クエスト1:転生したらオドロいた!?

 澄み渡る青空の下には、見渡す限りの青々とした森や平原が広がっている。

 聳え立つ山とせせらぐ川の向こうには、煌びやかな城が建つ。

 いい意味でこの世のものとは思えないような美しい風景……の中で、彼女は……天ノ橋紬は目を覚ました。


「ここは……?」


 目を開いたら、そこにあったのは青い空と白い雲。

 だけではなく、自分を珍しそうに覗き込む……金髪で赤い瞳の少女や、青い髪で青磁色の瞳を持つ、まつ毛もぱっちりと生えた少女の姿も。

 いずれも見慣れない服装をしている、そう――まるで、ロールプレイングゲームやファンタジーものの世界の登場人物のような。


「お、気が付いたかー? いやぁホント良かった、死んでたらどうしようかと思ったよ」

「えっ!?」


 青髪の少女から声をかけられた次の瞬間、急に起き上がったのでそのふたりだけでなく、少し距離を置いて様子を見ていた赤髪の少女も動揺させてしまった。

 もっとビックリして大声を上げたいのは、紬も同じだったのだが。


「あ、あなたたち……誰なの? ここはどこ? 何がどうなって……!?」


 言葉を続ける前に紬はあることに気づく。

 3人の少女の容姿は一見すれば、ホモ・サピエンスと変わりはないが決定的な違いがあったのだ。

 頭上にウサギの耳やオオカミの耳、ネコの耳が生えている!


「ウサギさんにオオカミさん? ネコちゃん? うそ、アニマル奇想天外……!? ますますわかんない! 食べないでくださ~~~~い!!」

「食べないわよ! まあまあ、落ち着いて。順番に説明するね。まず、私たちはこの森を探索して偶然あなたを見つけて、こうして保護したわけ」


 白いウサ耳の金髪少女がにっこりと笑って、ここに至るまでのいきさつを明かす。

 幻覚を見ている――わけではなさそうだが、一抹の不安に駆られた。


「そんな。私、さっきまで病院にいたのに……」


 まず、頬をつねったし、次に足も動かす。

 何も問題は無い。

 ケモ耳少女たちの手も借りて、立ち上がってみる。

 やはり支障はないし、歩くのも走るのもいけそうだ。

 こうも都合がよいと、紬としてはかえって怖かった。


「どこの病院かな」

「東京です」


 腕を組んで「うーむ」と考え出すウサ耳少女とオオカミ耳の少女だが、どこかわざとらしいというか――まるで、かのような素振りを見せる。


「トーキョー、かあ。ということは~……その見た目といい、雰囲気といい……あなた、現世うつしよから来た人ですね!」


 アゴに手を添えていたネコ耳少女は、自分なりに推測を立てて紬にそう指摘する。

 ニュアンス自体は伝わったが、このネコ娘の言っていることがわからない――!


「え……ウツシヨ? なんのこと?」

「あなたの世界……そう、現実世界のことです。あたしたちは人間界とも呼んでます」


 だからウツシヨなんて呼び方をするのか、と、紬はひとり納得する。


「改めて……【デミトピア】へようこそ! ここは人間と獣人と亜人が暮らしている世界なの」


 それは、有名な寿司屋の社長のポーズか、いや、彼女たちとは別のネコ科のケモ耳少女のもっとも有名なポーズを意識したのか?

 満面の笑みを浮かべるウサ耳の金髪美少女は、両腕を前に出して紬をあたたかく歓迎する意志を見せた。


「デミトピア? ジュージン? アジン……?」

「動物の遺伝子や特性を持って生まれてきたり、後天的にそれらが発現したりした人たちのことを言うんだよ! まあ、あたしたちも広い目で見れば人間ではあるんだけど。ややこしいよネ……」


 本を片手にネコ耳少女が自慢げに、時に自虐気味に語って紬にその定義を説く。

 フィクションなら本当によくあることだ、あくまでフィクションならの話。

 しかしこれは――まぎれもなく現実!


