003 Sランクの土壌改良

 我が家は町外れにあった。


 ピカピカの新築で、一人で使うには広すぎる二階建ての館。数日で田舎町にこれほどの家を建てるとは、流石は冒険者ギルド。


「腐ってもSランクだな。ギルドの対応が完璧過ぎる」


 家の周囲にはべらぼうに広い土地がある。雑草がぐちゃぐちゃに生え散らかしていて、何年も手入れされていないのは一目瞭然だった。


 普通であれば農業に適さない土地だ。だが、俺の土魔法をもってすればどうにでもなる。


「グェー」


 土地を出てすぐの所――町の外にあたる草原に魔物がいた。最弱の代名詞たるゴブリンで、イノシシと並んで畑を荒らす害獣だ。


 しかし、ゴブリンはすぐに駆除された。倒したのは俺の生み出した土の兵士。我が家に近づいたのが運の尽きだった。


「おっ、家の中もいい感じだな」


 俺のオーダー通り、家具などの一式が揃っていた。インフラ各種の動力源となる〈魔石〉も備わっているから、何の問題もなく生活を始められる。


「あとは本と新聞だけだが……あったあった」


 広すぎるダイニングテーブルに、農業に関する本と数社の新聞が置いてある。これもまたオーダー通り。


「至れり尽くせりだな、本当に」


 俺は農業の参考書を手に取り、リビングのソファに座った。農業に関する知識が皆無なので、まずはお勉強をせねばならない。毎朝欠かさず新聞を読んでいるので、本を読むことには抵抗がなかった。


「ふむふむ、なるほど、色々とあるものだな。奥が深い」


 一人でブツブツいいながら参考書を読み進める。最後まで読み終えたら、別の参考書にも目を通す。農業に関する知識が急速に蓄えられていった。


「大体のことは分かった。実際に試してみるか」


 そう思ってソファから立ち上がった時、家のチャイムが鳴った。何年も宿屋を転々としていたから、反応が少し遅れてしまう。


 小走りで玄関に向かい、扉を開ける。


 そこには10代後半と思しき女が立っていた。ピンクのセミロングに、くりっとした瞳。白のフリルブラウスの上から青の肩だしワンピースという変わったファッションセンスをしている。王都でも滅多に見かけないレベルの可愛さだ。


「あの、私、リリアと申します!」


「どうも、リリア。俺はクリフだ。何か用かな?」


「挨拶に来ました! あと、おにぎりを作りましたので、よろしければ食べて下さい!」


 リリアが竹の弁当箱を渡してきた。中にはおにぎりだけでなく、ソーセージやら何やら入っている。久しく食べていなかった手作り弁当だ。嬉しい。


「わざわざありがとう。ちょうど今から一仕事するところだから、その後にじっくり食べさせてもらうよ」


「お仕事? 魔物退治ですか?」


「いいや、それは土人形に任せるさ。この辺の雑魚なら俺が相手するまでもないからね」


「凄いです!」


 思わず「いやいや」と苦笑い。王都なら間違いなく「凄い」なんて言われていない。


「魔物退治じゃないなら、何をされるのですか?」


「農業を始めようと思ってな」


「農業ですか? ここの土地だとかなり厳しいと思いますが……」


「だからまずは土壌の改良を行うのさ」


 リリアからもらった弁当箱をキッチンの冷蔵庫に入れてから外へ出た。


 荒れ果てた土の上に立ち、地面に手を当てる。参考書で得た知識をもとに、農園に適した土を思い描く。


「ハッ!」


 フィールドを弄る土魔法を発動した。


 荒れ地に生え散らかっていた雑草が粉々になって消える。土地全体がさざ波のように小さく震えた。


 数秒後、栄養に満ちた完璧な耕地となった。


「ふぅ」と、額を拭う。


「す、すす、凄いです! 凄すぎます! 一瞬でふかふかの土になりましたよ!」


「土魔法の基本だな」


 この程度のことは造作もない。下位の土魔術師や片手間で土魔法を扱える人間でも、その気になれば同じことができるだろう。


「次は作物の種を……って、いけねぇ、種の調達を忘れていた」


 いくら俺が土魔法のエキスパートといっても、ただの土に作物を実らせることはできない。栽培する作物の種が必要だ。


「種の調達に行かないとなぁ」


 果たしてこの町に種は売っているのだろうか。なかったら近くの都市まで買いに行くとしよう。――などと考えていると。


「イチゴの種でよければ余っていますよ!」


 リリアが手を挙げた。


「おお、譲ってもらえるか?」


「はい! 待っていてください! 家はすぐ近くなんで! 取ってきます!」


 こちらの返事を待たず、駆け足で自宅へ向かうリリア。


「あの家ってたしか……」


 リリアが駆け込んだのは町長の家だった。町長の娘ないしは孫娘のようだ。


「待っている間にもう少し土のレベルを上げておくか」


 今は一般的な耕地だが、この状態だと栽培が上手くいくか分からない。なにせ俺は農業の経験がないずぶの素人だから。初っ端から躓かないよう、土壌を尚更に改良しておいた。


「ちょっと気張りすぎたか?」


 額や首筋に汗が流れていた。先程とは違い、今回は上位の土魔術師ならではの全力モードで弄らせてもらった。


 とはいえ、見た目はただの耕地に他ならない。土魔術師が軽視される原因の一つがこの地味さだ。同じ土魔術師でなければ、真の実力は分からない。


「お待たせしましたー!」


 リリアがイチゴの種を持って戻ってきた。


「よし、では種をまいていこう」


「お手伝いします! 私、よくイチゴを栽培するので詳しいですよ!」


「なら教えてくれないか? 俺は農業の素人なんでな」


「お任せ下さい!」


 リリアに教わりながら種を植えていく。


「種を植えた瞬間から発芽するんだな、イチゴって」


 そこら中からイチゴの芽が出ている。なかなか楽しい。


 と、俺は思ったのだけれど……。


「いや、そんな、おかしいですよ」


 リリアは口をあんぐりして驚いていた。


「おかしい? 何が? いい感じに発芽しているように見えるが」


「それがおかしいんです」


「どういうこと?」


 リリアは信じられないといった様子で俺を見ながら言った。


「だって、イチゴは発芽するまで2週間以上かかるんですよ!」

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