第17話

永泰の夜 第十七話


少年と別れてしばらく歩くと、小狼に乗っていた時見えていた小高い丘が見えてきた。

地図によれば、あの丘の中腹に妖物の巣があるらしい。

一行は足場の悪い砂利道を早足で歩くと、鬱蒼と茂る林の奥に、大きな洞窟が見てくる。

思いの外、大きい。

5人は注意をしながら洞窟の中に入った。

中はひんやりと湿気っており、水気を含んだ冷たい空気が流れている。

薄暗い洞窟の中で、一行は目が慣れるのを待った。

次第に目が慣れてくると、少しずつ慎重に中へと進む。

ーー瞬間。

シュッと何かが出される音が聞こえ、ハーシムが引き倒された。

「なっ?!」

ハーシムは脚に絡み付いた何かを振り解こうと腰から短剣を出しかけたが、その一瞬前にその脚に絡みついた何かがハーシムを洞窟の奥へと引き込む。

「ぐわっ!!」

「ハーシム!!」

引きずられるようにして、ハーシムは洞窟の奥まで引っ張られてゆく。

4人はハーシムを追って一斉に洞窟の奥へと走り出した。

洞窟の奥ではハーシムが脚を取られたまま、妖物に引きずられているのが見える。

「うおおおおお!」

アスアドは素早く走り寄るとその剣を閃かせ、ハーシムの足に絡みついた何かを叩き斬った。

バチンと小気味の良い音がし、ハーシムの脚からその紐状の何かが千切れて離れる。

ジュードはハーシムに走り寄ると、急いで助け起こした。

ハーシムをは足に巻きついた「なにか」を引き離すと、短剣を構える。

「大丈夫ですか?」

「ああ。しかしなんだこりゃ?!」

グニグニとした感触のそれを投げ捨てると、ハーシムは改めて妖物を見る。

「シャアアアアア!!」

アスアドに攻撃され、怒ったような声を上げると、妖物はその視線を5人へ向けた。

鈍く黄色く光るその目はギョロリと一行を睨みつけると、徐々にその姿を表した。

「三叉の蛇、ね」

士英がその姿を見て、思わず口を開く。

それは、白い首が三つに分かれた、体長2丈はありそうなありそうな巨大な蛇だった。

三つの頭のうち、一つの口から血を流している。

「なるほど、おれの脚を引っ張ったのはてめえの舌か!」

ハーシムはそう言うと、その短剣を構えた。

「シャアアアアア!!」

大蛇は耳障りな音で叫ぶと、その鎌首をハーシムに向けて振り下ろす。

バシン!と激しく蛇と地面がぶつかる音がし、地面の小石が粉々に砕けた。

ハーシムはすんでのところでそれを避けると、その短剣を大蛇に向かって振り下ろす。

ガキン!