「自己紹介が遅れたわね。私は【ルーナ・ラグランジュヘアー】よ」

「【フェンリー・ルーガルンド】、わたしの名だ。ルーナの友達さ」

「あたし、【スズカ・ネコモリ】。見ての通り、ネコの獣人だよ。ちなみに三毛猫なのです!」


 3人のケモ耳少女たちはそれぞれ、紬の前で名乗ってお辞儀もする。

 ルーナはスカートの裾を持ち上げておしとやかに。

 フェンリーは、女性ながら高貴な身分の男がよくやりそうなモーションで。

 スズカは、あざとく笑ってあとは奇をてらわずシンプルに。


「紬です。天ノ橋紬……」


 では、彼女はどう返したのか。

 緊張で古いおもちゃのようにガチガチになってしまい、大変ぎこちないあいさつとなってしまった。

 が、ルーナたちはバカにせず、暖かい目で笑いフォローを入れる。


「ツムギちゃんかあ。運が良かったね、モンスターに襲われてごはんになってたかもしれなかったところで、私たちに会えたんだから」

「あ、あははははは……。ルーナさんたちはどうしてここに」


 よくある異世界に転移または転生するパターンと言えど、そう都合よく助けてもらえるわけはない。

 わからないことだらけなりに、紬は不安そうにしながらもその理由を問う。


「ルーナでいいわよ。この森は【ネーベルの森】っていうんだけど、この辺では比較的安全でモンスターもあまりいなかったのよね。だけど最近になって急に凶暴なモンスターが現れるようになって」

「で、危なくなったから原因を調査してほしいって依頼がわたしらに入ってきたわけだな」


 そういえば上を見れば空が広がっているが、その下は木々が生い茂っている。

 そのネーベルの森のど真ん中だったのだ。

 そこから出るため、ルーナたちにガイドをしてもらいながら紬は歩き出す。


「依頼……?」


 話をしている途中だが、紬はおびえている。

 未知なるものが多すぎるし、なんなら茂みからルーナの言っていた凶暴なモンスターが唐突に現れて襲ってくるかもしれなかったからだ。


「【ギルド】はわかるか?」

「あれ、ですよね。冒険者の支援をするところ……?」

「まぁー、そんなもんですね」


 フェンリーに確認を取られて紬が答えた後、スズカが補足を入れる。

 片手に杖を持ち、もう片方の手で耳をかくその姿は獣人ならではの仕草。


「ところで元の世界では何をしていたの?」

「え……私が何をしてたか?」

「遠慮はいらないよ。異文化交流みてーなもんだと思って、気にせずしゃべってほしいな」


 言ったところで理解してもらえるのか?

 明らかに住んでいる世界が違うのに。

 異世界だけに――。

 でも、言うしかないのか。

 おどおどしながらも、ルーナとフェンリーからの厚意を受けて話す決心をする。


「えっとね、私立高等学校ってところを出て……大学に入って、これからたーのしーキャンパスライフを満喫するぜーい! ってなるはずだったんだけど……」

「ふむふむ! あっ、つむつむの世界の文化や用語はあたしたちにも知識として伝わってるので、ある程度はわかります」

「つむつむって……じゃあ、説明しなくてよかった?」

「いやいや、そうでもないぞ。むしろまだまだ知らないことだらけ」


 そうしているうちに看板が立てられ整備された道に着く。

 ルーナは看板に書かれた文字を指差すが、当然紬にはわからない。

 デミトピアの言語で書かれていたためだ。

 そこでスズカがニヤリと笑って気を利かせ、「この先出入口ってことだよー」と翻訳してみせた。

 紬もようやく笑顔になり、更にルーナが「ちちんぷーいぷい」と、紬へ魔法をかける。

 

「あ、あれ……文字が日本語になった? なんで?」

「なんと今のは翻訳魔法なのです。これで少しでもつむつむの助けになったら、嬉しいな」


 なんて優しいのだ。

 いや、騙しているのかも?

 などと、親切にしてくれたルーナら3人を少し警戒してしまったために彼女は半信半疑になってしまった。


「……そうそう、スマホもテレビも、ゲーム機もわかるよ。デミトピアでも作られてるの」

「ええ~~~~うっそだあ!?」


 つい先ほどケモ耳を見た時と並ぶ衝撃が紬の中に走って、意図せずギャグ漫画じみたマヌケな顔をしてしまう。


「ウソだと思う~? スズカちゃん、ご一緒に解説お願いしまーす」

「はいはーい! 驚かずに聞いてね。なんと、あたしたちの住むデミトピアには、つむつむの世界の技術が持ち込まれて広まっていたのでーす!」

「ネタバラシ!?」

「どの道目にすることになるんだし、無意味に引っ張るよりいいでしょ。ねー、スズカちゃん」


 いきなり明かされた事実に目と一緒にハートが飛び出そうになったところ、フェンリーがどさくさに紛れてナチュラルに肩を「ぽんっ」と叩く。

 ニヤニヤ笑っていたため、紬は使えない社員をクビにする寸前のブラック社長かと錯覚し萎縮してしまう。


「実際に見てもらえばわかる」


 どこまで本当なのかはわからないが、紬は命を救ってくれた彼女たちの言うことを信じてみたくなった。

 歩きながらたくさんしゃべらせてもらえたおかげで元気を分けてもらい、その頃にはネーベルの森から出ることは出来たが、でも――簡単には抜けられない長いトンネルや、どこまでも続くジャングルジムに迷い込んだようなそういう心細さが、紬の中にはあった。

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