第18話 腹黒令息と悪役令嬢

「ラシールっ!!」


 樹海の氾濫から数ヶ月。


 フィルドアもエカテリーナも回復し、いくらかの制限がついたものの、ベッドから降りる許可が出た。

 そして久し振りの執務室でフィルドアを出迎えたのは親友のラシールではなく、他の側近。

 さらにラシールが氾濫時に王太子を守りきれなかった事を理由に、側近筆頭を辞した事を知る。


「なぜ私に一言もなくラシールを任からといたのですかっ?!」


 食って掛かる王太子を一瞥して、国王陛下は冷ややかに眼をすがめた。


「理由など分かっておろう。そなたの浅慮が招いた結果だ」


 茫然とする王太子に嘆息しつつ、国王はさらに言葉を続ける。


「側近筆頭で傍にありながら、そなたに大怪我を負わせた。本来であれば、収監ものの失態だが、その理由がエカテリーナを守るためであった事から、そなたを止めようも無かったと周囲の証言もあり、任を解くにとどまったのだ」


 俺のせいか.......?


 顔面蒼白なフィルドアを確認し、国王は険しく眉を寄せた。


「事情は把握しておる。それでも、これだけの大事となれば、誰かが責任を負わねばならんのだ。最初は護衛の部隊長が責任を取ると言うておったが、一番近くにおり、まだ若輩の自分なら処罰も軽く済むと、ヴァルバレッタ伯爵令息本人が申し出てきたのだ。見上げた忠義よ」


 王太子の脳裏に、飄々と微笑む友人の姿が浮かぶ。彼の性格なら、さっくり処罰を受け入れるだろう。

 そしてきっと、何事も無かったかのように笑いかけてくれるに違いない。


 後悔にうちひしがれるフィルドアを見下ろし、国王は微かな罪悪感を覚えた。


 ヴァルバレッタ伯爵令息は良い若者だ。才気にあふれ、人となりも良く、きっと若いフィルドアの力になってくれたであろう。

 なのに、今回の事で彼の展望は閉ざされ、伯爵家に後願の憂いがないよう、爵位まで弟君に譲ったという。

 天晴れな潔さだ。本当に惜しい人材をフィルドアは失った。


 これを糧として、王太子が成長してくれれば良いのだが。


 意気消沈して扉から出ていく息子を見送り、国王は深い溜め息をついた。




 そして今、フィルドアは騎士団訓練所に来ていた。

 剣や槍など、各武器の鍛練に勤しむ人々の中に見知った薄翠な髪を見つけ、思わず王太子は彼に呼び掛ける。


「あれ? 王太子殿下。何故ここに?」


「何故じゃないっ、おまえが正式に騎士団へ入団したと聞いて...... 何故、騎士団なんだ? おまえなら、奥向きな仕事だって出来るだろう?」


「あ~。爵位を弟に譲ったもので。せめて騎士爵くらい持っておくべきかなと」


 柔らかく眼を細めて、ラシールは盛大な爆弾発言をぶちかます。

 ゆったりとした面持ちから、それと気づかず、思わず流してしまいそうな言葉を理解して、フィルドアは唖然と友人を見つめた。


「爵位を譲ったって....... おまえ、嫡男だろう? どうして?!」


「汚名だらけな嫡男じゃ外聞悪いじゃないの。弟は頭の出来は良いから、領地経営も十分やれるよ」


 何でもない事のように微笑むラシールを見て、フィルドアは言葉を失う。


 地位も名誉も身分すらをも失い、何故に笑っていられるのか。

 貴族社会はシビアだ。問題を起こした者に、名誉回復の機会は滅多に起こらない。

 唾棄する眼差しと侮蔑で追い詰め、最終的に社交界の片隅にも置かれず朽ちていく。

 ラシールが内向きではない騎士団を選んだのも、そのせいだろう。騎士団は良くも悪くも実力主義だ。ラシールも気楽でいられる。


 こいつの実力は騎士団長の折り紙つきだしな。


 不承不承ながら、納得し、それでも、まだ何か言いたげな王太子を見つめ、ラシールは呆れたように眼を見開いた。


「俺がこんなんになっても、おまえは変わらないだろう? フィルドア」


 王太子にだけ聞こえる声で、軽く笑みをはき、悪戯気にラシールは囁いた。


「人は、たった一人でも友がいれば生きていける。なあ?」


 長い学園生活で見慣れた、人好きする快活な笑顔。


 フィルドアは鼻の奥がツンとする。


 俺のせいで、こんな事になったのに、まだ友と呼んでくれるのか?


「もちろんだ。困った事があれば力になる。何でも言ってくれ」


 ラシールの胸板を拳の裏で軽く叩き、フィルドアは訓練所をあとにした。

 付き添っていた側近の何人かから辛辣な眼差しを受け、ラシールは大仰に肩を竦めてみせる。


 そこへ一人の男性がやってきた。


「王太子殿下から何か言われたのか? 面倒事なら相談にのるぞ?」


 目の前の男性は心配そうにラシールを見下ろす。

 身の丈二メートル近い大男は、王宮騎士団部隊長のカフィル。件の樹海氾濫時に王太子の護衛隊長を命じられていた者だ。

 多くの名だたる騎士が前線で戦っていたため、平民である彼に大役が回ってきてしまった。

 護衛責任者として、彼が追求されたならば、ただでは済まなかっただろう。

 少なくとも五体満足ではいられなかったはずだ。


 不安気に眉を寄せている大男を見上げ、ラシールは苦笑する。


「大丈夫ですよ。俺と王太子は仲が良いのです。言ったでしょう? 俺なら少なくとも刑罰は受けないと」


 あの日、自身の首が飛ぶ事も覚悟していたカフィルを抑え、全ての責は己にあると、ラシールは国王陛下に申し出た。

 状況証拠は上がっていたのだろう。

 国王はラシールが王太子と共にいた事を知っており、フィルドアの独断が引き起こした事故であるとして、ラシールの責を認めた。


 ラシールには王太子の側近を解雇するとともに、この先半年の年俸の返還。

 カフィルにも護衛責任者として、半年の年俸の返還と一ヶ月の謹慎。


 ラシールが人身御供となってくれた事で、他の者らに罰は及ばなかった。


 感謝しても、しきれない。


 カフィルは、目の前の青年が貴族としての全てを失ったと聞き、大慌てで騎士団に招いたのだ。

 騎士団であれば彼を守れる。今回の事で救われた部下らも、ラシールの心配をしていた。


 招かれたラシールは、しばし考えて、快く頷いてくれる。

 聞けば、仕事をどうするか思案していたところだったとか。


 こうして騎士団の見習いとして、ラシールはやってきたのだ。


 ニコニコと笑うカフィルを一瞥して、ラシールは人の悪い笑みを浮かべる。


 御人好しだよね、あんた。


 ラシールにしてみたら、全てのしがらみを取っ払うのに好都合だったから責を引き受けたに過ぎない。

 事を荒げずに側近の地位も、伯爵家の爵位も返上出来るチャンス。

 さらには家から出て、騎士団の寮に入れば、自由気儘に好きな事が出来る。


 あとはリーナを待つのみ。


 幼馴染みの縁で、リーナの護衛にでもつけたら最高なんだけどな。


 王宮騎士団であれば、そういう機会にも恵まれるだろう。


 なんだかんだと腹黒いラシールの思惑に、見事に絡め取られた王太子と騎士団である。


 窮地もチャンスに変えるという思い切りの良い思考は、非常にエカテリーナと似かよったラシールだった。

 

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