第14話 『小鳥』

考え込みながら、サイラスは道を歩いていた。

 靴のチェックが終わったあと、サイラスは地道な聞き込みを続けていた。

ストーカーの後に倉庫に訪れた人物。その人を特定して話を聞かないといけないけれど、なかなか正体がつかめない。一階組の人にも協力してもらっているが、同じく有力な情報を得られていないようだ。

「だって、事件が起きたの深夜のもんなぁ」

そもそも、薬草を摘みにきたお母さんが、言い争う声を聞いたのだって運がよかったぐらいだろう。

「あ、ストレングスの隊員さん」

聞き覚えのない、若くて元気な女の子の声がして、サイラスは自然と顔をあげた。

きれいな格好した女の子が、足早にこちらへ向かってくる。ふわふわとした金色の髪に、あまり外に出たことの無さそうな白い肌。いかにもお嬢様といった感じの子だ。

その後から、黒髪のメイドがいかにもしぶしぶという後からついてきていた。

「ねえ、ストーカーが捕まったって本当?」

自分が聞いたのだから、誰だって答えてくれるのが当たり前だ、というような自信たっぷりの口調に、サイラスは少しタジタジとした。

「ストーカーって、ジェロイさんのこと?」

「名前なんて私が知るわけないじゃない。フェリカとかいう娘(こ)に付きまとっていたって奴よ」

 どうやらジェロイに間違いない。けれど、なんでこんなお嬢様が、その辺の町娘に付きまとっていたストーカーを気にしているんだろう?

「もし捕まったんなら、ざまあ見ろだわ。あいつ、メイドのレリーザにまで迷惑かけてなんだから」

「ルジー様、おやめ下さい! 私なら大丈夫ですから」

顔をしかめているのを隠そうともせず、メイドが言う。

「えーと、ちょっと待って。メイドのレリーザさんって、フェリカさんのお友達だよね」

(たしか、フェリカさんを慰(なぐさ)めるメイドさんがいたってファーラさんが報告してたっけ……)

その人の名前がレリーザだったはず。なんだかメイドなのに香水がどうのこうのと言っていたから、よく覚えている。確かにそのメイドからはさわやかないい香りがしていた。

「そうよ。そして私はケブダーの娘、ルジー」

(うわ、なんだか名前がいっぱいでてきた……)

サイラスは頭の中で一生懸命人間関係を整理した。

つまり、金持ちのケブダーがいて、その娘がルジーで、ケブダーの家で働いているメイドがレリーザで、レリーザの友達が被害者の恋人であるフェリカ。

(オーケー、ようやく理解した)

「ていうか、あのストーカー、フェリカさんだけでなくレリーザさんにも迷惑かけたの?」

「そうなのよ!」

ルジーは、緑の目を怒りできらめかせている。

「三日くらい前、いきなりレリーザの手を掴んで、フェリカとの仲を取り持ってくれって! それに何だか変な目つきでレリーザを見つめていたし!」

(三日くらい前って、ラクストさんが殺されるちょっと前か)

ストーカー捕らえたときの、何かにとり憑かれたような眼をサイラスは思い出した。確かにあれで見つめられたら気味が悪いだろう。

「もう。本当にたいした事は無いんですよ、ルジー様。気にしないでください。それに、あの男も捕まったんだし……」

「でも、あの予告状はストーカーが捕まった後じゃない」

「ルジー様、でもそれはケブダー様にあまり大ごとにするなと言われているでしょう」

「だって、ほっとけないでしょ? もし何かあったら大変じゃない。もうすぐ私のお誕生日パーティーなんだし」

「わあ、もうすぐお誕生日なんですね。それはおめでとうございます……じゃなくって!」

なんだか、ストレングス部隊として聞き流せない単語を聞いた気がする。

「予告状って、なんです? 最初から詳しく説明してくださいよ」

 今までの話をまとめてみると、まずレリーザがジェロイに絡まれ、その後ジェロイが逮捕されて、さらにその後予告状が届いた、ということらしいけれど、その予告状というのはなんなのだろう。

「だから! 今朝、玄関にこれが置かれているのに気づいたの!」

ルジーはもどかしそうにポケットからカードを取り出してきた。一度くしゃくしゃに丸められたあと広げられたらしく、しわが寄っている。

そこには、王冠を被った双頭の竜が描かれていた。そして下には黒いインクでこう書かれている。

『小鳥』

「いやいやいやいや!」

サイラス思わず声を出してツッコミを入れた。

「どう見ても鳥にじゃないでしょう! 竜でしょこれ!」

まあ、タイトルは作者が好きに決めるものだから、竜の絵に『小鳥』とつけようが、花の絵に『岩石』とつけようが、全然かまわないのだけれど。

(それにしても……)

