、杏奈の明るく優しい人柄とモデル体型の美しい容姿が男女問わず人気を呼び、月数回の営業日は毎回繁盛し、全部で三十四個あるボックスに空きが出ることはなかった。

 ある者は時間制限なしというルールに漬け込んで午後一時の開店から午後九時の閉店まで居座り、ある者は一時間程度で満足したのか姿を消した。

 営業日はランダムであり、告知は行うものの予約を一切認めていない上に時間制限なく居座れるため、ボックスに入れるかどうかは運次第だが、杏奈の店は食欲に突き動かされて足を踏み入れた者達の欲を満たすための場所と言えた。

 しかし、その店にいる者の中で唯一、杏奈だけは食欲とは別の欲で自らを満たしていた。


「ふふふふー…ほらほらー、もっと食べてくださいよー。美味しい美味しい肉じゃがですよー、アツアツですよー」


「がふ……げえ……ひゃめ……がが……」


 杏奈は湯気が立ち上る熱々の肉じゃがを素手で掴んで目の前の男の口の中に詰め込んだ。

 男は椅子に座らせられていた。

 頭には背もたれと一体になったヘルメットの様な物を被せられ、首、肘、手首、太股ふともも、膝、足首…それらの部位をそれぞれ背もたれと肘掛けとに固定され、男は微動だに出来ずにいた。

 椅子の座面には肛門と陰部に掛けて穴が開いており、座った状態ままで排泄が出来るようになっていた。

 杏奈は身動き一つ取れない男に対し、肉じゃがを与えた。そして、自らの横に置いた大きな鍋にある肉じゃがが全て無くなるまでそれを繰り返した。

 火傷するほどの熱さを持つ肉じゃがを口から無理矢理詰め込まれた男は、熱さと満腹感により鍋の中身を五分の一ほどを平らげた時点で意識を失った。

 二十人前ほどの量があった肉じゃがを全て胃に収納されるまでに男は二度失禁し、十六回嘔吐した。二度目の失禁と五回目以降の十二回の嘔吐は、意識を失った状態で行われた人体の拒絶反応であった。

 しかし、杏奈はその度に吐瀉物をポリプロピレン製のホウキとチリトリで集め、男の口の中に戻した。

 全ての肉じゃがが無くなる遥か以前、熱い肉じゃがを素手で掴んでいた杏奈の右手は完全に火傷していた。だが、杏奈は火傷の痛みなど感じていなかった。


「あらあらー、ちゃんと全部食べられて偉い偉いー。いいこいいこしてあげますねー」


 杏奈は男の頭に取り付けられたヘルメットの様な物を外すと、火傷した右手で男の頭を撫でた。それはまるで、幼子おさなごを誉めるような手つきだった。

 杏奈が撫でる男の頭には無数の小さな傷痕きずあとがあった。

 それは、ヘルメットの様な物の中に取り付けられた大量の針状の物体による刺し傷だった。

 椅子に固定され、身体からだの自由を奪われた男は唯一、首から上、頭と口だけを動かすことが出来た。

 しかし、頭を動かす度にヘルメットの様な物の中にある針状の物体が男の頭皮を抉った。

 その痛みは男を従順にさせ、意識を失う直前には男は無抵抗になった。


「さてー、次は誰にしましょうー?お腹空いている人はいませんかー?」


 杏奈がそう言うと周囲で男女の悲痛な叫び声が響いた。その声は、「いやだ!」「助けて!」「やめて!」「帰して!」「変態!」「鬼畜!」など、全てが杏奈に対する非難と懇願だった。

 しかし、声を上げることは無意味だった。

 この場所は杏奈の店の地下室であり、二重三重に閉じられた地下室への扉は外部との接触はおろか、一切の音すら漏らさない完全な閉鎖空間だった。

 地下室内には八の椅子があり、その全てが肉じゃがを詰め込まれた男が座る椅子と同じ構造つくりになっていた。

 その八個の椅子には、肉じゃがを詰め込まれた男を含め、それぞれ一人ずつ、男が三人、女が五人、計八人の男女が座らせられていた。

 地下室内にいる人間は杏奈を除いて全員が一糸纏わぬ姿であり、そのことごとくが肥満とは程遠い痩せ型だった。


「うーん…皆さん食欲不振ですかー?ちゃんと食べなきゃダメですよー?…あ、良いこと思い付きましたー。それじゃあー、こうしましょうー。皆さんの中で一番多く食べられた人はー、ここから出してあげますよー。どうですかー?やってみませんかー?ふふふふー」


 杏奈はたのしそうに笑った。

 椅子に座る七人の男女は、その全員が目の前で杏奈が男した行為ことを確かに見ていたはずだった。

 しかし、『解放』という甘い囁きは、目の前で起きた惨事とも言える出来事を曇らせるほど魅力的だった。

 杏奈の誘いに七人中六人が乗った。男一人はそれに乗らなかった。


「あらー?あなたはやらないんですかー?まあいいですよー。あなたは後回しにしましょうー。ではではー、少し眠っていてくださいねー」


 そう言うと杏奈は不参加の男の口を抉じ開けて管を突っ込み、その管から水を流し込んだ。その水には睡眠薬が溶かしてあり、ほどなくして男は意識を失った。

 それから杏奈は地下室内にあるキッチンで大量の料理を作った。その料理の匂いは杏奈の料理の腕を証明するかの様に美味しそうな匂いをしており、意識のある六人は六人共に、他の五人よりも多くを食べられると感じ、食べた先にある解放と言う名の甘い果実を得ることが出来そうに思えていた。

