第15話 決着と種明かし

 ——了解。


 言葉の代わりに、ウィルは剣を構えて見せた。


 男の突進とともに迫る黒い刃の切先。少しでも目を逸らせば心臓を貫かれる。そんなイメージが湧く。


 途中、張り巡らされた糸の何本かがちぎられた。同時に建物の窓が割れ、大小様々な壺が宙を舞った。その大半がウィルの立ち位置に向かっている。


 迂闊に踏み込めばこういう罠が待ち構えていたわけか。


 上空には壺。地面にも何か仕込まれているかもしれない。


 視界の外にも注意を払いながら正面の敵を迎え撃つ。そういう戦闘だ。


 ウィルは状況を整頓しながら、上空を見やる。


 厄介なのは壺だな。中には刃物か薬品か……最悪、爆発物が仕込まれているかもしれない。


 男も近づいてきているからその可能性は低いだろうけど、相打ち覚悟の手だとすれば厄介だった。


 敵を殺さないことも命令のうちに入っている。さらに言えば、キャロルや子供に飛び火することも防がなきゃならない。


 考えてみたら意外とやることが多いぞこれ。


「っ!」 


 男の突きがウィルの頬を掠める。言葉通りの紙一重。


 誰かを守りながらの戦い。護衛として臨む実戦は、ウィルが経験してきた“ただ敵を斬ればいいだけの勝負“とはまるで別物だった。


「ねえウィル。大事なこと忘れてない?」


 敵の猛攻に押されながら、ウィルの耳はため息まじりの混じるシュシュの声だった。


「ひめさまにはわたしがついてるんだよ。今日は背中を気にする必要なんてないでしょ」

 ——。あ、そうか。


 誰かと一緒に戦う経験も少なかったから忘れていた。


「じゃあ俺は目の前の敵にだけ集中すればいいわけだ」


 吹っ切れたような言葉。口にしたかと思ったら、剣を握るウィルの手が消えた。少なくとも男にはそう見えた。


 それが錯覚ではなく、文字通りであったことに男が気づけたのは、脇に刃の腹がめり込んでいる光景を見た後のことだった。


「か、はっ」


 呼吸が止まるほどの鈍痛。耐えられずに男が膝をついた。


「じゃあ記憶を断つぞ。斬るけど傷は残らない。むしろ目が覚めた時には体も気分もさっぱりしているはずだ。

 数年は牢で過ごすことになるだろうけど、心の持ちようが変われば罪も早く償える」


 まるで経験してきたかのようにウィルは言った。そして相手の返事を待たず、まさしく問答無用で胸に剣を突き立てる。


 そして刃を抜いた瞬間。


「あれ?」


 と首を傾げた。


 剣を刺してからの「あれ?」


 不吉な反応にキャロルは息を呑んだ。


「ど、どうしたのウィル。まさか普通に刺しちゃったとか……」


 慌てて男に視線を向けるが、衣服の穴から出血は見られない。男の表情にも変化はなかった。


 一方で斬った側のウィルは「うーん」と唸り、困ったような表情をキャロルに向けた。


「思ったより俺の提案は拒絶されてるらしい」

「ど、どういうこと?」


「俺の“断絶”は形のあるものはほぼ問答無用で斬れる。けど形のないものは、条件が整わなきゃ斬れない。

 例えば記憶だと、斬られる側にある程度その覚悟が必要なんだと思う」


 覚悟。この場合は同意と言い換えてもいい。


 ウィル自身、この技を試したのは過去数回にとどまる。だからあくまで推測の域は出ないが、過去の傾向から、相手の拒絶が技の効果を阻んだのではないか。そう結論付けた。


「——いいのよウィル。人の心と向き合うのに、結論を急ぐ必要なんてない」


 時間をかけて話せばいつかは通じ合える。子供に銃を握らせたという男の罪は決して許されることではない。しかし男が罪を償い、自分の生き方と向き合ってくれたらそれでいい。


