Act.5:[ハングットマン] -生きる屍-②


薄闇に包まれた村の片隅に佇む、小さな小さな宿屋の一室。少ない光源を目一杯取り入れる窓を背に、起き抜けのぼんやりとした表情で欠伸を漏らすティスの姿があった。

 彼女は間近に迫るオッドアイに微笑みながら、身体を大きく上に伸ばす。

「あらあら、エニー。どうしたのー?」

「その女みたいな呼び方は止めろよ」

「そうー?可愛くて良いと思うけどなー」

 数週間前。ジャッジとエニシアに合流したティスは、深手…と言うよりは致命傷を負ったエニシアの代わりにジャッジを護衛し、この場所まで導いた。上半身と下半身が分離した状態のエニシアを、引き摺って運搬したのはジャッジである。

「それよりね、エニー」

 時を経て、エニシアが元の姿に戻ったのが昨日のこと。ティスは彼が元気になったのを確認しながら、朗らかな声を出した。

「そんなに迫られたら、お姉さん困っちゃうなー?」

 ティスは起き上がった瞬間から壁を背にしており、現在は目の前をエニシアに塞がれた状態にある。エニシアは更に、ティスの両脇にある逃げ道を、自らの両腕で遮断した。

「確認したいことがあるんだ」

 やる気の無い声で呟いて、エニシアはティスの胸に触れる。その眼差しはいつになく真剣に見えた。

 ティスは突然の出来事にも顔色を変えることなく、相変わらずの調子で肩を竦める。

「エニー?あんまりオイタが過ぎると…私、ジャスティスに従わなきゃいけなくなっちゃうよー?」

「構わないさ」

 言葉と同時、エニシアの瞳が鈍く輝いた。

「どうせ、僕は死ねないからね」

 その色がティスを硬直させる。エニシアは、その時微かに微笑んだ。

 窓から差し込む光が、エニシアの右手に握られた剣に輝きをもたらす。続いて鈍い音が沈黙を呼んだ。

 それは目にも鮮やかな、一瞬の出来事。

 エニシアの脳内で再生された情景は、彼の憶測通り裏切られる事となる。


 ジジジ…小さなノイズが沈黙を破った。


 ティスは自らの現状を認識しながらも、やはり明るく微笑むだけ。

「酷いことするのね?エニーったら」

 悪戯をした子供を叱るように、ティスはエニシアの頬を摘まんだ。彼女の眼差しには焦りも蔑みも宿っていない。

 それを認識したエニシアは、ティスの胸に突き刺した剣を引き抜きながら、ため息のように呟いた。

「呼び方」

「もうー。分かったよー。所で、エニシアくんー?」

 何事も無かったように隣に腰掛け直すティスを、エニシアはめんどくさそうに横目で見る。

「何?」

「わざわざ私で試したってことはー、まだ半分疑ってるでしょうー?」

「念には念を、だよ。冗談で済まなかったら、僕も困るからね」

「意外と慎重派さんなのねー。加えて意外と大胆なのねー?」

 言いながら腕に寄り添い、頬をつつき始めたティスを一瞥して。エニシアはゆっくりと瞳を細めた。

「…君達、死なないんだ?」

「死ぬわよ~?」

 即答。その瞳に偽りの色は見えない。しかし先程見た通り、彼女に物理攻撃は通用しないらしい。

「どうやったら?」

「それを教えたら殺されちゃいそうだからー、言わないよ~?」

「じゃあ、死ねるっていう根拠は?」

「仲間が死んだところは、見たことあるけど~?」

「仲間、ね」

 彼女の言葉が本当ならば、この不思議体質を持つ者はジャッジやティスだけではないということになる。

 小さく舌を打ったエニシアの顔を、ティスの両手が包み込んだ。

「だけど、貴方がホウトウに知りたいのは、そんなことじゃないんじゃないー?」

 半強制的に振り向かされ、青の眼差しに貫かれながら。

「私達がナニモノなのか…アナタは、それが知りたいのね」

 エニシアは、ティスの声で…自らの中で渦巻いている疑問を聞いた。

「…鼓動は感じたし、イキモノではあるようだけど?」

「そう。私達はカードの化身」

「カードが生きているなんて話、現実的ではない」

「信じるか信じないは、貴方次第だよ~?」

「なら詳しく教えてくれよ」

「それは私の役目じゃないから~」

「…まぁ、期待はしていなかったけど」

 答えはある。すぐそこにある筈なのに、酷く遠い。

 何故ならそれは…。

「ズルはいかんのう。エニシア」

「君に言われたくないよ。ジャッジ」

 ジャッジメント。彼の思惑通りに事が進んでいるからだ。

「さて、今日こそ先に進むとするかの。補給と3週間分の宿代でスッカラカンじゃ」

 出発の準備をしていた彼は、大量の荷物を手に部屋の中へと足を踏み入れる。静かに閉まる扉。エニシアの気の無い瞳が微かに歪んだ。

「あらあら。じゃあ、次はアソコね?ジャッジ」

「そうじゃのう。しかしその前に…」

 沢山の思惑が籠った二つの視線が音もなくぶつかる。潰れるでも逸らすでもなく、ジャッジはそのままエニシアに人差し指を向けた。

「一つ観光と行こうではないか。エニシアよ」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「そうとは限らんぞ」

「そうよ?エニー」

 二人の探りあいを見守っていたティスが、全てを仲裁するように立ち上がる。

「絶望と希望は、表裏一体なんだから」

 妖しげに微笑んで、彼女は隣のバスルームに消えた。

「…今度は何を企んでいるんだ?」

 扉が閉まる音、数秒の間、それにエニシアの声が続く。ジャッジは荷物を手放して窓際に移動した。そうして窓を開き、振り向き様に返答する。

「お主もいい加減、気付いておるじゃろうに」

「意味が分からないよ」

「考えるのが面倒なだけじゃろう。お主は」

「君が口を割れば、全てが解決するのに」

「人だけでなく、自らの思考まで殺すか。お主らしいのう」

 皮肉を受けて黙り込んだエニシアを見て、ジャッジはクククッと声を漏らす。

「…まぁよい」

 曇りかかった空を見上げ、遠くに居る誰かに呼び掛けるように。

「行けば分かるじゃろうて。お主らしく、ゆっくり見極めたら良かろう」

「…そうだな」

 妖しく笑うジャッジに頷いたエニシアは、入り口の扉を向いて小さく呟いた。

「焦っても、君は変わらないみたいだし」

「焦った所で、お主が急変するとは思えんからのう」

 若干の時間差で被った台詞。その数秒後。

「仲良しなのねー?」

 戻ったティスが、気の抜ける様な声で二人を茶化すのだった。

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