 暫くすると杏奈は大量の料理と共に市販の薬を持ってきた。


「お待たせしましたー。さてさてー、お食事の前に皆さんに二つの朗報がありますー。まず一つ目はー、お料理の出来上がりが最高でしたー。パチパチパチパチー。そしてー、二つ目はー、このお薬ですー」


 杏奈は六人の横にそれぞれ配膳用のカートを運ぶと薬の説明をした。薬は二種類あり、それぞれ吐き気止めと眠気覚ましだった。

 杏奈は六人にそのどちらを飲むか、あるいはどちらも飲まないのかを訊いた。ただし、六人の中の唯一の男には選択肢を与えず、吐き気止めを飲むかどうかだけを訊いた。

 男は吐き気止めを飲んだ。五人の女達は三人が吐き気止めを飲み、一人が眠気覚ましを飲んだ。

 そして、杏奈は最後の女にだけ両方を飲ませた。それは女が望んだことだった。

 男女が薬を飲んだ理由はそれぞれ、吐き気止めは無理にでも食うため、眠気覚ましはより長く食うためだった。


「それではー、はじめましょー」


 そう言うと杏奈は、凡そ一メートルの間隔を空けて座っている六人の口へ順番に料理を放り込み始めた。

 次々と放り込まれる料理を男女は死に物狂いで噛み、一心不乱に飲み込んだ。

 一時間もしないうちに一人が嘔吐した。それは吐き気止めと眠気覚ましの両方を飲んだ女だった。


「あらー?吐き出したら外に出られませんよー?ほらほらー、食べてくださいー」


 杏奈は最初の男にしたように吐瀉物を広い集め、女の口へ捩じ込んだ。

 二時間後には六人全員が嘔吐していた。

 吐き気止めを飲んだ男と三人の女達は吐き気こそ抑えられているものの、嘔吐を止めることは出来なかった。

 杏奈はそれらを広い集め、それぞれの口に詰め込んだ。

 時々、追加の料理を作るために杏奈が席を外すと男女六人分の大量の吐瀉物が床に撒き散らされ、それらは近くに座る者同士で混ざり合い、もはや誰の吐瀉物かわからなくなった。

 料理を作り終えた杏奈はそれらを全て広い集め、それぞれの口に均等に詰め込んだ。それらの行為は休むことなく三時間、四時間、五時間と続いた。

 途中、「もうやめて」と中止を願う者、「ごめんなさい」と許しを乞う者、「殺してやる」と殺意を露にする者がいたが、杏奈は決して止めることはなかった。

 杏奈は六人全員が意識を失ってもそれを続けた。

 十時間ほどが経ち、参加していない男が意識を取り戻した時には六人全員の腹は妊婦よりも大きく膨み、喉と口の中までも料理を詰め込まれていた。さらに、行き場を無くした食道からの逆流によってそうなったのか、鼻の穴の中までも料理が詰まり、不自然に大きく膨らんだ胸部は肺の中にまで料理が詰まっていることを連想させた。

 それはまるで、だった。

 そして、杏奈は意識を取り戻した男に上機嫌でこう言った。


「あー、起きましたかー?ふふふー、皆さんまだまだ御馳走様しないんですよー?だからもっともっと食べさせてあげないとー、お腹空いているのは可哀想ですからねー。もっともーっと食べてー、幸せをたっぷり詰め込んだ大きな体型からだになりましょうねー」


 その言葉で男は自身の考えが間違っていなかったことを悟った。この女は「最初はじめから一人も解放するつもりなどなかったのだ」と。それを感じていたが故に男はこのに参加しなかった。

 今にも破裂しそうな六人の体内に杏奈は目一杯の力で自らの作った料理を詰め込んだ。その度にという音が鳴り、鼻の穴からは赤黒い液体にまみれた物が押し出された。杏奈はそれらも広い集めて口に詰め込んだ。

 目の前で起こなわれている行為への恐怖と自身の置かれた絶望的状況を感じた男は、糞尿を垂れ流しながら奇声を上げた。

 頭に取り付けられたヘルメットの様な物から与えられる痛みなど気にせず頭を振り、激しく喚き散らす男に、杏奈は優しく微笑みながらこう言った。


「あれー?お腹が空いたんですかー?待っててくださいねー。すぐに分けてあげますよー。ふふふふー」


 そう言いながら杏奈が目の前の女の腹を押すと、女の口と鼻の穴から行き場を無くした詰め物が押し出された。

 杏奈は手にした皿でそれを受け止めると男に近づいてそれを男の口の中へ放り込んだ。




 …如何でしたか?

 料理を作り、それによって他人の食欲を満たすことこそが彼女の欲なのです

 そんな彼女は、痩せている人を見るとその人の食欲が満たされていないと感じ、食欲を満たしてあげたくなるのです

 彼女のこの欲は過去に経験した出来事による影響なのでしょうか?

 それは彼女にしかわかりません

 ただ、少なくとも彼女が自分自身の食欲を満たすことより、他人の食欲を満たすことを優先しているのは間違いありません

 なぜなら彼女はモデル体型なのですから…

 え?

 彼女はやり過ぎただけで本当は他人想いの優しい女性なのではないか、ですか?

 フフフ…

 それはどうでしょう

 果たして、再現なく何かを与えるというのは優しいと言えるのでしょうか…

 それが食べ物でなくとも、誰かから与えられ過ぎることは嬉しいことなのでしょうか?

 さて、私はもんじゃ焼きでも食べに行きますのでこの辺りで失礼します

 え?

 私には食欲があるのか、ですか?

 フフフ…

 それはです

 では、また次回、お会いしましょう



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