第3章-2

 先に幽霊女とショッピングモールで合流し、約束しているというチェーン店の喫茶店に向かう。莉花の家がどのあたりかは知らないが、学校から自転車でも電車でも来やすい立地は、授業終わりでも寄りやすい。たとえ家が反対側の方向でも、それほど手間ではないだろう。恵太にとっては家と学校のちょうど中間あたりの場所にあるので、なおのこと丁度よかった。

ショッピングモール内一階の、飲食店が並ぶエリア。幽霊女は迷いなく進み、学生中心に姿が見える店へと入った。平日のためか席に余裕がある店内を見渡し、幽霊女は店員に窓側の席でもいいか尋ねた。速やかに案内され、店の外の買い物客が見える位置に座る。恵太もその後に続き、向かいに腰かけた。大きめのソファーが、恵太の体を軽く弾き返してくる。

「この店で間違えるってことはないと思うけど、よく窓の外を見ててね」

 恵太は約束の時間と場所に出向いていてなお、幽霊女のタチの悪い冗談ではないかと疑った。必死で外を探す恵太に、舌を出して笑う女。そんな構図の方が、莉花がやってくるより遥かに可能性はあるように思える。幽霊女の指示に背くように、深く座ったソファーから目だけを窓の外に向ける。ほぼ同時に、恵太は腰を上げて目を凝らすこととなった。

「マジかよ」

「来たね」

 恵太の視線が示す先に、幽霊女も莉花を見つけたようだった。白いシャツに青のネクタイ、襟元で着崩された、見慣れた制服。窓際から中を窺う様子もなく、足早に店内に入ってきて恵太たちの席を見つけた。

申し訳程度に恵太を一瞥し、幽霊女へ向き直る。繋がりの分からない二人の対面に、それぞれ紹介するべきかと恵太は迷ったが、莉花の様子がそれをさせなかった。何か言おうとしては口先で遮られ、ひきつけのような声を散らしている。その姿を前に、無感情な目で止まっている幽霊女。

「あの、わたしが」

 莉花の声は辛うじて言葉として繋がり始めた。インタビューの時とも学校で逃げられた時とも違う、異様な追い詰められ方。右手で左の腕を抱き、寒気を抱きしめるように指先を食い込ませている。

「座って下さい」

 もともと低めで落ち着いている幽霊女の声が、より暗い響きをもって発せられた。声色に突き動かされるように莉花は黙り、恵太の隣へ力なく座った。

「莉花さんですね、はじめまして」

 幽霊女が口だけ動かして言うと、莉花は自分の膝元を見つめたまま会釈した。幽霊女の目が、莉花の動きから離れようとしない。恵太には、自分が芝居の世界に放り込まれたエキストラのように思えた。二人の関係性も、莉花を呼び出した方法も、想像するのは困難であり、口を挟む余地もない。ただ二人の作る空間に調子を合わせていると、勝手に背筋が伸びていることに気づいた。

 幽霊女が莉花に飲み物を勧めるが、莉花は答えようとしなかった。店員を呼んだ幽霊女が、紅茶を三つ頼む。

「もうお分かりかと思いますが、私があなたを呼び出した者です」

 莉花は決して視線を動かそうとしないが、小さく頷くことで相槌を示しているようだった。莉花の耳に届いていることを確かめているのか、空白を挟みながら幽霊女は続けた。

「私が、唯の姉です」

「なっ」

 恵太は声を漏らし幽霊女を見たが、すぐに別の展開にかき消された。

「ごめんなさい」

 絞り出された声に、視線を隣にやることになる。テーブルの下の膝に置いた手は見えないが、拳を握りしめているのではないかと思った。そうでないと不釣り合いなほど、莉花は身を固くしていた。

「私のせいなんです。私のせいで」

 そこで莉花の言葉は止まった。続きの言葉を、恵太は容易に想像できた。恵太も、恐らく莉花も、口に出せば壊れてしまいそうな、割れ物の感触が歯止めをかけて声が出せない。

「唯は死んだ、と。そういうことなの?」

 幽霊女がいとも簡単に代弁する。

「いや、さすがにそれは無いんじゃねえの。唯は、自殺したんだろ」

たまらず恵太は割って入った。否定しても、莉花の態度が並大抵ではない罪悪感を訴えてくる。その口から飛び出そうとしている告白は、受け入れられるものなのか。躊躇いが、恵太に真っ当な考えを主張させる。

「唯と莉花は一回しか会ったことが無いんだぞ。その一回だって大して話したわけじゃないし」

「一回だけじゃない。あの後、私たちはまた会ったよ」

 テーブルに紅茶が運ばれ、陶器のかち合う音がする。空気に霜が降り、ひびが入る音のように思えた。莉花は唯の友人と親族からの視線を避けるように、目を伏せたまま続けた。

「あのヘイロの話をしてから、唯から連絡があったの。インタビューが中断になってごめんって」

 唯から知らされていない、莉花との繋がり。恵太は唾を飲みこんだ。唯の死の真相を聞き入れろと、言い聞かせる合図のような喉の渇き。

「それからやりとりしてるうちに、もう一度、今度は二人で会おうって唯が言い出したの」

 莉花が遠慮がちに、恵太を横目で見る。

「坂井は、また付き合わせるの悪いからって言ってた」

 返したい言葉はなく、恵太は頷きで続きを促した。それを受け莉花がまた話し出す。

「それで、会ったの。そしたら」

 核心に近づいてのことか、莉花は口元を震わせまた声を詰まらせた。

「お願い、本当のことが知りたいの。話して」

 幽霊女があくまで唯の姉を装って、諭すように声をかけた。恵太は顔に出さないようにしていたが、遺族を騙るやり口に不信感もあった。事が済んだら問いただしてやると決め、ひとまず黙認する。

「私が、あんなこと言わなければ」

「何を言ったの?」

 まるで本当の肉親のように、幽霊女が身を乗り出す。莉花の言葉を待つだけになった時間は、随分長く感じられた。誰も手をつけない紅茶が、ほのかな香りを放ち続けている。痛々しくさえある莉花を見ているのが耐えられず、恵太はテーブルの上を見つめた。

「私が」

 唐突に再開された言葉に、恵太は耳だけ意識を向けた。

「飛び降りようかなって、言ったんです」

 莉花はスイッチを押されたかのように動きを取り戻し、言い切った。抑揚の乱れた掠れ声。隣を見ずとも、涙混じりになっていることが分かった。

「あなたが? どうして」

 怪訝な顔で幽霊女が尋ねる。

「後追い自殺か」

 思わず呟いていた。莉花と出会うきっかけでもあった、ロックバンドにまつわる都市伝説とも言える噂。莉花と飛び降りというキーワードから、自然に導き出されるもの。莉花は否定も肯定もせず、唯と二度目に会った日のことを話し始めた。

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