第4話 ー 3階 ー

蝋燭より弱い光が頭上に灯り、視線だけを上に向ける。

 背後に意識を向けながら。


 「こんにちは?」

 

 暗闇に3と書かれた数字が浮かんでいるのが見えた。

 周りが見えるような明るさではない。数字だけが浮いてるようだ。


 若い感じの声。20代といった感じ。

 何も答えられずにいた、暗闇にぐるぐると思想が巡る。

 ありえない怪物の影や人の影が闇に投影され、不安で心音が強くなる。

 

 触られたら横に回り込み突き飛ばして距離を取るべきか、何が起きても対応できるよう神経を研ぎすましていた。

 しかし、それ以上は何もなく、そのものは背後の壁際に戻り、壁によりかかったっぽい振動が揺れとして床から伝わる。


 揺れるってことは、幽霊とかじゃあないよな。そんなことを考えてた。

 つい言葉が漏れる。

 「あの?」

 「はい?!」

 

 しばしの沈黙。


 「やっぱりいたんだ!」

 感激というか歓喜というか急に大きな声で、びくりとする。

 狭い箱の中、よく反響する。


 常日頃では使われない質問をする。

 「人間ですよね?」

 少しの間があって

 「当たり前だよ、人間だよ」

 なんか笑ってるようだった。


 「最初からの乗ってました?エレベーター?」

 「乗ってたよ、カバンの中を確認してたら人が入ってきた気配がして、急に暗くなったのに、話しかけても何も答えないし、不安だったよ~」


 いたか?いたんだろうか。いなかったはず。でもこんな幽霊がいるなんていないよな。


 「私営業で来たんだけど、いきなりこれで」

 「ぼくは、変な操作とかはしてないですよ」

 普通に会話の出来る普通の人なのか。


 「ここ、たまにあるらしいよ、十分ぐらいで誰か来るとおもう、待とう」


 この人こんな暗闇の密室で他人と二人きりで、気丈なのか、警戒心が無いのか。

エレベーターはゆっくり止まる。期待の沈黙。

 しかし、扉が開くことはなかった。


 「開かないですね」

 「十分もしたら、管理会社かなんかの人が来るって。君はゲームセンターに来たんでしょ?」

 「ええと、屋上に」


 言ってしまってから、失敗したかなと思う。屋上は特に書かれてないけど立入禁止だろうから。


 「ゲームセンターに、屋上は・・・」

 「屋上は内緒かな、高校生だよね。部活とかやってないの」


 こんな暗闇で短い時間だが人物像が見えてくる。

 背は十センチほど低い気がする。好奇心が強い。営業。

 何となくだけど、うちの高校の関係者か卒業生、もしくは兄弟が在校生とかそのあたりか。

 先生方の関係者ではない。そう考える。


 「サッカーやってます。サッカー部なんですけど、今日は体調が」


 体調悪い人が何故ゲーセンってなるのかと思ったが、 サッカーに興味が惹かれたのか、話はそちらに流れた。


 「サッカーか・・・上手なの?」

 「まあそこそこ・・・」

 曖昧に答える。警戒しっぱなしで疲れた。集中が途切れてきた。


 「全国でも強いほうだよねたしか」

 「僕・・・高校どこか言ってないですよね?」

 「靴がちらっと見えてたんだよね、カバンの中見てたとき、学校指定の。ズボンも、」

 適当に返事をしながらパネルを右手方向に床に座ることにした。

 ズボンに砂埃が付くだろうけど、暗闇に長くいたせいか平衡感覚がおかしくなるような錯覚を覚えていた。

 壁に背を預けてやっと、一息つけた。


 「うちはサッカー強いです。僕もプロを目指してますから」

 後頭部を壁に当てるようにして、楽な姿勢を見つける。

 サッカーが好きなのか、少しトーンの上がった声が帰ってきた。

 「プロ?すごいじゃん!卒業したらプロ入るの?応援するよ」


 乾きを自覚した。応援という言葉が一瞬で染み込み消えた。


 「大学行ってからにしようと思ってます。そっちも力入れてやったんで、無駄になる気がして」

 目を開けてても閉じてても変わらないような場所だが、なんとなく声の方向に互いが顔を向けてる感じはあった。

 「うちの高校から進学となると、そこそこいいとこは入れそうなんだね」


 卒業生かな。

 すこし、冗談っぽく元気に。


 「そうです!」

 と、返事したら。少し笑っていた。それから

 「・・・プロになってるの応援できるのだいぶ先だな」

 声が震えている気がした。


 「どうかしたんですか?」

 「ちょっと、高校時代のこと思い出してしまって、色々あったなって。私も高校生に戻って君と学校通いたいよ」

 泣いてるように聞こえた。


 彼女は正直な人なのだと思った。


 思ったことや気持ちってそんな簡単に言うものじゃないだろう。

 暗闇は人の境を曖昧にするのかもしれない。

 そんなことを思った。


 エレベーターは、小さく揺れて上昇を始めた。

 頭上の数字は、『5』に変わった。


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