011 農業の大規模化

 レディ・モーターズの事務所をこしらえた後、立て続けに従業員らの家も用意した。こちらもモルタルを使ったものだ。


「馬車に、事務所に、私らの家まで……!」


 フィリスが距離を詰めてきて、俺の手を包み込むように両手で覆った。


「買収してくれてありがとう! 本当にありがとう……!」


 よほど嬉しかったようで涙を流している。


「礼を言われることじゃないさ。これはいわば先行投資だ。君らに投資したことを後悔したくないから、今後はがむしゃらに働いてくれよな」


「もちろん! 任せて!」


 俺はリリアを連れて家に戻り、耕地に色々な種をまいて、その日の活動を終えた。




 ◇




 翌朝――。


「よしよし、完璧だ」


 家の外に出た俺は、ニッコリ頷く。


 思った通り、全ての作物が収穫可能な状態に仕上がっていた。


 イチゴ、トマト、ナス、ピーマン……どれも文句のない完成度だ。


「起きろ、リリア、仕事だぞ」


 家に戻って自室に向かい、当たり前のように俺のベッドで寝ているリリアを起こす。今日の彼女はパジャマを着ていた。


「おはよぉごじゃいましゅ、クリフしゃん……」


 言葉とは裏腹に、リリアの顔には「起こすなよ馬鹿たれ」と書いてあった。


「今日は作業量が多いぞ。頑張ってくれ!」


 俺は微笑み、窓の外に手を向ける。


 窓から畑を見た瞬間、リリアは覚醒した。


「も、ももももも、もしかして、私一人であの量を収穫するのですか!?」


「おうよ! 今日中に頼むぞ! その為にレディ・ポーターズを買収したわけだからな!」


「いやいやいやいやいや、無理! 無理無理! 無理ですって!」


 リリアが弱音を吐いている。


「でも昨日、言っていたじゃないか。『私はクリフさんに相応しい女になるんです! 収穫は私が一人でやりますから! あの畑は私とクリフさんの愛の結晶です!』って」


「いや、それはたしかに言いましたけど、ですがあの量は……物理的に無理……!」


 たしかに耕地には満点の作物が実っていた。おそらくこの町にあるウチ以外の畑を全て足して更に8掛けしたくらいの量だ。


「なら今日は土人形に手伝わせよう。どうせ魔物は現れないだろうし」


「ありがとうございます! ですが、今日はってことは明日以降は……まさか、私一人で……!?」


「案ずるな、対策を考えておく」


「お願いしますよ! 一人二人増やしたところで済む量じゃないんですから!」


 俺は「はいよ」と答え、一階のリビングへ行って、ソファで新聞を広げた。


 シャドウのPTがSランクのクエストに失敗したらしい。


 幸いにも死傷者は出ずに済んだが、内容としては惨憺たるものだったとのこと。


 今回のクエストは、俺の追放後では初となるSランクだ。その為、多くの新聞で注目されていた。シャドウは周りの目を人一倍気にするタイプなので、この失敗は堪えていそうだ。それに、今回の失敗によって、Cランクの頃から続いていたクエスト攻略の連続成功記録が途絶えてしまった。


「リーダーインタビューは……相変わらずだな」


 失敗の理由について、シャドウは「新メンバーのエンジがまだ馴染んでおらず、連携がうまくいかなかった」と語っている。彼は失敗すると誰かのせいにする傾向があった。そして、成功した時は「俺の指揮が上手くいった」と語る。


 昔は彼のインタビュー記事を見ても「相変わらずだなぁ」と笑ったものだが、追放された者としてこの記事を読むと、「ざまぁねぇな」と思った。死傷者がいないので後味もいいし、純粋にスカッとした気持ちだ。




