第2話 リケジョの先輩

 優輝は、電車を乗り継ぎ都内で最大のホームセンターへやって来た。

 ホームセンターの最寄り駅の伊豆ヶ崎駅は、大学のある田舎駅の鷲の台駅よりも更に田舎駅で、反対側のホームへ行くのに一旦地上へ降りて線路を跨いで反対側に行く構造の所だ。渡り廊下や地下道なんてものは当然無い。

 そして、出口の改札はその反対側のホーム側にしか無いのだ。

 更に、目的のホームセンターは、駅から歩いて20分程の所に在る。もちろんバスも出てはいるのだが、お金を節約するために歩く事にした。歩いて20分は、結構な距離だった。貧乏学生は辛い。


 「近くて遠いは田舎の道ってね」


 見えているのになかなか着かない。田舎道あるあるだ。


 「しかも坂道、きっつー!」


 ホームセンターに到着した頃には額に汗が浮いていた。


 優輝は、買い物メモを見ながら必要な物をカートのカゴへ入れていった。

 靴はトレッキングシューズ、ジャングルハットに頭に固定出来るライト等をキャンプ用品コーナーで見つけたので購入。

 藪を切り開いて進むのに使うマチェットを買おうかと思ったが、結構なお値段がするので断念。アパートにサバイバルナイフがある事を思い出したので、それを使うことにする。

 それから道具や食料を入れるための大きめの登山用のリュックも買った。

 なるべく安くあげるため、店内の片隅に設けられた100均コーナーも覗いてみた。


 「ああしまった。帰りは大荷物に成るのを忘れてたよ。この荷物を持って、またあの道を戻るのかー」


 結構な重量の荷物を抱えて、ホームセンターの出口で立ち尽くしてしまった。

 そこで、入り口脇のベンチへ腰を掛け、買った荷物の嵩を減らす為に開封し、それらをリュックに詰め込む事にした。

 ちょっとしたお湯の沸かせる100均のシェラカップと固形燃料、ご飯も炊けちゃうメスティンと米とカップ麺、ペットボトルの水とチーズとチョコレート等の食料、それと折りたたみ椅子とレジャーシートと寝袋と雨合羽も全部リュックに収まった。登山用リュックの収納力半端ない。まだ余裕がある。


 包装紙やパッケージのゴミは、小さく折り畳んでリュックの隙間へ突っ込んだ。

 優輝は、ゴミはちゃんと家まで持って帰って分別して出す位の良識は持ち合わせている。


 「ちょっと大荷物に成っちゃったな」


 リュックへ荷物を詰め替えて運び易く成ったとはいえ、伊豆ヶ崎駅へ辿り着く頃には疲労でボーッとしてしまっていた。

 直ぐに帰りの電車が来たのだが、汗だくだったため、一本見送って駅のベンチで風に当たって少し休む事にした。


 「我ながら体力ねえ……」


 次の電車まで1時間。虚ろな目で乗降客の殆ど居ないホームを眺めていると……



 高校以来久しく見なかった幽霊アレを見てしまった。



 不思議と恐怖感は無い。なんだか久しぶりだなあという感じだった。疲れで感覚が麻痺していたのかもしれない。


 見えたのは、ホームのタイルの上を首だけが右へ左へと移動して行く光景だった。

 それは複数人の人物の頭で、男も女も居る。ちょっと形の変なのも居る。よく見ると、顔立ちが若干日本人とは違う様にも見える。


 優輝は、それがそんなに遠くまでは見えない様だという事に今更気がついた。

 大体20m範囲位でそれ以上遠くへ行くと徐々に薄くなって見えなく成ってしまう。

 何で首だけなのかと思ったが、その答えは直ぐに分かった。


 「ああ、元の地面の高さを歩いているんだ」


 優輝は今、一段高いホームの上に居るからで、この連中はホームが出来る前の地面の高さの位置を歩いているのだと思った。

 その証拠に、丁度首だけ出ている人も居れば、肩から上が出ている人、逆に頭の天辺てっぺんだけ見えている人も居る。


 一般的にホームの高さは、130cm位だ。とすると、日本の成人男性の平均身長が172cmだったかな、まあその位だとすると胸から上が見えるはずなのだが、そこを通る人達はほとんどが首から上位しか見えない。幽霊は身長が低いのかなと一瞬思ったのだが、柵の外の道路の高さを見ると、更にちょっと低くなっているみたいだった。


