6:跳ねる心~現~


跳ねる心臓、また霊に抱きしめられ、

自分の心臓の動きに戸惑う。

殿下と僕とで混乱していると言う霊。

…勝手に混乱されて、勝手に抱きしめられて、

こんなにドキドキと心臓がなって、

それが忘れられないとか…



「お前は何百年も

愛だの恋だのいろいろあるのかも知れないが…

僕を巻き込むなッ」


「…愛したのは人間だった時…殿下だけだ。

霊となってからも」


霊の腕の中で、霊を押し返しながら訴える。

びくともせず力が入っていそうなのに

耳元で囁く声は落ち着いている。

…落ち着いているというより、落ち込んでいて

苦しそうに呟かれるから僕も苦しくなる…


「だから…混乱するなって…」


「…綺麗な人だった…心も綺麗で…

けど、背負うものも惑わされるものも

余りにも大きくて…支えられなかった俺は

沢山の命を犠牲にした…」


「…支えられなかったのか?

幸せになれなかったのか?一度の恋なのに?」


「…哀れだろ」


「まぁ…けど…離してくれ」


「…離して…欲しいよな、そりゃ…」


やっと緩む霊の腕。

きつく抱きしめられていたのが

ふわっと肩に手を置かれただけになった。

さっきよりも霊の顔が見えるけど

真っ直ぐ見るには近過ぎて、

恥ずかしさが込み上げて顔を背けた。

同じように霊も顔を背けている。


「……また、すまない。笑顔が似ていた…

違うのは分かっている。もう逢えるわけない。

そんな幸せ、俺には訪れない…」


「…そう決め付けるなよ。

これからも沢山いろんな出会いがあるだろ?」


「…アンタは出会うのか?出会いたいのか?」


背けていた視線がお互い重なったけれど…

霊の質問の意味が、すぐに受け止められなかった。

出会いなんて僕には無い。

それを望んだ事も無い。

いつも出会ってすぐの死者を見送るだけだし、

人や死神の事もすぐに忘れてしまうのに。


「?」


「アンタは人を好きに?」


「…僕は…どうだろう…素敵な人がいたら

好きになるのかも知れないけど…」


「死神も恋をするのか?」


「…まぁそういう気持ちは人も死神も同じ…ッ…」



突然の唇が重なった。それもかなり深く。



「ッなにを、」


「……」


また顔を背ける霊。


「…お前ッ殿下という男と

僕は違うの分かってると言ったばかりッ」


「違う…んだけど…」


「…もういい。混乱してるんだな。寝ろ。寝よう。僕は明日も仕事がある」


「…混乱、してる…」



ただ…霊の混乱で、こんなに振り回されて…

僕の心臓がいつも過剰に反応して、

誤魔化しきれなくて、それが自分で頭に来て、

…今日はこの花畑の景色も全く楽しめなかった。

さっさと一人で屋敷に戻ろうとすると、

霊もトボトボ後を歩いて来てるのは分かった。


そして跳ねる心臓の理由がもう一つ。

…霊の混乱が移ったのか、

見ようとしても見れなかった霊の過去が

少しだけ見えた。

……唇を重ねたからか?



僕とそっくりな顔をした男が、

昔風の高貴な服を着て、霊に笑いかけていた。

自分で恥ずかしいなるくらい僕に似た、

ひきつったような笑みで。



避けるようにベットに潜り込み、寝ようとしても

なかなか寝付けないで過ごしていると、

何十分か経った頃いきなりドアが開いた。


「うわ!」


「うわ!」


自分でやってきておいて、僕に驚く霊。


「なに!なにかあったの⁈」


「いや、台所へ行こうかと…考え事してたら…

ぇ、っと…明日の朝食は…野菜か?」


「…あぁ…いつもと同じ野菜だけど…」


明らかにおかしな態度の霊が不思議だし、

自分に似た殿下、霊の過去が見えた事が

まだ整理が付かないから霊に話そうか迷っているし

整理が付かないまま…

このまま忘れてしまいたい気もする。


「…僕、眠いんだけど」


「おやすみ、と言い忘れてたから…」


「おやすみ…」


僕達はいつも挨拶なんてしていたんだろうか。

なんだか微妙な空気がこそばゆい。

挨拶を終えてもドアの前で立ち止まる霊。


「明日の仕事…」


「え?」


「悪霊に襲われたり、人間が暴れたり、

なにか危険だったりする事はないのか?」


「…まぁ、僕の手にかかれば

トラブルなんて大したこと、」


「あ、俺が付き添ってやろう」


「…大した事ないんだけど…

僕、問題起こした事ないらしいし…」


「アンタはなんか危なっかしいからな」


「…いやいや…

そもそもお前がまだ寝ている時間に仕事だし」


「そうなのか?起こしてくれ」


「いや、寝てて。起こさないからな?」


霊なんて連れて行ったら

死神仲間になんて思われるか…

承諾していないのに一人納得して出て行った。

まぁ…朝、何も言わずに仕事に行けば

付いて来られないはずだから…


さっきの落ち込んだ様子の話し方ではなく、

いつもの強気な話し方に戻っていた。

…いつも?

霊が来た日の事も、なんとなく思い出す。

手繰り寄せる記憶がある不思議な感覚。

こうして霊との記憶が増えていくのか?



「…なんでアイツの事は覚えてるんだ…」



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