Act.2:[ラヴァース]-愛の行く末- ③



ジャッジの進行方向には何かがある。エニシアもそれには気が付いていた。

 会話の端に紛れる耳障りなノイズ、そして透明に近い言葉のような音。それに対して特に興味を持たなかったエニシアが、それでもジャッジに付き合おうというのには理由がある。

 恐らく、ジャッジはアイシャ=ワールドの居場所を知っている。ただの勘ではあったが、それを頼りにしてはいけない謂れはない。もとい、他に宛てが無いのだから仕方がない。

 そうしてぼんやりとジャッジを追いかけるエニシアが、木々の合間に白い影を見付けたのは数分後の事だった。その人影はどうやら二人組で、揃って大樹を見上げている。

「何か見えたか?エニシア」

 下方からそう問いかけるジャッジには、まだそれが見えていないようだ。

「人が二人。男と女かな」

「ほう。こんなところに人がおるとはな」

「僕達だって此所にいるじゃないか」

「しかし男女であろう?心中などするつもりでないと良いのう」

「別に。死にたきゃ死ねばいいと思う」

「邪魔をしては悪いじゃろうが」

「それなら、進行方向を変えたら良い」

「お主、やはり阿呆じゃな。いい加減迷子を脱出したいとは思わぬのか?」

「僕達、迷子だったの?」

 間の抜けた、と言うよりは気の抜けたエニシアの声。ジャッジの可愛らしいため息が静かな森を抜けていく。

「エニシア。お主、少し黙っておれ」

「君にそんなことを言われるとはな…ジャッジ」

「ジャッジ…?」

 エニシアの言葉の後、儚げな少女の声が響いた。

「ジャッジ、だな」

 直ぐ後に響いた少年の声で、エニシアとジャッジは前方に居る二人がこちらを見ていることに気付く。ジャッジはその姿を認識すると、特に驚く素振りも見せずに小首を傾げた。

「なんじゃ。お主等か。久しいのう」

「「久しぶり」」

 二人の声が揃う。その余りの自然さにすら興味を見せることをせず、エニシアはジャッジに問いかける。

「知り合いか?」

「ラーとヴァースじゃ。こやつはエニシア。わしのパートナーじゃよ」

「君のパートナーになった覚えは無いよ」

「何を言うておる。わしと行動を共にしておる時点で、パートナーじゃろうが」

 屁理屈に負けた訳ではなく、ここで言い争って目的を探し当てられなくなっては面倒だと。エニシアは然り気無く…ではなく、あからさまに話を逸らす。

「…で?君達は恋人同士か何か?」

「そう」

「私達はラヴァース」

「恋人を司るカードの化身」

 カードの化身。何処かで聞いた台詞である。

「…つまり、君の仲間ってことでいい?ジャッジ」

「そうじゃ。今更気付いたのか?エニシア」

「まぁ、確かに。ジャッジに知り合いが居るとしたらそれくらいだろうな。それよりさ…」

 ジャッジの性格やら何やらを考えて一人納得するエニシアは、ラヴァースの間を指差し首を傾けた。

「目障りだし、手、離したら?」

 そう。同じ色の髪と瞳を持つ二人は、最初に見えた時から手を繋いだままなのだ。エニシアの指摘を受けて尚、ラーとヴァースは手を離すことも、眉一つ動かすコトもなく口を開く。