この絵はどこかで見たことがある。

サイラスは慌てて記憶を引っ張り出した。

そうだ。資産家や、貴族の家を襲い、金目のものを奪っていく盗賊団。確か名前は、ケラス・オルニス。あれが使っていたマークに似ている。

平気で人を殺し、ストレングス部隊をバカにするみたいに予告状を送り付けた悪者たちだ。

担当地区が違ったため、サイラス達は直接捜査にあたったことはないものの、もちろん事件は知っていた。

(でも、ケラス・オルニスのマークって、普通に一つ頭の竜だよな…… 送られる予告状も、マークの外には具体的な日時も何もなくて、カードが届いた日から近々襲われるってだけだったと思ったけど。もちろん『小鳥』だなんて意味不明な単語が書かれていたとか、聞いたことがない)

第一、もう全員捕まって、都の広場で処刑されたはずだ。

他に何か書かれているかと、サイラスはカードを裏返した。

『皆殺し』

「え……」

その単語の不穏さに、サイラスは少し固まった。

「このこと、お父さんには?」

「お父様にも言ったんだけど、ただのいたずらだって取り合ってもらえなかった」

ルジーの口調にはいらだちと怒りが混じっている。

「それどころか、このカードを丸めて捨てちゃったのよ。それをわざわざ私が拾い上げてきたんだから!」

「ああ、だからこのシワか」

「でもこれって、あのケラス・オルニスのマークにそっくりじゃない! 絶対に犯行予告よ! だから、詰所に行こうと思ってたの。でもここでストレングス部隊の隊員さんに会えてよかったわ。行く手間がはぶけたから。なんだか頼りなさそうだけど」

「スミマセンネー」

ここまではっきり言われては、わざわざ反論する気も起きない。

「それでね。直接フェリカとかいう娘(こ)に会ったことはないけどさ、レリーザがからまれたことがあったから、ストーカーの仕業(しわざ)だと思ったんだけど。噂によると、あなた達がストーカーを散財通りで捕まえたのは、昨日の夜の早い時間だっていうじゃない。みんなが寝る前まで、こんなカード玄関にはなかった。でも、朝起きたときにはあった……」

「つまり、予告状が置かれたのは深夜から明け方にかけてだけど、そのころにはストーカーのジェロイさんは捕まっていたから犯人じゃないってことか」

「そう。別の人間の仕業よね?」

「そうだね」

とりあえず時間のことを忘れないように書いておこうとサイラスは手帳を開けた。

すでに埋まっているページが目に入り、サイラスはあっと声を上げた。

倉庫の持ち主、ディウィンと取引のある人物の一覧表に、ケブダーの名前が書いてある。

「あれ、ルジーさん。ひょっとしておうちでは食料品をディウィンさんの所で買ってる?」

サイラスの言葉に、ルジーは不審そうな顔をした。

「さあ。そんなこと、私に分かるわけないじゃない。台所事情なんて、召使いにまかしてあるもの」

「ですよねー」

サイラスは答えを求めてレリーザの方をうかがった。

「残念ですけど、知っていても、ケブダー様の許しがなければお教えできませんわ。やとわれているお宅の情報をペラペラ話すメイド、なんて噂がたったら、次の仕事が見つかりませんもの」

「うう……」

 レリーザの意見はもっともだ。

「ていうか、それがこの予告状と、何の関係があるの?」

ルジーが少し呆れたように聞いてきた。

「う~ん、その『関係があるか、ないのか』が知りたいんだけど」

予告状だけでも問題だけど、ラクストの事件と関わり合いがあるかも、となると大問題だ。

「悪いけど、少しお父さんに話を聞かせてもらっていいかな」

「サイラスの言葉に、ルジーはお金持ちのお嬢様らしくなく、ふんと鼻を鳴らした。

「当たり前でしょう。それぐらいやってよ。市民のために尽くすのがストレングス部隊の務めなんだから!」

(いや、まあ、そうなんだけどね……)

何だかこのコの家で働いてる人達って、こき使われそうだなぁ、とサイラスは思った。

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