第20話

ユースィフは唇を噛むと、ジュードに触れる。

その身体は分厚い氷に囲まれ、直接触ることはできない。

その氷は不思議な感覚だった。

冷たいのに、冷たくない。

ただの氷と違って、触っていても一向に溶ける気配がなかった。

しかし、ジュードには申し訳ないが、今はこの謎解きをしている場合ではない。

まずはこの蜥蜴を倒すことが先決だ。

「ハーシム!士英!ジュードを頼む」

「わかりました」

ユースィフはハーシムと士英にジュードを託すと、蜥蜴に向き直る。

あの氷がどんなものなのか分からないが、危険であることに間違いはない。

あれが何かわからない以上、これ以上の被害者を出す訳にはいかなかった。

蜥蜴は激しく喜ぶと、再びその口をぱかりと開ける。

「来るぞ!」

ユースィフの合図に、全員が退避した。

コオオオオオオ!!

激しい冷たい息が吐かれ、岩場の一部が凍る。

ユースィフは蜥蜴に向き直ると、アスアドに視線をやった。

「作戦はさっきと一緒だ!あの氷の息がどんなものかわからない以上、おれの障壁で防ぐのは得策じゃない」

ユースィフの言葉にアスアドは頷く。

「もしもの時はやってみるが、基本的には避けてくれ!」

「わかりました!」

「ウォン!」

アスアドと小狼の返事を聞くと、ユースィフは浮かれている蜥蜴の隙を伺った。

僅かに隙ができると渾身の力を込めて、蜥蜴の手を切りつける。

ズバッと皮膚が裂け、激しく血が吹き出した。

しかし、いつものように手を切り落とすまではいかない。

アスアドは腹に力を込めると、ユースィフに続き第二撃を繰り出す。

ゴツンと音がし、その刃が骨に達した。

しかし、まだ切り落とすまではいかない。

やはり、腹の柔らかい部分を狙うしかなさそうだった。

「グギャアア!!」

浮かれていた蜥蜴は再びその目に怒りを乗せると、アスアドたちを見下ろす。

アスアドは蜥蜴の目を見つめると、威圧するように睨みつけた。

蜥蜴とアスアドの睨み合いが続く。

一陣の風が一同の間を流れた時、先に仕掛けたのは蜥蜴の方だった。

カァ!っと大きな口を開け、息を吸う。

アスアドは来る氷の息を避けるべく横に体重を移動させた。

と、いきなり蜥蜴はそのままアスアドに向かってその歯を振り下ろす。

「……!?」

その行動に意表をつかれたアスアドは一瞬逃げ遅れ、その腕に蜥蜴の歯がズブリと沈み込んだ。

「くっ…!!」

アスアドはその剣で蜥蜴の頭を叩きつけると、なんとかその歯を引き離す。

「アスアド!」

「大丈夫です!」

ジュードが戦線から離れている今、大きな怪我は致命傷を意味する。

アスアドはユースィフに大丈夫だと言ってみせると、再び蜥蜴に対峙した。

この蜥蜴は、先程の大蛇より戦い慣れているらしい。

どこまで頭で考えて動いているのかはわからないが、動きに変化がある。

アスアドは今一度気を引き締めた。

自分が上手く立ち回らないと、ユースィフがとどめをさせない。

それどころか、ユースィフを危険な目に合わせてしまうことになる。

それだけは、避けなければならない。

アスアドは「ふう」と息を吐くと、意識を集中して蜥蜴を睨んだ。

ジリジリと距離を詰め、蜥蜴の隙を窺う。

蜥蜴も少し学習したのか、無闇に攻めてはこない。

アスアドは睨み合いを続けると、この戦いは根比べだと理解した。

焦って先に手を出した方が負ける。

アスアドは深く呼吸をすると、その意識を蜥蜴のみに向けた。

一瞬が永遠にも感じるような間、両者は睨み合いを続ける。

遂に根負けて先に手を出したのは蜥蜴だった。

「ギャオオオ!」

蜥蜴は激しく鳴くと、すごい速さでアスアドに向かう。

アスアドはそれでも動かず、最後の最後まで蜥蜴の動きを見つめた。

蜥蜴の口が開く。

ーーまだだ!

「アスアド!!」

トカゲが息を吸う。

チリ、と喉の奥で白く光る息が見えた。

ーー氷の息だ!!

