第3話 絶望に似た感情



 重い瞼を持ち上げると、隣には肉の塊が積まれていた。


 俺は遠い記憶を手繰り寄せた。

 教会に、に嵌められた。拘束されて、呪縛の首輪を付けられて、昏睡の魔法をかけられた。それから――――。



 はっとして俺は周囲を確認した。


 同じく拘束されていたパーティーのメンバーは姿が見えない。そして、俺を嵌めた奴らの姿もない。


 どうやら俺は狭い部屋……否、移動中のキャラバンの中にいるらしかった。

 おそらく十人乗りだろうキャラバンの半分が俺の横たわるスペースとなっていて、残り半分にはうず高く肉塊が積まれていた。



 移動中ということは御者がいるはずだ。


 濡れた土の上を車輪が通っていく音がする。不安定な揺れからして獣道。遠くに木々が風に揺れて虫や動物が鳴く音。森の中だ。

 外に人の気配は無い。御者一人……心音や空気の揺れを考えると、体格はそれほどでもない男。



 タイミングを見て襲えば逃げられる。そう思った瞬間、キャラバンが急に減速を始めた。


 気づかれたかと思い身をよじったとき、今まで見えていなかった背後の足元から何かがぶつかる感覚がした。

 さらり、と覚えのある肌触りを足首に感じて、俺は思わず振り返った。



 パーティーメンバーの生首と目が合った。



 恐怖にゆがんだ表情。限界まで見開かれた目からは眼球が零れ落ちそうになっていた。首の断面はまるでちぎったようにグチャグチャに潰れている。



 長年を共に過ごしたメンバーの変わり果てた姿。いや、それ以上に、見た者にさえ恐怖を伝播させるようなおぞましい表情を見て、俺は柄にもなく動揺した。




「おはようございます」




 そう、動揺していたのだ。


 御者が俺の顔を窺うように隣でしゃがみこんでいることに気付かなかったのも、とっさに唯一自由な口で噛みつこうとして躱されたのも、一回り以上小さい御者に押し倒されて首を絞められているのも。


 動揺しているからだ。

 そうでなければ、いくら本来の力を発揮できない状態だからといえど、この俺が。


 俺が、こんな男に何一つ反撃できないはずがない。




「首輪、僕とお揃いですね」




 首輪を巻き込むようにして掛けられていた手にさらなる力が込められる。血流を妨げられて意識が揺らぐ中、やはり反撃することはできなかった。



 こんな男、腕の一本で御せるはずだ。

 頭ではそう思っているのに、冒険者として培ってきた経験と研ぎ澄まされた本能が警鐘を鳴らしている。



 勝てない。俺は、こいつに勝てない。敵わない。



 屈辱すら抱けない圧倒的な力量差を理解して、俺は絶望に似た感情を抱いた。



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