結婚、のち恋。

大川なおみ

【第1章】第1話 出会い系サイト

 そろそろ梅雨も明けようかという朝、東京近郊のある住宅街に建つコロニアルスタイルの白い小ぢんまりした家から、可愛らしい家には不釣合ふつりあいの五十がらみの大柄な男と、ランドセルをしょった十歳位の男の子が玄関から出てきた。

 その2人に、ドアから半身を出した女が       

「行ってらっしゃい、気を付けてね~」

と、笑顔で声を掛けている。

 男はでっぷりふとって髪にはだいぶ白い物が混じり、頭頂部は薄くなってきているが、女は小柄ながら肉付きは程好く、肌は白磁はくじのように白くて、肩に着く位の髪は黒々と豊かなものだから、この夫婦は他人からよく10歳は離れて見られた。

しかし、実は4歳しか離れていないと言うと、みな一様に驚くのだった。

 夫の大河憲介おおかわけんすけは、自分が経営する法律事務所へ、息子の幸介は地元の小学校へと向かった。

 大河瑠色るいには、長年繰り返してきた見慣れた朝の光景だ。

 この後、瑠色も夫の事務所へ出勤し、経理や、数人いる弁護士やスタッフの労務管理の仕事をするのだが、その前に一通り、家事を片付けなければならない。

 まずはさっさとテーブルの上の皿を食洗機へ入れ、それから洗濯機を回し、玄関の内と外でほうきをかけ、ドアの両脇にしつらえたテラコッタの鉢植えに水をやり、室内へ戻って手際よく掃除を済ませる。

 インテリア好きの瑠色るいは、家を綺麗に保っておかないと落ち着かない。かといって、元来おおらかな性質なので、完璧に綺麗にしなくとも、ベターな状態で充分満足している。

 散らかし屋の男2人を送り出した後は、一通り片付いたフレンチコロニアル風の部屋を眺めつつ、お気に入りのカップに紅茶を淹れてゆっくり頂くのが、瑠色には至福の一時だ。

 ところが、今日の彼女は、2人を見送って玄関ドアを閉めるなり笑顔を消し、「はあっ」と大きくため息をつくと、だらりと体を弛緩させ、リビングのソファにドサリと腰を下ろした。

 なにやら、ふて腐れてさえ見える。     

 片付けも一切やろうとせず、紅茶も淹れず、散らかったままの部屋の中でソファに寝そべる姿は、いかにも気だるい。

 彼女はスマホを手に取ると、なにやらしばらく検索していたが、どうやら目的のものを見付けたらしく、じっとテキストを読んでいる。

 それは、ある大手出会い系サイトのホームページだった。       

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る