第9話 散財通り

 レストラン前の広い通りに並べられているテーブルには、それぞれランプが置かれ、球状の灯りを浮かべていた。誰かが流しの音楽家に一曲頼んだのか、弦楽器に合わせた流行のラブソングが聞こえてくる。料理とかすかな香水の匂い。

 散財通りには、高めの洋服屋や宝石屋、料理屋が並んでいる。

 金持ちがちょっとしたものを、あるいは中流階級が少し背伸びをして買い物するのにうってつけのところだ。

 人通りは多く、行き交う人々の間から、アシェルの頭と肩がのぞいている。いつもの制服ではなく、艶のある、黒に近い深緑の地に、黒い縁のある外套(がいとう)だ。

 その隣を歩くフェリカはワンピースに短い上着を重ねている。

 ファーラとサイラスは、少し距離を置いて、二人のあとを追っていた。

「なんだか制服じゃない隊長を見るの、新鮮ですね。かっこいい!」

 そういうサイラスも召使用の服を着ている。

「ええ、まあ」

 乗馬服姿のファーラは答えた。

(まあ、あの人は見た目は悪くないですから)

 本来だったら、ちゃんとした外出用のドレスを着たいところだが、それではストーカーを捕まえるのに動きづらい。それにこの格好なら動きやすいし、横にいるサイラスの姿も手伝って、お嬢様が乗馬を楽しんだ帰りにちょっと立ち寄った、というふうに見えるだろう。

 おとりになってストーカーを捕まえる協力をしてほしい、という頼みをフェリカはあっさりと承諾した。

『それで、ラクストを殺した犯人がみつかるなら』

と。

 ストレングス部隊がついているとはいえ、完全に安全とはいいきれない作戦に乗るのは勇気がいるはずだ。それをいとわないほど、ラクストの仇をとりたいのだろう。

 作戦を提案したとき、アシェルは嫉妬してくれないのかと言ったが、そんな事をするはずがない。

 だって、アシェルは私に夢中で、フェリカはラクストに夢中なのだから。

 アシェルが何か冗談を言ったようで、フェリカが笑い声を上げた。ファーラが見たのは泣き顔ばかりだったが、笑うとフェリカはなかなか可愛らしい顔をしている。男に人気があるという守ってあげたくなるタイプ、と言うやつだ。

 ファイルはベルトに下げた小さな革ケースにそっと触れた。この中には銃が隠してある。自分は守られる側ではなく、守る側だ。何があったらこれで彼女を守り、場合によっては盾にならなければ。

 通りすがりのネコが、ファーラを見上げて小馬鹿にするように鳴いた。

 威嚇するようにファーラが睨み付けると、慌てて逃げていく。

「どうかしましたか? ファーラさん」

「別に」

 サイラスの言葉に、そう素っ気なく応えた時だった。

 ファーラたちとアシェルたちの間に、いつの間にか怪しい男が歩いているのに気づいた。

 腰まである古びた薄茶のシャツに、ベルト代りの縄。生成(きなり)のズボン。

 少し高級な、小ざっぱりした格好の者が多い中で、明らかに浮いている。

 そして何より、腰のナイフに手をかけている。

 アシェルに伝えなくては。

 目をやると、彼は雑貨屋のショーウインドーを覗(のぞ)いている。

 ガラスを鏡代りに後方を確認し、追跡者がいないかどうかを確かめる、古典的だが有効な方法だ。

(大丈夫、彼は気づいている)

 ファーラは少し安心した。

「ファーラさん」

 サイラスにしては珍しく、少し固い声でファーラを呼ぶ。

 どうやら彼も不審な男の存在に気がついたようだ。

「あなたは通行人の安全を確保して」

 うなずいて、サイラスは足を早めた。

 それに比例するように、男の足も早くなる。

 ナイフから鞘(さや)が外され、白刃がむき出しになった。

 異常に気づいた通行人が騒ぎ始めた。

「お、おい、なんだ?」

「ん? あれナイフか?」

 ざわざわと声が上がる。

「みんな、その男から離れて! 茶色のシャツ着てる奴!」

 サイラスが叫ぶ。

 男は今や全力疾走になり、ナイフの柄を両手で握りしめ、アシェルに突進した。

 ざわめきが悲鳴混じりになった。

 ナイフがアシェルの背に突き刺さりそうになった直前、アシェルは体を横にすべらせる。

 刃がアシェルの横腹のすぐ脇を通り過ぎる。

 伸びたままの腕を、アシェルが抱えるように固定した。そのままつかんでねじりあげる。

「痛てて!」

 男が悲鳴をあげた。

 フェリカは両手で口を押さえ、立ちすくんでいた。

「こっちへ」

 ファーラが腕を引き、争いの場所からが避難させる。

「ふざけるな、クソ!」

 地面に押し付けられながら、男がわめいた。

「はい、下がって下がって!」

 メダリオンをかざしながら、サイラスが通行人を追いとばす。

「クソ、この売女が!」

 痩せ型の体のどこから、と思うほどの大声で男が怒鳴(どな)った。

フェリカはただファーラの後で震えている。

「せっかくラクストがおっ死(ち)んだと思ったら、もう新しい男か! このあばずれ! この――」

 耐え難い言葉を言うと、男はそこでピタリと口を止めた。

 ファーラは銃口を男の後頭部に押し付けた。

「そういった下品な言葉は、耳が汚れる気がするので嫌いですの。黙っていてくださらないかしら」

 男は抵抗をやめ、ダラダラと汗を垂らすだけになった。

 もう危険はないとみた通行人が、距離を空けてアシェル達を取り囲んだ。

 のんきにサイラスがトコトコファーラに近寄ってくる。

「ファーラさん、ファーラさん。『あばずれ』ってどういう意味です?」

「ええ……?」

 無邪気な表情から、ファーラに言いづらいことを言わせて楽しもう、と言うわけではないようだ。

「後で辞書ひけ、サイラス」

 アシェルは懐から短い縄を取り出した。そして後ろ手に男の手を縛り上げる。

「ストレングス部隊アシェル、女王陛下の名の下に、お前を捕縛する!」

 アシェルの宣言に、野次馬から拍手が沸き起こった。

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