 そんなキャロルの胸の内は、隣にいるウィルにも伝わっていた。


 だが彼の表情は主とは対照的に険しかった。長く貧民街で生きてきた男の、特に王族に対する恨みは根深い。釈放された後、キャロルの脅威となり得ない保証はどこにもないからだ。


 しかしいくらキャロルが誠実に語りかけてもこの場での説得は見込めない。口下手なウィルでは尚更だろう。


 さてどうするか。


「ひめさま。畏れながらもうしあげます。

 わたしは先ほどまで彼の仲間と戦っておりました。その者に意見を聞くのはいかがでしょう」


 沈黙した場を動かしたのはシュシュの進言だった。


「わたしの“転送”ならここに呼び寄せることができます」

「——仲間に説得させるのか?」


 キャロルへの進言に割って入るウィルに視線も向けず「そうじゃないよ」とだけシュシュは返し、そして続けた。


「わたしが戦ったのは彼の部下でした。そしておそらくは彼が組織のリーダー。

 立場を考えてみれば、部下を見捨てて自分だけが提案をのみ、わたしたちについていくことはできないのではと」


 キャロルは大きく目を見開くと、「シュシュ、すぐにお願い」と命じた。


 シュシュが「かしこまりました」と言い終わった時、両足に傷を追った大男がシュシュの手元に現れた。


 突如として呼び出された男は呆気に取られた顔で周りを見渡した。そして数メートル先に自分たちのリーダーの姿を見つけると叫んだ。


「無事ですかい、カシラぁ!」

「お、おう。キミこそ」

「感動の再会はあとでね。答えてもらいたいことがあるんだ」


 シュシュはいつもの口調で、しかし有無を言わせない表情を向けた。


「わたしらは七ツ宝具、なのは戦ったから知ってるよね。で、この人がひめさま。

 今回は結構なことやらかしちゃったから、あなたたちにには罰を受けてもらう。でも今から言うことに頷いてくれたら、全てを償った後、ひめさまがあなたたちをこの境遇から救い出してくれる」

「この境遇から……それは三人ともですかい?」


 シュシュがうなずく。すると


「わかった。どんな要求でも呑む」


 男はあっさり首を縦に振った。そんなやりとりに、彼のリーダーは顔色を変えた。


「お、おい! 要求の中身も聞かずに何を言うんだい。こいつら記憶を消そうって言うんだぞ」


「消されて困る記憶もない。目的と……仲間しか大事なもんはないんでね。

 さあ好きにやってくれ」


「ま、待て! わかった!

