Chapter10(Ver1.1)・中二病と英国人には妖精が見えるそうだ

高一 9月 火曜日 朝~登校


 翌朝、俺は自分のあまりにもの寝覚めの良さに驚いていた。

 もともと治姉とは違って寝起きは良い方だが、それでもこんなにパッチリ目が覚めたのは子供の頃にチュウチュウランドに遊びに行く時くらいだったんじゃないだろうか。


 二階の自室から昨日よりも30分程早くリビングに降りると、ちょうど朝食の支度に起きてきた母さんと鉢合わせた。


「あら、今日は早いのね」


「ああ、父さんがTVを観る前に録画したアニメでも観ようかなって」


「あら、そう」と何か察した様な表情でサラっと流す母さん。


 母さんが出してくれたカプチーノをすすりながら録り溜めていたアイドルスマホゲーム原作の5分アニメを消化し始めてから、2本程消化したところで父さんが起きてくる。


「おお、英紀か、早いな」


 夫婦揃って同じような反応をした父さんがダイニングテーブルの席に着くと母さんが話しかける。


「お父さんもカプチーノでいい?」


「ああ、ありがとう。ところで英紀、リモコンを借りていいか」


「ん? いいよ。今日は何? 昨日と同じモンスターアニメ?」


「ああ、そうだよ」


 そう言って父さんはリモコンを操作してBDレコーダーに入ったままのアニメを再生する。

 そこまでは予想できていた。

 しかし俺は予想できていたにも関わらずまたその行動に驚かされる。

 何故なら父さんの行動が完全に昨日とだったからだ!


