■KAC お題 お笑い/コメディ

 もうすぐ昼休みも終わり。それまで一緒に話していた男子生徒は、踵を返した。ほんの一瞬の、眼球の動き。振り返ると木広さんが立っていた。


「昼休みは一緒だったのかしら。随分と距離が近付きましたね。そうだ! 午後の授業は、悟くん、あなたが案内してくれる?」

「解りました」

「じゃあお願いしますね」


 事務的な会話が済むと、僕の顔をちらりと見る。


「急なことだけど、大丈夫なんだね。凄いなぁ」

「至らないことがあると思いますが……、あ。紺野悟と言います。こうなると思っていなかったので、申し遅れましたね」

「──あぁいやっ、僕も言ってなかった。改めまして、昴拓矢です。案内、お願いします」


 小さな背中を追いかける。すのこで簡易的に造られた渡り廊下を歩いていく。少々不安定な足場が、懐かしい。美術室、音楽室、理科室。副教科で使用する教室が集まっている。


「この教室も、先程の校舎と同じ構造?」

「そうですね。特注で造られています」


 同じといっても、廊下から室内の様子は分からない。


「美術室、覗いてみますか?」

「お願いします」


 ドアノブを捻り、扉を手前に引く。20人、それ以上か、生徒が居て黒板側には教師が1人。

 さっき見てきた校舎と同じ構造なら、教師からの目線は大勢の生徒を前に授業をしているという事だ。当たり前の行為だが、改めて仮想空間の凄さを思い知らされた。


「生徒役、本物は教室の真ん中にいます。その場所は絶対に変わることはないので、意識しながら全体を見ると、面白いですよ」


 そうやってポイントを指示されても、映像ニセモノと本物の違いが見えてこない。授業参観で来る保護者の気分で、美術の授業を眺めていることに途中で気づく。

 それに意識が持っていかれ、少しの間、耳が熱くなっている気がした。

 身振り手振りの多い教師に、笑いの絶えない室内。自然とこちら側も頬が弛んでいく。エンターテイナーを観ているような──


「まるで、ステージだな」そう話し掛けて視線を送ると、紺野くんは大きく眼を見開いた。

「そうなんですよ! ここを担当してる教師役の人は、元々お笑いの方なんです! テレビに映ったり、有名にまではなれなかったそうなんですけど。ここでの評価は良いですし、ぼくも、期待してる人です」


 瞳がきらきらと、饒舌に語った紺野くん。驚きはしたけど、子どもらしさが垣間見れたように思う。


「え、昴さん? どうしました?」

「あぁ、いや、ごめん。はっきりと表情が出たんじゃないかと思うと、良いもの見れた気がして嬉しくなった」


 紺野くんは下を向いてしまった。けれど、口がもごもご動いてるように見えて、耳をすます。「人材育成、実験だから、失敗と成功の繰り返し。気づいたら笑わなくなってた。教師が居て、生徒が居て、教室というステージがある。そう認識が塗り替えられた瞬間だった。ぼくの思ってること、間違えてませんよね?」


 彼の頭を撫でていいものなんだろうか。会って間もない、仕事での関係だ。それでも、髪をくしゃくしゃっと少し雑に撫でてやりたいと感じた。


「──それでいいよ」



  ───…つづく

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