 やるならボクが先だ。リーダーなんだから、異論はないだろう」


「ふうん。あなた名前は?」

「——ギルだ」

「ギルはそう言っているけど?」


「カシラがそう言うなら順番はどうでもいい。今ここにいない……」

「安心して。あなたたちの仲間もちゃんと助ける」


 敵のリーダー、ギルの同意を得るとウィルはすぐさま剣を振った。あまりにスムーズに事が運んで不気味ではあったが、気が変わられてもたまらない。


 “断絶”がギルの胸へと突き刺さる。ウィルが剣を抜くと、糸が切れたようにギルの体は崩れた。


 まるで憑き物が落ちたような、穏やかな顔をしていた。


「これで記憶が消えたの……?」 

「目を覚ましてみないとわからないけど、多分な。

 断片的には残る記憶もあるから混乱することも多いだろうが、その先は向き合い方次第だ」 


 ウィルの口ぶりに、キャロルは考え込むように口もとを覆った。違和感を覚えたからだ。


 推測のようで、ある部分は断定的。というよりも妙に具体的で、まるで当事者のような。


 あるいは経験者のような言葉に聞こえたからだ。


「ねえウィル。あなたの剣は、もしかしてあなた自身も」

「質問は後だ。先にやることがあるだろ」


 ウィルの視線が、ギルの手下の男へと向かう。


「この男があっさり説得に応じたのは幸運だった。戦闘で三人を倒すのは難しくないが、三人分の記憶を消す作業となれば負担は軽くない。

 シュシュが指紋をつけておいてくれたおかげですぐに呼べたのも都合が良かった。これなら」


 言いながら、ウィルは振り上げた剣をとめた。


 都合が良かった。というよりも都合が良すぎる。そう感じたからだ。


 転送で呼び寄せたギルの部下が説得に応じるとは限らなかった。自分の意思ではなく、ギルの判断に追従する可能性も考えたら、むしろこじれる危険も高かった。


 にもかかわらず、シュシュは迷わずここに呼び寄せた。


 確証があったのだ。説得の展開になれば、思い通りに事を運べるという確証が。


 なぜそんな確証が持てる?


 可能性は一つしかない。


 この男が、こちら側の人間だからだ。 


「——。この男はマユメだな」


 ウィルが剣を納めると同時、シュシュは「せいかーい!」と元気よく手を叩いた。


 それを合図としたかのように、男の姿が白髪の女性に変わる。


 24時間以内に顔を合わせた相手の姿に変わるマユメの魔術、“映身”が解けたのだ。


「え? え?? ま、マユメ? どういう事?」


 戸惑うキャロルに、ウィルは大きくため息をついた。


「俺たちも騙されていたってことだ。

 シュシュとマユメはここに来る前から合流が済んでいた。その時にこの展開が打ち合わせ済みだったんだ。


 仮に話し合いが必要になったら、って」


 話しながら、ウィルはシュシュが合流した時の事を思い出していた。


 あの時、シュシュはともかくとして、戦闘に特化していないマユメは苦戦している公算が大きかった。となれば、シュシュが最初にすべきことは、マユメを転送でここに呼び寄せることのはずだった。


 そうしなかったのは、すでにマユメの無事を確認していたから。そして、呼び寄せない方が都合が良かったからだ。


 ウィルが視線を向けると、シュシュはにっこり笑って頷いて見せた。


「マユメさんの映身うつしみはすごい早技だけど、さすがに目の前でやればバレちゃうからね。だから変装した状態で隠れておいてもらったんだ。


 あ、ちなみにさっきまで化けてたのはわたしじゃなくてマユメさんが戦った相手ね。


 それにしてもマユメさんってほんと女優だよね。


 『わたしが転送したらうまく話を合わせて』


 あんな打ち合わせだけで乗り切っちゃうんだから」


「そ、それだけが特技ですから」

「またまたぁ。謙遜しちゃって」


 肘で脇をぐりぐりされながら、マユメは俯きがちに頭を下げた。そんなやりとりを見ながら、ウィルとキャロルにもようやく全貌が見えた気がした。


 シュシュとマユメはそれぞれ自力でギルの部下を撃破。それから、おそらくシュシュの魔術で合流。


 マユメはギルの部下に化け、シュシュは現場で説得の展開にもっていく。話し合いにならなかったとしても、相手を油断させるとか、変装したマユメの使い道はいくらでも考えられる。


 ——ただし、ウィルが魔術で他人の記憶を消せることは、二人にとって初耳だったはず。となれば、シュシュは急転した状況に合わせてマユメを呼び寄せるタイミングを選び、マユメは僅かな情報を頼りに敵味方の全員を騙し切ったことになる。


 顔色一つ変えることもなく、だ。 


 恐ろしく周到。その周到な計画が崩れても乱れぬ胆力。


 これが七ツ宝具。


「恐れ入ったな」


 ウィルの口から感嘆の息が漏れた。戦って倒すだけが護衛なのではない。そんな事を思い知らされた気がした。


「えへん。先輩たちのことを尊敬する気になったかな?」


 胸を張るシュシュに、ウィルは素直に頷いて見せた。


「そうだな。シュシュのこと見直したよ」

「見直したって……元はどう思ってたのよ」

「アホだと思っていた」

「ひめさま、こいつ地獄に転送していいですかあ!?」


 転送するなら自分も一緒に地獄に行かなければならない。やっぱアホなのだろうか。


 シュシュの拳を避けながら、ウィルはそんな事を思った。

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