「え? 父さん? なんでまた1話なの? 普通は続きを観るでしょ?」


 単刀直入に教英先生先生の資料と関係あるのか尋ねようと用意していた質問が吹っ飛んでしまう。


「ふふん、気になるか? 秘密だ」


 父さんはいたずらっぽく笑うと、昨日よりもリラックスした様子でバゲモン第一話を眺めながら答えた。


「昨日和歌から聞いたよ。教英先生から資料を渡されたんでしょ? そこに書いてあった俺に英語を勉強させる戦略ってところだろ?」


「おお、もう気付いたか。早いな」


「そりゃ気付くわ! 俺以外みんな父さんの奇行につっこまないんだからな。で? なんで俺に英語を勉強させたいのに日本語で観てんだ?」


「それはまだ秘密だ」


 相変わらず父さんがペースを崩さないので、俺も昨日手に入れたカードを一枚切る事にした。

 台所にいる母さんには聞こえないように父さんに耳打ちする。


「……金髪女教師イィヨォーン……」


「ぶっ……! ひ、英紀! お前見たのか?」


 父さんが何とかカプチーノを吹くのを堪えて俺に向き直る。


「いやぁ、性癖って遺伝するんだなぁ。俺が父さんの息子で間違いないって知られて良かったよ」


「ごほん、分かった分かった。でもな英紀、父さんもまだ半信半疑なんだ。そんな父さんが話すよりも教英先生から直接聞いた方が良いだろう?」


「まあねぇ、でも気になるなあ。ねぇ、母さんに言っちゃって良い? イィヨォーンって?」


「好きにしなさい。大人が持っていても悪い物じゃないし、法子もその程度で私を咎めたりしないだろう。何よりせっかくの先生の知識が誤ってお前に伝わるのだけは避けたい」


 意外とあっさり開き直る父さんに俺もこれ以上の追及は諦めた。

 まあバゲモン事変の原因は教英先生と確定したのだし、父さんが言う通り今週末に教英先生に直接確かめればいいだろう。


 雑談をしている内にバゲモンは第二話に入っている。

 初見の二話になってから父さんは集中してTVに見入っていた。


 今日は早起きした分時間に余裕ができたので、俺は昨日よりも早めに登校の支度をして玄関に向かう。

 すると母さんが話しかけてくる。


「英紀、今日は和歌ちゃんと一緒に学校に行かないの?」


「いや、来るって言ってたから一緒に行くつもりだよ。今日は早起きしたから俺から迎えに行こうかなって」


 こう答えると母さんはさも満足そうに返してくる。


「ふふふ、いいわねぇ。期待しているわよ」


「何を? 孫?」ひねくれた笑みを浮かべて返す俺。


「バカね! そんなの期待どころか絶望だわ!」


「へへっ、分かってるって。母さん、下ネタで他人を弄って良いのは下ネタで弄り返される覚悟がある奴だけだよ」


「知ったふうな口をきいて! 健全な男女交際が下ネタだなんて、どうやってその感性を身に付けたのか心配になるわ」


「心配しないでいいよ。絶対に母さんからだと思うから」


「口が減らないわね。行くならさっさと行きなさい」


 呆れ笑いを浮かべた母さんに追い出されるように俺は自宅を出た。


 今の会話を玄関のドアを挟んで聞かれていたらどうしようなんて思ったが、そんなラブコメマンガみたいな偶然は無く、まだ玄関に和歌はいなかった。


 道路に出て真鶴家の入口に差し掛かったところで真鶴家の玄関から和歌と掃除用具を持った和歌おばあちゃんが出てきた。

 楽しそうに孫娘と話すおばあちゃんは今まで目にしてきたよりも格段に生き生きとして見える。

 よほど孫娘との同居生活が嬉しいのだろう。

 門の前で待っている俺に気付くと、いつもの挨拶に「よろしくお願いいたします」と付け加えてくれた。


「おばあちゃん行ってきます」


 和歌もそうおばあちゃんにあいさつすると俺とともに歩き出した。



 今日は俺達を監視する好奇の視線が感じられないからか、学校に向けて歩き出すと早速和歌が質問してくる。


「おはよう、早速だけど土曜日にあなたが話していた中二病ってなに?」


「おう、唐突だな。それなら治姉だって知ってたろ?」


 治姉が教えなかったのを知りつつあえて返す。


「知っているみたいだったわね。でも笑って『英紀から聞いた方がいい』って言って教えてくれなかったの。だから尚更気になったのよ」


「そんなに気になるなら調べれば良かったじゃん」


「調べたわよ。でも日本語大辞典にも和英辞典にも載ってなかったわ」


「そう来たか! 調べ方が正し過ぎだな。スラングだからCoocle先生でククらないと」


「え? スラングなの?」


「いやいや、大辞典に載ってない時点で疑えって。普通の高校生が使う言葉で大辞典に載ってなかったらその時点でほぼスラング確定だろ? 和歌って頭良さそうに自慢してる割にマヌケなのな」


「何よ! 私は自慢なんてしていないわよ!」


「ごめんごめん、怒るなって! てかマヌケじゃなくてそっちで怒るのな?」


「別に私は自分が特別だなんて思って無いからよ。で? 意味は何?」


「俺も具体的には分からなかったから調べたんだけど、思春期の子供に見られる自己愛に満ちて背伸びした言葉使いとか行動を指すんだってさ」


「というと……? ごめんなさい。良く分からないわ」


「ああ、俺もこれだけじゃ良く分からないと思う。大きく分けて3タイプに分かれるみたいで一つ目は喧嘩したり盗んだりする様な悪い事をカッコいいと思うタイプ、二つ目は他人と違う趣味がカッコいいと思うタイプ、最後は自分には魔法とか超能力みたいな能力があったりとか、自分が神様とか悪魔だと思い込んでいるタイプで、邪気眼タイプって呼ばれているんだ」


「邪気眼? あ! それも聞きたいと思っていた言葉だわ! でも……、そんな人本当にいるの? 一つ目と二つ目はオランダにも居た気がするけど……」


「幸い俺は会った事が無いけど、なんでも本当にヤバい邪気眼中二病はマジで怒らせると印を切って呪文の詠唱を始めるらしいよ」


 印を切ると詠唱の二つの言葉の意味が通じなかったので、説明のためにアニメで見た邪気眼を真似してみると……。


「ああ、分かったわ。ごっこ遊びみたいなものね。私の友達もコミコンに行った時にやっていたわ」


「コミコン? なにそれ?」


「え? 日本の方が人気じゃないの? Comic Conventionを短くした形で、アニメやゲームについてのEXPOとかConventionよ。ああ、EXPOって日本語でなんて言うんだろう……。アニメやマンガやゲームを買ったり売ったり、キャラクターのコスプレができるのよ」


「ああ! コミケか! 日本にもあるよ。そうか、分かったぞ。その友達もコミコンの時にコスプレしてキャラクターの真似をしていたんだな」


「ええ、そうよ。だから分かったわ、邪気眼はごっこ遊びが好きな中二病の人達ね。それならヨーロッパにもいたわ」


「いや、和歌。それは違うぞ。さっきも言っただろ? 本物の邪気眼は場所や時間なんか関係無く、本気で自分に超能力や魔力がある特別な人間だと思い込んでいるんだ。だからコミコンじゃなくてもどこでもやる、いつでもやるんだ。だってそれが本当の自分なんだから」


