お題箱

河野章

第1話 監禁、不安

 不安症だという自覚はある。

 家を出るとなったら鍵をかけたかどうか何度も確かめないと気がすまない。その前にガスの元栓を締めたか、水道の蛇口はちゃんと閉めたか。

 部屋を出ても気は休まらなくて──窓のカーテンはどうだろうと、何度もマンションの自分の部屋のあたりを見上げて確認をする。良かった、ちゃんと閉まっている。

 ほっと足元に目線を落とした先から革靴の靴紐のよれが気にかかる。

 通勤カバンを足元において、うずくまって結び直す。こんな自分が嫌になる。 

 神経質で不安症。

 気の小さい男。

 なのに昨夜あんな大それたことをしてしまった。

 彼女のマンションの前で待ち伏せて……そして……。コンクリートブロックを彼女の後頭部に思い切り振り下ろした。

 そこからは無我夢中でタクシーを捕まえて、酔っているんですとかなんとか言って彼女をタクシーへ押し込み自分のマンションへ。

 引きずるようにエレベーターへと彼女とともに乗り込んだ時にようやく自分の手が震えているのに気づいた。昨夜から今も手の震えは止まらない。

 彼女をベッドへ寝かしつけて、可哀相だけれどベッドヘッドと彼女の腕を繋いだ。

 浅く息をしている彼女にはそれ以上近づけなくて、けれど幸福な気持ちで昨夜はベッドの下で丸くなって眠った。 

 幸福なはずなのに不安は尽きない。

 彼女は僕の部屋を気に入るだろうか。目覚めて驚愕しないだろうか。目隠しをしてしまったし、口にも布を詰め込んでしまったが窒息しないだろうか。

 不安で不安で、僕は部屋を何度も振り返る。

 早く目覚めた彼女に会いたい。

 ──今日は早く仕事が終わりますように。それだけを願った。

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