アスアドは勢いよく走り出すと、蜥蜴の足元へ転がる。

その一瞬後に、アスアドのいた場所がパキリと凍った。

アスアドは飛び込んだ蜥蜴の足元で、ガラ空きになった蜥蜴の内腿を剣で叩く。

外側より比較的柔らかいそこはバッサリと切れ、血が吹き出して地面を濡らした。

痛みと傷により体勢を崩した蜥蜴は、イライラとしてアスアドを探す。

そこへ、音もなく走り寄ってきていたユースィフの剣が閃き、蜥蜴の腹を垂直に切り裂いた。

「グギャアアオオオオ!!!」

鮮血が飛び、蜥蜴が怒りと痛みで身悶える。

「ーーまだ浅いか!」

「しかし、効いています!」

ユースィフとアスアドは一旦蜥蜴から距離を取ると、再び隙を窺うべくじっと蜥蜴を見つめる。

蜥蜴は既に痺れを切らし、冷静さを欠いていた。

「グアアオオ!!」

激しく声を上げると、蜥蜴はアスアドに向かってその尾を振る。

アスアドは横に飛んでそれを避けると、その脚に剣を叩き込んだ。

深くはないが、その脚に刃が入る。

ジワリ、と血が滴った。

アスアドはさらに横に飛び退って、また距離を取る。

蜥蜴は激しく頭を振ると、その口をアスアドへ向かって大きく開けた。

アスアドは今度も動かない。

じっと蜥蜴の口を見つめ、緊張を途切らせなかった。

くわ、と今度は口を開けたまま、蜥蜴はその牙を振り下ろす。

アスアドはその剣を構えると、渾身の力を込めてその牙を受け止めた。

ガキイイイン!と激しい音が響き、蜥蜴の牙がアスアドの剣と交叉する。

「ユースィフ様!」

「まかせろ!」

この先を逃さず、ユースィフは蜥蜴に走り寄った。

するりと足元に身体を滑り込ませ、その剣を正確に喉元に突き上げる。

「グギャアア!!」

その刃は深々と喉元を貫いた。

そのまま、ユースィフはその剣を力の限り振り下ろす。

ズバッと蜥蜴の喉元から腹にかけて、白い腹が裂けていく。

激しい鮮血が飛び散り、ユースィフの頬に伝った。

「やったか?!」

「恐らく!」

アスアドとユースィフは、体勢を崩して倒れかかる蜥蜴を避けるように走る。

「グアアアアオ……!」

蜥蜴は最後に激しい咆哮をあげ、そのままゆっくりと地面に倒れ伏し、そのまま動かなくなった。

アスアドとユースィフは軽く目を合わせると、安堵の吐息をついた。



ジュードはまるで眠るように分厚い氷に包まれていた。

冷たくもあり、それでいて冷たくもない不思議な氷は、蜥蜴が死んでも解けなかった。

蜥蜴を倒したら氷が溶けるのではないかと一縷の望みをかけていた一行だが、その望みは大いに砕かれる。

「どうすれば良いのでしょう……」

士英は途方に暮れたように呟くと、ハーシムは思い出したかのように声を上げた。

「これだったのか!」

「何がだ?」

「おれが奴の巣の中で見たモノだよ」

「なに?!」

ハーシムは氷に包まれたジュードを見下ろすと、巣の中で見た光景を語り出した。

「巣の中には、確かにお宝があったさ。宝石の類から、金銀までな」

だが、羊桂英の簪に成り代わるような『曰く付き』のものはありそうになかったという。

途方に暮れていたところ、ハーシムは何かに躓いて。

舌打ちをしながらそれをみると、若い青年の氷漬けだったというのだ。

「そいつ一体だけじゃない。三、四体はあったぞ…」

嘘だと思うなら見てみろ、と言われ、アスアドはハーシムと共に巣へ登った。


ハーシムについで巣に足を踏み入れたアスアドは、目の前に広がる光景に目を疑った。

そこには、金銀や宝石などの貴金属、絹織物、キラキラと光る装飾用の武器の類があちらこちらに転がっている。

そして、なかでも一際目を引いたのは、ジュードと同じく分厚い氷に包まれた人間たちだ。

「どうする?」

「どうするって……放っておく訳にもいくまい」

アスアドは持ってきた縄で氷の一体を丁寧に縛る。

「ユースィフ様!確かにここには宝と、青年たちの氷漬けがあります!」

「そうか。下に降ろせそうか?」

「巣から出すことはできるでしょうが、しかし…おれたちだけでこれらを全て村まで運び出すのは難しそうです…」

「ふむ」

巣から顔を出してそういうアスアドに、ユースィフは少し思案したように言った。

「ユースィフ殿、ここは一度村に戻り、村の人手を借りませんか?幸いここは村までそう遠くないですし…」

「それしかあるまいな」

士英の提案に、ユースィフは頷く。

「まあ、今は妖物もいない事だし、村人たちも力を貸してくれるだろう」

ユースィフの合図に、アスアドは氷漬けの人間と宝を全て巣の下に下ろすと、一同は足早へ村へとむかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る