第11話スーパーで買い物

「昨日の今日で営業してるスーパーもちょっと頭おかしいなぁ……」

「ですが当主様?買い物を目的にここに鉄の箱でここまで来たのですよね?」

「いや、確かにそうだけど……街でクトゥルフの化け物が暴れた次の日には通常営業って……」


 ワンボックスカーを借りて、初めて乗る車に興奮するカエデをよそに俺は通り道に残った昨日の惨劇の跡を見て考え込む。

 これが平常性バイアスというものなのか俺は理解出来ないが、世界がどんなに混沌とし壊れかけようとも変わらずにあり続ける二階建てのスーパーマーケットを有り難く思うと同時に、街の住人達も暴徒になる訳でもなく日常を続けているのを恐ろしく思う。


 いや暴れたからって事態が良くなる訳でもないし、むしろ悪化するだろうけど……それにしたって日本人はお行儀良すぎだろ……海外なんて暴徒が商店襲って強奪してるのが日常だってのに……。


 アメリカではホワイトハウスが死霊によって陥落した結果、政府機能が一時的に麻痺して終末論者が騒ぎ出し暴徒たちの略奪ボーナスステージが始まっている。他の国も似たような混乱が見られる中でも日本は一部の馬鹿がパニックを起こす程度で他と比べれば平和なものである。


「この束の間の平和がどれほど続くか分からないけど、今の内にやることはやるとするか……それじゃあ、カエデさんは荷物持ちを頼むよ」

「はい!当主様のご命令は某の命を持ってしても果たします」

「それじゃ、行こうか」


 カエデの事あるごとに命を懸ける姿にもうツッコむのは止めた。本当は俺が主君であることが死んでも嫌だから気軽に命を張っているのではないかと邪推する程に、その命を持って命令を遂行しようとする。


 重いと言うより軽々しく命を懸けすぎて軽く感じてしまう……。


 なんだか一生のお願いを連発する友達を思いだして、朝方のまだ買い占めが行われていないスーパーに足を踏み入れて食料品の買い物を始める。


「とりあえず缶詰は片っ端からカゴに入れてくれ」

「はい!」


 とりあえずは日持ちする食料品を大量に買う事にする。電気がいつ止まるか分からない中では、缶詰という缶が腐食するまでは食える食料は今後のためになるだろう。とりあえず手元にある財布の中身とクレジットカードの限界まで食料品を買い込み、嗜好品も取引に使えるかとタバコも百カートン程度に塩や砂糖の消費期限のない調味料も持ち運べる分だけ買った。

 途中でこれはカゴで往復して商品を買わずに直接、店員に注文すればよかったということに気付くが目的の物はほとんど買ってしまった後なので次回に生かすことにした。


 さてと……これだけの食料と嗜好品や調味料を買ったのは良いが……それにしても客があまりいないな……普通なら非常時に食料品を求めて殺到しそうなのに。


 カエデがせっせっと、働きアリのように荷物をワンボックスカーに詰め込むのを見ながら、店内はやる気のなさそうな店員数名以外は客は十数人程度しか居なかった。

 その客達も俺と同じように備蓄をしに来た訳でもなく、ただの日常の買い物を続ける風景を奇妙に思っていると――


「やっぱり大刀も買い物に来てたのか?」

「川口か。それにしても妙なんだが、なんで昨日の惨事の後なのにスーパーに人が殺到してないかお前は分かるか?」

「お前……それ本気で行ってるのか?」


――フレッパーと呼ばれる終末に備える大学生、川口が声を掛けてきた。


 そして俺の疑問に対して信じられないモノを見る目でこちらを見るので首を捻ると。


「昨日の化け物たちのせいで、ほとんどの街の住民は出て行ったんだよ。お前は何処に居たのか知らないが、化け物たちが闊歩始める頃にはほとんどが死ぬ気でこの街を抜けだしていたよ」

「じゃあ、このスーパーで働いてる人や街に残ってる住民は?」

「危機意識の欠片もない種類の奴らだろうな。マトモな感性していたら、化け物が現れた街に居続けようと思わないだろ?」

「あぁ……確かにそうだな」


 冷静に考えれば普通は化け物が現れた所になんか居たくないだろう。俺はあの化け物の元凶となった存在を知っているし、その元凶を叩き潰してカエデという人間兵器が傍に居るから麻痺しているが、もし俺が何の力もなかったから速攻で実家に帰っている。