 ◇




「君らに運んでもらうのはここにある木箱だ」


 レディ・ポーターズの事務所に木箱の山を届けた。収穫したての作物が詰まっている。


「うっひゃー! 大ボス、パネェ量っすね!」


「これは……思ったよりも遙かにきつそうね……」


 レディ達が愕然としている。フィリスにいたっては顔を引きつらせていた。


「安心しろ、ちゃんと計算した。昼前から夜まで働けば間に合う量だ」


「あたしらを過労死させる気か!」


 ミラが両手をぶんぶん振り回しながら地面を蹴りつける。


「ちゃんと休憩時間も計算している。一度の往復で30分は休憩できるぞ」


「それでもきついっての!」


 ぶーぶー言い続けるミラ。


 その隣で、フィリスが「いいえ」と口を開いた。


「これが繁盛している運送会社の一般的な仕事量よ。別に無理難題を押しつけられたわけじゃない。それに報酬だってこちらの請求通りの額を支払ってもらえる。文句は言えないわ」


 フィリスが手を叩き、「作業開始よ」と号令を下した。若い女性従業員らが手分けして荷車に木箱を積んでいく。


「会社の独立性を保ってくれてありがとうね、クリフ」


 従業員の作業を監督しながら、フィリスが言う。


「最初からそのつもりだったしな」


「まぁそうだけどさ。まさか荷物の運送を正規の報酬で依頼してくるとは思わなかったよ。自分の会社なんだから、別に報酬なんて出さなくてもいいわけじゃん。どうせ私らの給料はクリフの財布から捻出されるわけだし」


「たしかに。だが、ちゃんと代金を受け取った方が仕事って感じがしてモチベーションが高まるんじゃないか?」


「だから私は改めて感謝しているの。おかげで初めての黒字になりそう」


 フィリスは本当に嬉しそうだ。それに、従業員の女性陣も楽しそうに働いている。やはりこの会社を買収したのは正解だった。


「金に関してはリリアに任せてある。おそらく問題ないと思うが、何かあればアイツに言ってくれ。あれでも副社長だからな」


「分かったわ」


 昨日、メモリアスを発つ前に会社を設立した。社名は「クリフカンパニー」とそのままで、社員は俺とリリアの二人のみ。俺が社長でリリアが副社長だ。これについて、リリアは「なんだか夫婦って感じがしますね」などと意味不明なことを言って喜んでいた。


 わざわざ起業したのは、フィリスに「会社なら色々なものを経費で落とせて節税になるし、他にも何かとお得よ」と勧められたからだ。新聞でも「金持ちは社長の肩書きを持っておくと何かと便利」と書いていた。彼女や新聞の言う「何かと」が何かは分からない。


 そんなわけで、フィリス率いるレディ・ポーターズはウチの子会社だ。形式上は。


「俺はメモリアスまでの足を確保しないといけないから、今からゴブリンの巣に行ってくる。前に倒してから時間が経っているし、そろそろ復活した頃合いだろう」


「昨日のグリフィンは?」


「あいつはもう消えたよ。魂魄エネルギーが底を突いたからな。1日ももたない」


「そうなんだ。召喚獣ってずっと出せるのかと思った」


「それは召喚魔法のタイプによる。俺の場合は自宅の畑や町の警備兵でかなりの魔力を消耗しているから、魔物の魂魄を使う方法を採用しているんだ」


「なるほどね」


 話を終えて、町の外へ向かっていく。今日は一人だ。リリアは疲れ果てて家で寝ている。


「待って、クリフ」


 フィリスが呼び止めてきた。


「気になったんだけど、メモリアスで何するの?」


「労働者の確保だよ。作物を収穫する人員が足りないとリリアに怒られてな」


「でも、メモリアスの人がそう易々とこの町に移住は……あっ、もしかして」


「そう、そのもしかしてが正解だ」


「……正気なの?」


 フィリスが不快そうに眉をひそめる。


「そんな顔をするな。俺はそこらのカスとは違う」


「だといいけど……そういうの、私は感心しないから」


「ま、じきに分かるさ。これでもその道では聖人として有名なんだぜ、俺」


 軽く笑い、その場を後にした。

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