 確か昔の電車はあまり馬力が無くて登坂能力が弱いので、なるべく平らに線路を敷設したのだそうだ。

 日本みたいに山あり谷ありの地形に線路を敷く場合、なるべく同じ位の海抜の所を縫う様に選んで線を引いて行く。

 しかしそれでも山や丘を完全に避けて通れる訳でも無いので、丘や山の地形の場所は地面を削り、窪地や谷の場所は盛り土をしたり高架にしたりしたそうだ。テレビで見た事がある。

 山手線なんかも、原宿あたりは山を削った少し低い所に線路が在るし、渋谷は谷地形なので高架に成っている。

 ここの駅は、ほんのちょっと盛り土をして駅が造られているのだろう。だから、元の地面からは150cm程度の高さに成っているのかも知れない。


 そんな事をつらつら考えながら幽霊達を眺めていると、いつの間にか次の電車がやって来ていた。

 はっと現実に意識が向いた瞬間、幽霊は見えなく成っていた。



 優輝は一旦自分のアパートへ寄り、押し入れに仕舞ってあったサバイバルナイフを探す。

 高校の頃、サバイバルゲームにハマっていた頃があり、その時に買った3000円位のやつで、刃渡りは18cm程もある大き目のナイフだ。刃と反対側の部分に謎のギザギザがあり、グリップの部分の蓋を開けると中に釣り針と糸、そして小さな方位磁針が入っている。


 他に使える物は無いかなと押し入れの中を漁ると、マグライトが出てきた。長さ40cmもある物で、金属パイプ製の頑丈な物だ。

 アメリカの映画やドラマで警備員とか警察が肩に担いで相手の顔を直接照らしたりするのを見た事があるだろうか?

 このマグライトは中に単一電池が6本入り、結構な重さになる。頑丈な棍棒として使えるのだ。


 強いライトを顔に向けられると、目が眩んでその後ろ側は見えなくなってしまう。

 つまり、こちら側からは相手が見えるが、相手からこちらの顔は見えないという状況を作り出す事が出来る。

 この時、相手がナイフや銃を抜くなど不審な動きをすれば、ただちに肩に担いだマグライトを相手より早く振り下ろす事が出来るという訳だ。

 点灯スイッチが普通の懐中電灯の様に中程ではなく、ランプの近くに有るのもそのせいで、棍棒として使う場合の握る位置にスイッチが来る様に成っている。


 スイッチを入れてみるとまだ電池は生きている様だったので、これも使えるかもしれないと思いリュックの中へ仕舞った。



 「さて、昨日の夜と同じく駅のホームへ行ってみるか」


 優輝は鷲の台駅へ向かった。

 あのゲートを潜った時と出来るだけ同じ場所、同じ条件にした方が良い様に思えたからだ。

 あの時と同じ現象を再現するには、その時と同じ条件にするのは基本だ。


 とはいえ、終電までにはまだ大分時間が有る。

 優輝は時間潰しに大学へ行って部室に顔を出してみようと考えた。


 「こんにちはー」

 「あれっ、神田君、何その格好」


 部室には後輩達と雑談しているあきら先輩と入ったばかりの新入部員が3人程居た。

 それに混ざって暫く雑談していると、後から先輩やら後輩やらが何人かやって来たり帰って行ったりして面子は三々五々入れ替わる。まあ、コンパの翌日の部室なんてこんなものだろう。


 部員数は名簿上は20数名は居る事に成っているのだが、他の部と掛け持ちでそっちの方が熱心だったり、彼氏が出来てしまって漫研だと言うのが恥ずかしいとか言って全く来なくなってしまった女子部員とか、その他理由不明の幽霊部員だったりが半数近く居て、実質10名程度で活動している。いつも顔を合わせる部員は、いつものメンバーとか呼んでたりする。


 あきら先輩はその中でも結構熱心に活動している方だ。

 優輝の登山でもする様な格好を見て不思議そうに聞いてきた。


 「山でも行くの?」

 「いやー、ちょっと冒険の旅へ」

 「冒険~?」


 ちょっと何言ってるんだという風にジロジロと見てくる。


 「こんな時間から行くの?」

 「うん、まあ、そんな感じです。」


 暫くダベって時間を潰していたが、8時を過ぎてキャンパスを追い出される時間になってしまったので渋々と部室を出る。


 「昭和の昔はずっと居られたんだって。だけど、キャンパス内でお酒を飲んだり部室に住んじゃったりする学生が居て、風紀上問題が出て来たので段々と厳しく成って行って、遂に8時には照明の電気も落とされて追い出されちゃう様になっちゃったらしいよ」