 となると、危機意識の高い筈の川口はなぜ残ってるのかと疑問に思うと。


「俺はこの街の近くの山にシェルターを作っちまったんだ。総額500万程度の小規模なモノだが、そこには色々と子供の頃から準備した物があって放棄する訳にもいかないからな。それに化け物を倒す化け物が居るなら逆に安全だろう?」

「あのシーツお化けね」

「正体は分からないが、会話を聞く限りは理性的だったし、何かしらの強力な力を持つ職業を得た人間だろ。まぁ、あんな手からビームを撃てる職業ってなんなんだよって疑問に思うが」

「魔術師か何かの職業だろうよ。なんか魔法陣とか浮いてたし」

「魔術ねぇ……ネットじゃゲームのキャラクターの力だとか騒いでるけど、一昔前に流行ったソシャゲのキャラ演出と酷似してるんだとよ」


 そう言って、ユーチューブの検証動画を見せてくる。

 そこにはシーツお化けの手に現れた魔法陣とゲーム内の『機械仕掛けのマキナ』の必殺技のシーンが並行して並び、その魔法陣が一致してることを激しく主張していた。

 俺はそれを見て、荷物運びをしているカエデをチラリと見て。


 やべっ……どうせ古いゲームのキャラだからどうせ分からないだろうと、変装もさせずにカエデを連れましてるけどバレないよな……?だって、ゲーム内では最弱で人気のないキャラだったし、川口がそれに気付くはずは――


「主君様!荷運びが終わりました!……この方は?」

「ん?主君様?えっ、この子と大刀はどんな関係なんだ?」


――最悪のタイミングでカエデが割り込んできた。


「某は主君に仕える家臣でございますが?」


 ちょっ、おま…………。


 さも当然であるように答えるカエデに川口は混乱してこちらを見てくる。俺はどうせ世界は混沌とするのならば美少女に主従プレイしている変態だと思われてもいいが、流石に現状でカエデの存在が露見することは避けたかった。

 だから俺はカエデの肩を叩き。


「ご苦労。この人は大学の友達の川口って言うんだ。それと仕事が終わったのならば、しばらくは口を閉じて黙っていて貰えるかな?」

「――――ッ!」


 だから跪くのはやめろぉ……ッ!


 無言で忠義の姿勢を取るカエデに俺と川口はドン引きし、俺は説明を求める川口の目を真っ直ぐと見て。


「デートサービスって知ってるか?」

「で、デートサービス?えっ、あぁ……聞いたことはあるが……それが?」

「この子はデートサービスで呼び出した女の子なんだ。こんな事件の後で精神を癒して欲しくて呼んだのさ。それだけさ……それだけで俺の説明は終わりだ。行くぞ、カエデさん」


 適当に話をでっちあげる。勿論、無理がある上に、こんなご時世にデートサービスが機能なんてしている筈がないと分かっているし、川口も当然疑問に思うだろうが、だが俺が美少女召喚師でカエデという存在を召喚したでという事実よりは遥かに納得出来るだろう。

 木を隠すには森の中。無茶苦茶で納得出来ない理由で真実を誤魔化すのである。そしてそれは功を奏して、完全に意味不明な俺の答えに思考がフリーズした川口が次に言葉を紡ぐ前に――


「それじゃあ、このデートサービスは時間が限られてるからじゃあな!」

「……………………………えっ、えっ……?」


――俺はカエデを連れてワンボックスカーに乗り込みスーパーから退散した。


 助手席に乗るカエデはデートの意味を理解しているから顔を赤くしているが、黙っていろと命令しているのを良い事に余計なお喋りはさせずに閑散とする街を眺めながら。


「美少女は目立つな……これから毎日増える美少女をどうやって世間の目から隠せば……そして俺の職業の秘密は秘匿したいし……厄介だな」


 いずれは『美少女大戦』のキャラクターたちが昨日の一件から大勢の人達に知られるだろう。そうなると今回のように軽い気持ちでお出かけてるのも難しくなり、面倒な連中に目を付けられるのは絶対に避けたいので遠くに見える山を見て。


「田舎に引っ越すか……」


 しばらく潜伏する場所を見つけ、政府が異能の職業持ちたちにどういう対応をするのかを見てから今後の活動方針を決定することにして、大量の食料と嗜好品と共にマンションに帰るのであった。

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