「私達は、離れると死んでしまう」

「離れたら生きていけない程の愛を持っているから」

「私達は二人で一人」

「それが僕達の真実の愛」

 交互に紡がれた言霊に対し、エニシアは微かに眉をしかめた。

「…子供に愛が分かるのか?」

「子供故の愛じゃったのじゃよ。エニシア」

「離れると死ぬっていうのは?」

「本当じゃよ。そのままの意味でな。二人は離れると消滅してしまうんじゃ。くだらんヤキモチなど焼かずに、寛大な目で…」

「ヤキモチじゃない。鬱陶しいだけ」

 率直な意見と疑問を吐き出したエニシアは、その問題を頭の片隅に押しやった。そんな彼に、純白の二人が色素の薄い眼差しを注ぐ。

「あなたの愛は?」

「あなたが思う愛は?」

 心なしか輝きが増したようにも見えるその瞳に、エニシアの覇気のない暗い瞳が適当な答えを返した。

「そんなの知らないよ」

「そう言うが、お主は愛人を失って死を選ぼうとしたではないか」

「「ホントウに?」」

 ジャッジの茶々の後、まるで双子のような二人の瞳が更に光を増殖させる。エニシアはさぞ面倒だと言わんばかりに、肩を落として言い訳た。

「別に。愛のせいだとは思ってないけど…」

「だけどあなたは死を選んだ」

「愛する人のために、自らも死を選んだ」

「「真実の愛」」

 声を揃えて光を放つ二人の表情は最初から殆ど変化がない。それはエニシアも同じなのだが、お互いが放つ空気には相反するモノがあった。

 エニシアは数秒の沈黙をあからさまなため息で破って見せる。

「…やっぱり、うざいな」

「そう言ってやるな。エニシアよ。柄にもなく照れておるのか?」

「ジャッジは、僕が本当に愛の為に死のうとしてるように見えるの?」

「いいや。しかし、お主は愛しておったのじゃろう?」

「確かに、好きだったよ。僕と同じ感性を持つ人なんて…そういやしないから」

「それが答えじゃよ」

 ぼんやり答えるエニシアに、ジャッジの黄金の眼差しが嘲笑を向けた。

「死する理由が他にあれど、きっかけがそれでその道を選んだのであれば…あやつらにとっては真実の愛なんじゃ」

「…どのみち、ウザいことに変わりはないよ」

 エニシアは細めた瞳をラヴァースに注ぐ。二人は同時に瞬きをすると、やはり同時に口を開いた。

「だけどあなたは生かされている」

「ジャッジは彼の愛を邪魔するの?」

 問われたジャッジは小さく肩を竦め、左目を歪ませる。

「そうではない。が、お主達に言わせれば…そうなるのやものう」

「真実の愛は絶対」

「邪魔したら駄目…」

「そこまで言うなら、君達でジャッジを説得してくれ」

 ため息の如く吐き出したエニシアに対し、ラヴァースは数回の瞬きで間を繋いだ。そして目力を強め、こんな答えを返す。

「だけど、ジャッジの審判は絶対」

「そして、愛に障害は付き物」

「「自らの力で乗り越えてこそ、真実の愛となる」」

 こうして二人の声がハモるのも何度目か、森に抜けて行く儚げな声を聞いて、ジャッジは肩を竦めて見せた。

「だ、そうじゃが?」

「期待した僕が悪かったよ」

 端から期待などしていなかったように呟いて、エニシアはジャッジがラヴァースに道を聞く間に傍らの大樹を見上げる。まるで生気を宿すことの無いその色は、何処と無く彼と似ている様な気がした。

 ジャッジはぼんやりなエニシアの腕を引き、ラヴァースの後に付いて村を目指す。その途中に滴り落ちる血痕が、どこぞのお伽噺の「パン屑」と被って見えた。しかしお伽噺と違って、血痕は消え失せる事無く村へと続いている。それが何を意味するか…などと考えるわけでもなく、二人は黙って村へと足を踏み入れた。

「しかしエニシア。お主がそうまでして死にたがる理由が、イマイチ掴めぬのじゃが…」

 エニシアが前方を行く二つの白い背中を眺めていると、下方からジャッジがそんなことを問いかけてくる。

「目的を達成したから」

「目的?」

「そう」

 目当てを見付けて歩き出すエニシアの後を、ジャッジがちょこちょこと追いかけた。

「自分の興味を惹くものを殺すことで、僕がどう思うのかを知ること」

「ほう…なかなか興味深い事を言いよる」

 そう答えたジャッジはラヴァースに礼を言い、数秒経て再びエニシアに向き直る。

「しかし、目的を達成しただけで死を選ぶとは…」

「悪い?」

「他に成し遂げるべきことを探せば良いじゃろう」

「ああ。それは無理だよ」

「何故じゃ?」

「あの人を殺した僕が、哀しみを覚えたせい」

「至って通常の感覚じゃと思うがのう」

「そう。僕も人間だったんだ」

 酒屋に踏み込みながら呟いたエニシアの表情は、普段と然して変わり無い。

「それに絶望したから、もう生きている意味なんてないんだよ」

「わしでは到底理解できん思考回路を所持しているようじゃな」

「そうかもな」

 ぐるりと店内を見渡して、保存の効く安い酒を手にするジャッジの背中。エニシアはそれに悟られぬよう、小さく小さくこう呟いた。

「最も、理解されたくなんてないんだけど」

 言いながら手にしたラム酒の瓶、そして傍らに置かれた干し肉をカウンターに置くと、無愛想な店主が直ぐ様会計を終わらせて無言の圧力をかけてくる。二人はそれにお構い無しで足早に店を後にすると、追加の食料確保の為、暫くの間その村に留まった。


 その「暫くの間」に二人がそれ以上会話をすることは無く、更には村の異変に関心を覚えることなど無かったことは…言うまでもないだろう。

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