 「住んじゃうの!?」

 「そんな時代も有ったって話。昭和時代の大学生って自由で楽しそう」


 そんな何て事無い会話をしながら大学を後にして、優輝は終電までファミレスで時間を潰そうとそちらへ向かおうとした。


 「ファミレス行くの? お金勿体無いよ、ウチくる?」


 優輝はキョトンとした表情をしてしまった。この人、男の人を自分の部屋に上げるのに抵抗無いのだろうか? それとも優輝を異性とは認識していないのかもしれない。

 あきら先輩のアパートはすぐそこだし、ファミレスで一人で3時間も時間を潰す事を考えたらその提案がとても有り難かったのは事実だ。

 話し相手が居れば時間を潰すのも苦には成らないし、何よりファミレス代が浮くのは助かる。

 昼間に色々と買い物をしてしまったので少々懐が寒いのだ。貧乏学生の辛いところである。


 「有り難くお伺いさせて頂きます」

 「そんな畏まらないで良いよ。さあ上がって」


 あきらは、そんなにホイホイと気安く異性を部屋に上げる様な女では無かった。

 しかし今回はちょっと気になる事があったのだ。

 あきらは、観察力と洞察力、それと勘が鋭い所がある。理系の科学者なので、元々そういう素養は持っているのかもしれない。

 今回は、優輝のちょっとした事が気になって仕方が無かったのだ。


 昨日夜中に声をかけた時、彼の両手が泥で汚れていたのに気が付いた。

 この辺りは田舎とはいえ道は全部舗装されているし、コンパを開いた居酒屋から駅までに土に触れる場所なんて見当たらない。

 部屋に上げた時にも靴の裏に湿った黒い土が付着しているのに気が付いていたのだ。

 そして、ファミレスで雑談していた時、彼の話す異世界物のプロットは、何故か生々しく創作にありがちな粗とか突っ込み所みたいな物が無かった。

 気のせいかも知れないが、彼が現実に体験した物の様に思えたのだ。



 「ちょっと寛いでて。今お茶を淹れて来るから」


  玲はそう言うと台所に立った。


 (神田君、何か隠してるよね。この間の時も、終電に乗り遅れただけにしては両手と靴の裏が泥だらけだったし、漫画のアイデアっぽく話してたけど、妙にディテールが生々しかった。そして今日は冒険に行く? 終電で? 絶対何か秘密が有るんだわ)


 「コーヒーでいい?」

 「ありがとうございます。じゃあ、ブラックで」


 あきらからカップを受け取ると一口飲んだ。流石にレギュラーコーヒーは美味しい。優輝のいつも飲んでいるインスタントとは味も香りも全然違う。


 「で?」

 「で、とは?」

 「神田君が昨日話していたストーリーのアイデアをまた聞きたいな」

 「あ、ああー、あれか、良いですよ。」


 優輝は、そんなに食いつかれているとは思っていなかったので驚いた。そして、二人きりの空間で興味津々で自分を見つめる、あきらの顔に、ほんのちょっとドキっとした。

 優輝の話した内容は、大筋で言うとこうだ。


 この世界は、幾つもの異なった世界が重なり合って出来ているというもの。

 一般的に霊感があると言われる人は、この別の世界の人間を見ているだけなのではないか? まるで、2つの街の風景を映した映像を一つに重ねて見ている様な状態なのではないかと考える。


 「ここにですね、リアリティを持たせるためにもうちょっと科学的な考察を入れてみたいんですよね」


 自分の考えたストーリーというていで話してはいるが、実は優輝自身の身に起こっている不思議な現象を、未だ学生ではあるが本物の科学者であるあきらに、科学的に説明を付けて欲しいという事なのだ。


 正直に話してしまえば一番簡単なのかもしれないが、多少ではあるが好意を抱いている女性に頭のおかしい人間だと思われるのは避けたいと優輝は思ってしまった。

 お互いに漫研部員という立場は、創作話をしても別に可笑しくは無い為、優輝にとって実に都合が良かった。

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