極限の美

中下

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曇天の空は、春の富士山のように所々白く、海は黒く、まるで底なしの穴のように見えた。仄かな潮の匂いを嗅ぎながら、晴れやかな心で立つ。今、今が最も、私の人生が輝く瞬間なのだろう。波のリズムに合わせ歩き出す。そして、地球に全てを任せた。


高校生で画家を志した私は、1枚描けばコンクールで金賞を取り、もう1枚描けば将来が約束された画家だと囁かれ、さらに描けば才能の塊だと拍手を浴びせられた。しかし、これらの作品は偽物であった。筆を握り、描いたのは私だ。しかし、私の描きたい物ではなかった。父は描き上がったその偽物を見て、満足そうに頷き部屋から出ていった。母はその偽物を見るなり、私の肩に手を置き「あんたの将来は安泰だ。」と穏やかに告げた。

神は人に2物を与えぬと言うが、それは嘘だ。私は勉強ですらできてしまった。皆が苦しんでいる問題は、まるで苦しむ登山家を踏み潰す巨人の如く解いてしまうのだ。生きる為にはしょうがない事だ。山を登りきらなければ、生きては帰れぬ。しかし、踏み潰される登山家達に、私は常に罪悪感を感じていた。

都内の美術大学を受けるとことになり、私はようやく自分の描きたいものを描けると思った。課題のテーマは「自由」。今までは写実表現に拘るという、やりたくもないことをさせられていたが、今回は写実表現に向いていない、抽象的なテーマだ。これこそ描きたいものだった。私は真っ黒な絵の具を塗りたくり、真ん中に白い点を描いた。これこそ私がやりたかった事なのだ。これが本当の私の才能なのだ。両親が見に来ようとするのは鬱陶しかった。抽象的な絵の良さが分からないであろう人間に、この絵を見せても理解されると思わなかった。流石に美術大学の審査員ならば、良さを理解してくれるだろう。それは、私の希望だったのだ。

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