第14話

「っ」


ここはどこ?


邸に向かっていたんじゃないの?


思っていたよりも長く眠ってしまったらしい。


目を覚ました場所は天蓋付きのベッドの上だった。しかも、足首に鎖がついている。


辺りを見渡すと出口と思われる場所は一つだけ。窓すらもない部屋だった。


足についている鎖はかなり長いようで部屋を歩き回るには問題なさそうだ。と、いう考えが甘かったことをすぐに思い知った。


十分な長さのある鎖だけど辛うじて出口は行けない長さに調整されていた。


「おや、目覚めたんですね」


がちゃりと空いたドアからいつも通りの調子でイスファーンが姿を見せた。こんな異様な状況なのにいつも通りというところに不気味さを感じる。


「イスファーン、ここはどこ?どうして私は鎖で繋がれているの?お母様の命令?私をどうするの?」


「ちゃんと説明しますから。取り敢えず座りましょう」


そう言ってイスファーンは私をソファーに座らせた。そしてなぜかイスファーンは私の隣に腰を下ろす。いつもならそんなことしないのに。


「ち、近いわ」


足と足が触れ合うような距離。彼が纏う空気がいつもと違って甘く、私を見る目に熱を帯びているからだろうか。心臓がどきどきする。


顔を赤くしてできるだけイスファーンを見ないようにする私に自分の存在を認識させるためか、イスファーンは私の頭を撫でたり、指に髪の毛を絡ませたりとどこかしらに必ず触れようとする。


「まず、ここはどこかって質問だけど、詳しい場所は言えない。でもここがもうルラーンではないよ。ここはオスファルト。国外追放されちゃったからね」


くだけた口調で日常会話を楽しむように言うイスファーンだけど、その内容はとても聞き流せるものではなかった。


「でも国外追放は正式な沙汰ではないわ。殿下が身分を振りかざして勝手にしたことよ」


本来なら殿下の行いこそ違法になるのだ。


法律と調査された結果を元に判決を下すのは司法の役目。それを許可するのは王の役目。そのどちらでもない殿下は越権行為に該当される。


今回の件は叛意あり捕えられ投獄される可能性もある。私たちが殿下の裁可に従う必要はないのだ。


「陛下がどのような対応をしようと、あなたが殿下に婚約破棄されたことも一時とは言え王族に『国外追放』を言い渡された『罪人』であることに変わりはない。そうなれば、レミット公爵家がどのような対応をするかあなたはすでに分かっているはずだ」


その通りすぎて何も言えなかった。


実際、野垂れ死ぬかもと馬車の中でひっそりと覚悟を決めていたりもしたし。


「大丈夫ですよ」


うっとりとした顔でイスファーンは言う。


「俺があなたを守ってあげます。俺だけがあなたを守れるんです、イリス」


それは私の知るイスファーンではなかった。


「これはお母様の命令ではなく、あなたの意思なのね」


「はい」


「では、私の足に嵌められた枷は何?あなたは先程私を守ると言った。ならなぜ鎖で繋ぐの?これではあなたが私に危害を加えないと言っても信じられないわ」


「申し訳ありません。この枷はどうしても必要なのです」


イスファーンは鎖を持ち上げ、キスをする。


「っ」


どうさの一つ一つに艶があり、まるで見てはいけないものを見せられている気分になる。


こんな異様な光景なのにどうしてときめいているのよ。馬鹿じゃないの。


「これがある限り、あなたはもうどこにも行けない。私だけのものです。この部屋の中なら自由に動けるだけの長さはあるので不便はないはずです」


「不便がないですって?こんな窓のない部屋に閉じ込められて?それにドアに近づけないように長さが調整されているみたいだけど?」


「はい」とイスファーンは嬉しそうに笑う。


何も間違えたことはしていないと言わんばかりに。


「ドアには鍵がかかっているのでどのみち部屋から出ることはできません。部屋の外には俺以外の人間がいますからね。あなたの美しい姿を見せるわけにはいかないでしょう」


私の頬を触りながらイスファーンは言う。


「もしちらりとでもあなたの姿を俺以外の人間が見たら嫉妬で殺してしまう」


ぞわりと寒気がした。


彼はどうしてそんなに恐ろしいことを笑顔で言えるのだろう。人の命など何とも思わないのか。


イスファーンが私を大切に思ってくれるように彼らにだって大切な人がいるのに。


「大丈夫ですよ。あなたが私だけのものになってくれたらそんな悲劇は起きませんから」


それは脅迫だ。


顔も名前も知らない複数の人命を人質にとった。

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