第14話 服

 断髪式から数日。まだ短い頭髪に慣れず、軽くなった頭の中身が減っていたらどうし……。


「ハパパー!」


「いえ、最初から中身は足りないデスよ?」


 またしても考え事をしていると脳みそをいじられた。なぜかというと、メメたんはすこぶるご機嫌斜めだからだ。


 あの断髪式のあと、大規模な洗濯大会になってしまった。俺氏も後先を考えて一着、二着と少ない量を洗濯すれば良かったのに、タンスの中の物を何回にも渡って全部洗ってしまった。

 俺氏は外に干して洗濯物に虫が付くのが嫌で、ばあちゃんとも散々揉めたが、誰が何と言おうと室内干し派だ。大量の洗濯物はいつもの干す場所だけでは足りなくて、家中に干されることになった。さらに雨まで降ったおかげで、乾くのに時間がかかってしまった。


 洗濯物は何も俺氏だけの物を洗ったわけじゃない。俺氏はメメたんと脳内デートをする為に、メメたんのお出かけ用の服もたくさん持っていた。

 これでもメメたんの創造主は俺氏だ。サイズも似合うデザインも色も、何もかも全て把握している。要するに脳内デートをする時に、メメたんの服をわざわざネットで買っていたわけだ。

 ニートはネットショップと配達員の皆さんのおかげで生きながらえている。


「本っっっ当に気持ち悪イ……」


 この通りとても喜び、照れ隠しをしている。乾燥したメメたんの服を床に広げ、メメたんに問いかけた。


「メメたんどれ着る? これなんかいいんじゃ……あ……」


 メメたんは俺氏が勧めるミニスカートには目もくれず、というか目の前に広げた全ての服を両手に抱え、自室である仏間に消えて行った。

 と思ったら、戻って来て俺氏にフルビンタをして戻って行った。きっと服の中にセットしておいた、メメたん用のカワイイ下着を見つけた照れ隠しだろう。今日もビンタというご褒美も貰えたし満足である。


 さて俺氏の服はどうしよう。何年かぶりに着る一張羅だ。ん? お気に入りのチェックのシャツに腕を通したら、肩の辺りがパツパツだ。洗濯で縮んだのかもしれない。

 次にズボンに足を入れると、これも縮んだのか太ももから上に上がり辛い。身をよじると履けたが、ファスナーもボタンも昔よりキツい気がする。

 ……まさか、いやまさかな。そう思いながら、玄関に向かった。うちの玄関の壁には姿見がある。


「……!」


 なんてことだ! なんだこの姿は!


「うわぁぁぁぁ!!」


 俺氏は両手で頭を抱えながら、崩れるようにその場にひざまずいた。


「なんデスか! うるさいデスね!」


 まだ着替えていないメイド服のままのメメたんが、怒りながらも玄関まで様子を見に来てくれた。なんて優しいんだろう。


「メメたん……やっぱり出かけるのはよそう……この数日で幸せ太りをしたみたいで……」


「今日こそ買い出しに行きマス! それにこの数日で、規則正しい生活をしているせいか、ご主人サマは痩せましたケド? もっと醜い体でしたケド?」


 メメたんは玄関の一番高い場所から、眉間にシワを寄せながら、文字通り俺氏を見下している。

 俺氏の家は古い造りだから、俺氏が這いつくばってる玄関土間の上に式台があって、その上に取次がある。要するに床だ。玄関土間から床までが、最近の住宅よりも高さがある。メメたんはお立ち台にいるような感じだ。


「こ……これでも痩せたの……?」


 震える声で、すがるようにメメたんに聞くと、間違いなく痩せたと言う。

 俺氏といえばスリムでシュッとした、いわゆるヒョロガリだったのに、これではただのポチャだ。イケてないポチャはただのポチャだ。


「動けば脂肪が燃焼シテさらに痩せマスよ」


 メメたんは吐き捨てるようにそう言い残して、服を選びに部屋に戻って行った。これは困った。俺氏の持っている外出用の服は、どれも似たようなデザインでサイズも一緒だ。

 別の服に着替えようとも、このパツパツさは誤魔化せない。……仕方がない。この格好のまま外に出るしかない。


 少し待つと、ウキウキした様子のメメたんが玄関に現れた。いつもはニーハイを履いて絶対領域を強調しているが、今日はスニーカーソックスを履いてかなり短めのショーパンを履いているせいで、カモシカのような足があらわになっている。

 上はオーバーサイズのシャツを羽織っているが、何といっても俺氏と同じ柄のチェックシャツのおかげで二人はペアルックだ。


 俺氏はそれはもう大満足で、上から下まで舐めるように見てはニヤニヤとしていると、メメたんは俺氏を見てどんどんと無表情になっていった。

 これは……お仕置きの前ぶれかもしれない……。


「……っ!」


 メメたんが動くと同時に条件反射で身を守ったが、メメたんはダッシュで部屋へと戻って行った。

 条件反射で勝手に体が動くなんて、見事に躾けられている。


 それからまた少し待つと、メメたんが玄関にやって来た。どうやら着替えてしまったらしく、スキニージーンズにパーカーという、何の面白味もない普段着中の普段着を着ていた。


「メメたん、さっきの方がかわいいのに……」


「いえ、足を見る目が気持ち悪いノト、同じ服を着ているのが耐えられませんでシタ」


 この言葉は心にジワジワと地味にダメージを与えてくれて、俺氏は過呼吸気味になってしばらく玄関から動けなくなった……。

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