第18話 マグレガー・メイザース

 厳かな雰囲気を放つ寺院の中を歩き続けていると、二人の前を進むサリューが突然に立ち止まった。ドクターとシェリーも彼に倣って足を止める。

 

「……メイザース様」

 

 腰を低くし、礼を取るサリューの前に立っていたのはスコットランド人の様な民族衣装の男だ。より具体的に言うのであれば、黒のジャケットに緑のチェック柄のようなキルトというスカートに似た物をベルトで押さえ身に纏っている。

 

「サリュー。そちらが例の……」

 

 マグレガーはサリューに確認を取り、頷いたのを見るとドクターを品定めする様に見る。

 

「さて、彼から紹介はあったと思う。俺はスコットランドだ」

 

 ドクターは彼の言葉に茫然としてしまう。彼の隣に立つシェリーもだ。

 サリューは真顔で彼の言葉を受け止めている。これには慣れもあるのだろう。

 マグレガー・メイザースという男を語る上で欠かせないのは彼は自らをスコットランド人の末裔であると信じている点だ。そして、この事を誇りに思っている。

 

「俺は誇り高きスコットランドだ」

 

 むふん、とドクターと同い年か少し年上に感じる茶髪の男が誇らしげに語ってみせた。

 

「待ってくれ。私は貴方をマグレガー・メイザースと聞いている」


 額を抑えながらドクターは絞り出す様な声で言う。スコットランドとは何だ。どう言う事だ。頭が痛くなってくる。


「そうか。俺も君のことは聞いている。たしか、ドクターと呼べば良いんだったな?」

 

 どうにもこの男には人の話を聞かない所があるように思える。

 

「だが、ドクター。俺の世話になっているウェストコットもドクター・ウェストコットだからな。まあ、普通にウェストコットでも良いか、ハッハッハ」

 

 何というか全て自分都合な気がしてならない。周囲を置いていく様な所も、一人で納得してしまう所も。

 ドクターの隣に立っていたシェリーは眉根を僅かに顰めた。この反応は不安からであった。ドクターが会いたがっていた男がこの様な男であったのだから、少しばかり思う所もあった。

 

「はあ。それでミスター……貴方は私に協力するか自分で決めると」

 

 話を前に進めようとドクターはサリューの言葉を確認する。

 

「ああ、そう言ったな。一先ずサリュー案内はいい。これは俺と彼の対話だ」

 

 サリューはマグレガーの言葉を聞き、シェリーを連れて別の場所に向かって歩いて行く。向き合うのはマグレガーとドクターのみ。

 

「さて、これで俺と君だけだ。ドクター」

「…………」

 

 ドクターは様子を伺う。

 何を企んでいるのかがわからない。

 

「俺は、君が協力するに足る人間かを確かめなければならない。この魔術の悪用を終わらせる為にも」

 

 まず間違いなく言えることは、マグレガーという男にも正義はあると言うことだ。

 

「さて。見ての通り、俺はスコットランドだ」

 

 先程までは膝だけしか見えていなかったが、彼がキルトの端を持ち上げたことにより太腿が晒される。

 

「どこからどう見ても、な。そんなスコットランドの俺は勇猛なる兵士、ハイランダーの末裔なのだよ」

「そうか」

 

 ドクターとしては困惑するような顔を見せる以外にない。

 

「と言うわけでだ。君が如何にスコットランドを把握しているか……」

 

 彼がこれから何を言おうとしているのか、ドクターには理解できた。この男はスコットランドである事を誇りに思っており、単純にスコットランドの末裔である自らを讃えてほしいのだろう。

 しかし、彼の言葉は最後まで出なかった。

 地響きの様な音が鳴り響いたのだ。

 これは腹の虫が呻いた音だ。

 当然、これはドクターではなく目の前にいる男、マグレガーの物である。

 

「ふむ」

 

 マグレガーが考え込むような顔をした。そして目の前のドクターにふと虚無的な微笑みを見せる。

 

「ところでドクター。腹は空いていないか? 俺は空いてる。つまりだ……昼食にしよう。そうだ、カレーにしよう」

 

 ベラベラと語り始め、カツカツとマグレガーはドクターの隣を通り過ぎていく。五歩ほど離れたあたりでくるりと振り返る。

 ドクターも彼の行動を目で追いかけていたため、彼と目が合った。

 

「何をしている、ドクター。昼食だ。付いてこないと話ができないだろう?」

 

 呆れた様な顔をしたマグレガーが確認できる。ドクターは一言。

 

「……ミス・シェリーも一緒で構わないかね?」

「良いだろう」

 

 マグレガーはドクターの確認に返答した。

 先程の件よりも空腹を抑える方が大事な様だ。

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