しかし、それは小さな傷を表面に付けただけで、大きな傷には至らない。

「ちっ」

ハーシムは再び短剣を構えると、大蛇へ向き直った。

瞬間、左の頭がカッと大きな口を開けてハーシムを襲う。

「しまっーー」

「ーーばか!!」

ガチン!と振り下ろされた大蛇の牙に噛み砕かれそうになった瞬間、アスアドがハーシムを突き飛ばし大蛇の牙をその大剣で横に弾いた。

大蛇の牙は地面に深々と穴を開けると、砂埃を舞い上げる。

パラパラと舞い落ちる小石に混じって、人骨のような物が見えた。

アスアドはその大剣を構えて大蛇に立ちはだかると、ハーシムと士英に向かって叫ぶ。

「お前たちは下がっていろ!」

「心苦しいですが、その方が足手纏いにならずに済みそうですね」

ハーシムと士英が戦線から離れると、アスアドは大蛇との間合いを詰める。

後ろではジュードが呪を唱え、衝撃緩和の防御壁を張った。

「キシャアア!!」

大蛇が激しく首を振りながらアスアドへ牙を向ける。

「ふん!!」

アスアドは大剣を振りかぶると、大蛇の眉間を目掛けて剣を振り下ろした。

真ん中の大蛇は間一髪それを避けると、次いで右の大蛇がアスアドに牙を向ける。

「くっ…!」

大蛇の牙がアスアドの右腕を掠め、肉が切り裂かれ鮮血が飛んだ。

「アスアドさん!」

ジュードは左の大蛇の攻撃を避けながら、止血の呪を唱える。

じんわりとアスアドの右腕に温かい光が灯り、ぽたぽたと滴っていた血液が次第に止まってゆく。

「すまない!」

アスアドは、右の大蛇に狙いを定めた。

「ユースィフ様!おれはまず右と中央の大蛇を倒します!左の大蛇は頼めますか?!」

アスアドの言葉に、ユースィフは軽やかに大蛇の攻撃を躱しながら応える。

「任せておけ!」

右の大蛇は激しく身体をうねらせると、カチカチと牙を鳴らしながらアスアドへ襲いかかった。

同時に、中央の大蛇もその首をしならせ、アスアドへ体当たりをかける。

アスアドは身体を捻って右の大蛇の攻撃を避けると、中央の大蛇の身体を剣で弾き返した。

剣で弾かれた中央の大蛇が洞窟の天井に打ち付けられ、跳ねるように地面に激突する。

その隙に、右の大蛇に狙いを定めると、力一杯その剣を大蛇の胴体へ打ちつけた。

「キシャアア!!!!」

その深く切れた傷口から、どす黒い血が溢れて噴き出す。

右の大蛇は身体を躍らせるようにのたうち回り、その目に怒りを溢れさせてアスアドを睨みつけた。

右の大蛇は口を大きく開けると、シュッという音と共に目にも止まらぬ速さで舌を伸ばす。

「?!」

その舌はアスアドの右腕に絡みつくと、激しく引き上げようとした。

「くっ…!!」

アスアドは腰から短剣を引き抜くと、左手でその巻きついている舌へ叩きつけた。

しかし、大蛇の舌は緩まない。

アスアドは二度三度と剣を打ち付けるが、その隙に中央の大蛇がアスアドの頭を狙い大きく口を開ける。

「カァ!!」

大蛇の歯が正確にアスアドを狙い振り下ろされる瞬間、アスアドは渾身の力を振り絞って四度短剣を振り下ろした。

バチン!と舌が切れて緩まる手応えがあり、アスアドはさらにその短剣で中央の大蛇の牙を受ける。

アスアドの短剣は中央の大蛇の口蓋を突き上げ、そのままそれを引き抜き右の大蛇を襲った。

右の大蛇はそれを身を逸らして避けると、怒りをあらわにして頭を振る。

大蛇の頭は右と中央が同時にアスアドを睨むと、間髪入れずに左右からアスアドに牙を剥いた。

アスアドは腰に力を入れると中央の大蛇はそのまま捨て置き、右の大蛇の攻撃を渾身の力を込めてその剣で受け止める。

「うおおおおお!」

ガキン!と硬いものが折れる音がし、地面にドスっと折れた大蛇の牙が突き刺さった。

それと同時に、中央の大蛇の攻撃を直接受けたアスアドの左脇腹から激しく血が噴き出る。

アスアドは痛みをものともせずに、そのまま右の大蛇の口内を引き裂いていった。

「キシャアア!!」

右の大蛇が思わず身を捩ると、中央の大蛇が再びアスアドへその牙を剥く。

アスアドは中央の大蛇の頭を弾いて躱すと、再び痛みに悶える右の大蛇の前に飛び上がった。

そのまま、両手で持った剣を地面に突き刺すようにして勢いよく大蛇の頭を地へ縫い付ける。

アスアドは一旦後ろへ引くと、背からもう一つの剣を出した。

先程の剣よりは僅かに細身だが、それでも切れ味は負けていない。

ジュードは再びアスアドの脇腹に止血の呪をかける。

じんわりと柔らかな光がアスアドを包み、その流れ出る血をゆっくり止めていった。

「すまん」

「アスアド殿!無茶しないでください!」

アスアドは呼吸を整えると、中央の大蛇へ向き直った。


ユースィフは左の大蛇に向き合うと、ジリジリと間合いを詰めた。

「シャア!」

左の大蛇は激しく舌のない口を開けると、ユースィフへとその牙を振り下ろす。

ユースィフはそれを軽やかに避けた。

左の大蛇の牙は地面に突き刺さって激しく地揺れを起こす。

左の大蛇は刺さった牙を地面から抜き素早く頭を戻すと、再びユースィフに向けてその大きな牙で襲いかかった。

これもユースィフはひらりと避ける。

三度と四度と、ユースィフは素早く大蛇の攻撃を躱すと、くるりと身を翻してその剣を閃かせた。

その瞬間、大蛇の首に一筋の傷が出来る。

じわり、とそこから血が漏れ出した。

「キシャアア!!」

大蛇は一声あげると、激しくその首をユースィフにしならせる。