「ええ……。なんでそうなっちゃうの?」


 ドン引きの様子の和歌さんである。


「まあ気持ちは分かるよ。マンガやアニメで見る分には面白いけど実際にやられると引くよな。俺もDuTubeで本物の邪気眼を見て引いたよ」


「そうね……。ありがとう、分かったわ。じゃあ次はえるふごって何?」


「エルフってファンタジーゲーム何かに出てくる耳が長い長生きの美しい種族がいるだろ? そのエルフの言語でエルフ語だよ」


「ああ、なるほど! エルフと語で区切るのね。えるふごで調べても無い訳だわ。じゃあルーン文字の意味は? あ! 分かった! るーんと文字ね? でもるーんって?」


「これは俺も知らなかったんだけど、オランダやドイツみたいなゲルマン系の人達が昔使っていた文字なんだって。Runesって綴りらしいな。でも今の日本でルーン文字って言ったら本来の意味よりもファンタジーな世界観のゲームとか小説で使う魔法文字って意味の方が強いんじゃないかな。俺もその意味で使ったし」


「ふーん、そうなのね……」


「あ、そう言えば和歌はドイツ語が話せるんだよな! 知ってる? 中二病患者ってドイツ語とラテン語が好きなんだぜ!」


「え? そうなの? なんで?」


「何か響きがカッコいいからだよ。シュヴァインシュタイガーとかシュレーディンガーとか!」


「それ両方とも人名よ。でも言われてみれば日本のアニメで英語の次にドイツ語の名称を聞く気もするわね。アニメ好きのオーストリア人の友達が喜んでたわ」


「だろ? そうだ! さっき俺がやった邪気眼の真似をドイツ語でやってみてよ!」


「え? 本気で言ってるの?」


 一瞬びっくりしたような表情を見せたが、和歌は割とまんざらでもない様子だ。


「本気だよ。俺だってやったんだしさ。まだ周りに帝東生もいないし」


「そうね、じゃあ……。Ich beschwoere dich im Namen der WasserKaiserin! Undine!(独:水の女帝の名において命ず! 出でよウンディーネ!)」


 割とノリノリでキメポーズ付きでやってくれた。


「おおっ! すげぇ! やっぱ本物だ!」


 やばい、中二に戻りそうと思いつつもついつい褒めてしまう。褒められて我に返った和歌は少し頬を赤らめて言い訳をしだす。


「さっき話した友達がよくやってたのよ」


「へぇ、やっぱヨーロッパにもアニメオタクの中二男子っているんだな」


「女の子よ。ほら、この娘」


 そう言って和歌はスマホを取り出して写真を見せる。

 そこには金髪をお嬢様結びしてエルフみたいなコスプレをした金髪碧眼美少女が写っていた。

 隣には浴衣を着た和歌が写っている。


「おおおぉ! すげぇ! エルフだ! 本当に幻獣召喚できそうだよ!」


 だめだ、高校に入ってから制御できていたはずの左手が疼いちまう!


「ええ? その反応? かわいいとかきれいとかじゃなくて?」


「ああ、いやごめん。もちろん金髪超絶美少女だよ。でもほらさ、エルフってファンタジーゲームの世界で美男美女しかいない、老化しない、美の象徴みたいな種族だろ? あまりにも似合いすぎていてそちらが先に出ちゃったんだよ」


「ふーん、エルフねぇ、エルフ、エルフ語、ルーン文字、中二病、邪気眼……」


 和歌はしばらく今学んだ語彙を反芻すると「はっ!」と気付いた様な表情をした。


「英紀! あなた中二病ね! しかも邪気眼なのね!」


「ちっ、違うわ!」


 俺は慌てて否定しつつも、知った言葉をすぐに的確に使いこなす和歌の感性に圧倒されてしまった。

 やっぱ天才なんだな。


「え? 違う? どっちの使い方を間違ってたの?」


 意外そうに切り返す和歌。


「え? どっちって? ああ、言葉の使い方なら両方合ってるよ。残念ながらな。俺が違うって言ったのは、俺が邪気眼中二病じゃないって事だよ!」


「ああ、そう言う事ね。でもやっぱり合ってるじゃない。あなた邪気眼中二病よ。初めて会ったの女の子に中二病の言葉で話しかけたんだから」


「ぐっ……。はぁ、でもそうだな。なんであんな事言ったかな。俺も分かんないよ。普通に『気にするな』とか『頑張ったね』とか言っとけば良かったか」


「いえ、そうでもないわ。もし優しくされていたら自分が惨めになっていたかもしれない。あの時は怒って気分が変わったから、今考えれば良かったわ。言われていた言葉も失礼な意味ではなくて、むしろ言っているあなたが恥ずかしい言葉だったしね」


 そう言うと和歌はいたずらっぽく微笑んだ。

 その笑顔を見て俺は論破されたはずなのに不思議と悪くない気分だった。


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