ユースィフがそれを避けると、それは地面を強かに打ちつけた。

ドォンと激しい衝撃が洞窟内に響き、天井から小石が舞い落ちる。

その瞬間、大蛇は自らの衝撃に目が眩んだ。

ユースィフはその隙を見逃さず、再び軽やかに剣を薙ぐ。

その剣はズバリと大蛇の胴を切り裂き、先ほどより激しく血を噴き出させた。

ユースィフは顔色を変えずに大蛇に対峙すると、大蛇の様子を観察する。

ーーまだ致命傷ではないな。

ユースィフは剣を構えると、大蛇の動きを待った。

大蛇は怒り狂った目でユースィフを見下ろすと、その口をくわと開けて、ユースィフに向けてその牙を打ち下ろした。

「ーー!」

その速さは先程よりもずっと早く、ユースィフは思わず体勢を崩す。

チッと音がして、ユースィフの頬から一筋の血が流れた。

「おお、やるなぁ」

ユースィフは流れる血をそのままに、激しく攻撃を続ける大蛇から再び身を躱し続ける。

怒り狂った大蛇は疲れを知らず、激しく攻撃をしつづけた。

ユースィフも攻撃を食らってこそいないが、このまま避け続けるのは体力が持ちそうもない。

「すまんが、オレも本気を出すぞ」

ユースィフはそう言うと、攻撃を躱しつつ低く呪を唱えた。

「シャアアアアア!!」

途端に、左の大蛇の動きがぎこちなくなる。

ギギギ、と音が出そうなくらい動きが緩慢になると、よろよろと身を捩らせたのちズシャっと地面にその頭を投げ出した。

大蛇の頭をよく見てみれば、地面にめり込んでいる。

大蛇は激しく抵抗するが、その動きは何かに押さえつけられているかのように動かない。

ユースィフは大蛇の前にゆっくりと歩み寄ると、その剣を構える。

地面には、沢山の人骨らしきものが転がっている。

中には、明らかに子供のものもあった。

この獣は、それだけ人を殺してきたのであろう。

ならば、生かしておくわけにはいかない。

「ゆるせ」

ユースィフはその剣を振りかぶると、鋭く振り下ろした。

ブツリ、ゴキリ、と音がして、大蛇の首と胴体が離れる。

一瞬後にブシュと血が噴き出し、さらに次から次へゴポリゴポリと溢れ出る。

そのまま、左の大蛇は動きを止めた。


中央の大蛇は左右の首が倒され、怒り狂ったように首を激しく振った。

その目は赤く揺めき、アスアドを激しく睨みつける。

「後はお前のみだ」

アスアドはユースィフが左の大蛇を倒したことを確認すると、安堵したように中央の大蛇へ向き直る。

中央の大蛇は再び激しく体を振るい、アスアドへその牙を振り下ろした。

ガキン、と歯と剣が交差する激しい音がすると、アスアドの剣が大蛇の牙を押し返す。

じわり、とアスアドの脇腹から止まっていた血が溢れ出す。

「アスアド!」

ユースィフは剣についた血もそのままに、中央の大蛇へと向かった。

再び、ジュードが止血の呪を唱えるが、力を込めているアスアドの血は止まらない。

アスアドは意にも介さずその両腕に力を込める。

「うおおおおお!」

もこり、とアスアドの腕の筋肉が膨らみ、グググと大蛇の首を押し返し、激しく跳ね上げた。

跳ね上げられた大蛇の首は洞窟の壁に激突し、轟音が響き渡る。

「シュウウ!!!」

大蛇は痛みにのたうちながら、それでも怒りのあまりアスアドを睨みつけた。

アスアドはそのまま大蛇に走り寄ると、激しくその剣を叩きつける。

大蛇はその剣をするりと身をかわして避けると、体制を崩したアスアドへ向けてその牙を剥いた。

「くっ!」

そこへ走り込んできたユースィフが、大蛇の喉元に剣を滑り込ませる。

「ユースィフ様!!」

「大丈夫か?!」

「助かりました!」

大蛇は自ら首を振りその剣を引き抜くと、アスアドとユースィフへ向かってその口を大きく開いた。

「ーーまずい!」

大蛇は息を大きく吸うとその呼吸を一度止め、アスアドとユースィフへピタリと狙いを定める。

ごおおおおおおおお!!!

大蛇は次の瞬間、その口から激しく炎を吐いた。

灼熱の炎が二人を襲う。

ユースィフは、瞬間的に障壁を張るとその炎を受け止める。

「くっ…!」

激しい炎に押されながら、ユースィフはその両腕で障壁を守った。

「ユースィフ様!」

「大丈夫だ!」

息の続く限り炎を吐き出した大蛇は、嬉しそうに目を細め、黒焦げになっているだろう二人を見る。

が、しかし、自分の炎で黒焦げになったはずの二人が無事でいるのを見て、更に怒りを燃え上がらせた。

「シャアアアアア!!」

ーーそんなわけがない!

大蛇は怒りのままに、今度こそと炎を吐くべく口を開ける。

ごおおおお!!!

再び、ユースィフは障壁を張ると、横目でアスアドに視線を送る。

アスアドは承知したように頷くと、その剣を構えた。

全ての炎を吐き出し、「これでもう倒したはずである」とばかりに大蛇が二人を確認しようとした瞬間、アスアドが突如目の前に飛び出る。

そのまま、アスアドは高く剣を構えると、その剣で大蛇の頭を激しく叩きつけた。

ぼきり、と骨の砕かれる音がし、大蛇の頭から血が噴き出る。

大蛇は痛みにのたうつと、激しくその頭を振った。

アスアドは着地し再度剣を構えると、のたうっている蛇の首を真一文字に払う。

ブツリ、と肉が切れ骨を絶つ音が聞こえると、大蛇の最後の首は地面に落ち、やがて痙攣していた体も動かなくなった。

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