第9話 飲み会とホテル1

 大学の敷地内に店を構える小さなカフェ、その中の二名席に僕は腰を据えていた。

 木製の机や椅子、壁際にずらりと並ぶ観葉植物、温かみを感じる提灯式の照明。そのどれもがSNSの受けを狙った装飾であり、店内は学生の溜まり場として有名だ。


 僕は対面の席に待ち合わせの人が来るまでスマホを弄る。

 同棲を始めた相手にLINEで文章を送った。


瑞季〈今日、家に帰るの遅くなる〉

Mirei〈わかりました。どっか行くんですか?〉

瑞季〈飲み会に誘われた〉

Mirei〈ふーん〉


 ピロン。意味深な相槌の後、包丁を手に持つ女の子のスタンプが送信された。

 僕は「うわ……」と顔を引き攣らせる。


 美玲と同棲を初めて、早一週間が経過していた。

 彼女は三日ほど前から高校に行き始めている。僕も夏休みが終わり、大学に通い始めていたのだが……僕の帰宅が遅くなると、このように美玲は不機嫌になる節があった。


Mirei〈あまりにも帰ってくるのが遅かったら、チェーン掛けて先に寝ちゃいますからね〉

瑞季〈えっと、冗談だよね? 僕、自分の家に入らせてもらえないの?〉

Mirei〈いや、本気ですけど〉

瑞季〈……なるべく早く帰るようにします〉


 僕が苦い顔で返信すると、とんとん、不意に肩を叩かれた。


「なにしてるの?」

「――うわっ!?」


 僕は反射的にスマホの画面を消灯して、背後を振り返る。


「え、なにその反応。やましいことでもしてたの? もしかして出会い系アプリとか?」


 神崎琴葉かんざきことはが訝しい顔で僕を見つめていた。

 彼女は僕と同い歳で、大学一年目からの付き合いだ。

 黒に寄せたアッシュグレーの髪色は艶やかで、肩の下まで伸びる毛先は丁寧に巻かれ、薄いメイクが施された顔は抜群に可愛い。

 そんな琴葉は僕の前に座り、紅茶を注文する。


「出会い系アプリを使ってた――」

「使ってないって!」


 琴葉が再び質問を投げる前に、僕は否定の声を上げた。


「必死だね。ますます怪しい」


「もっと信用してくれよ」


「クズ男の定番な台詞だね」


 もはや取り付く島もなく、琴葉は僕と同じブランドの鞄からスマホを抜き取る。

 大学生ともなれば、お洒落に気を遣って身の丈に合わないハイブランドを買ったりするものだ。

 別段、僕と琴葉は意図的に同じブランドの物を買い揃えたわけではないけど、こうしてペアルックみたいになってしまうことは多々あった。


「僕がクズ男なら、琴葉もクズ女になるよ」


「同じ穴の狢ってやつだね」


「いや、そこは否定してほしかったけど」


「なに? 一緒は嫌なの?」


「……別にいいけど」


 琴葉の鋭い眼力に、僕は唯々諾々と同意した。


「それより、今日は何時から飲み会スタートなの?」


「七時集合だったかな」


 僕はに目を配り、「あと二時間か……」と何とは無しに呟いた。

 すると、琴葉が「あれ」と驚きの声を漏らす。


「それ、新しく買ったの?」


「ああ、まぁね。そろそろ買い替えようと思ってたから」


 目敏い琴葉に、僕は曖昧な答えを返した。

 僕は『宝くじに当せん』したことを美玲以外に教えていない。

 大学生には金と時間と異性の亡者しかいないから。

 下手に『宝くじに当せん』したことを言い広められては、誕プレを買えだの、酒代を奢れだの、下賤な輩が這い寄ってくることは想像に容易かった。


「そっか、カッコいいね、似合ってるよ」


「ありがと。琴葉も可愛いよ」


「さんきゅ」


 僕と琴葉は取り繕った言葉を投げ合って、そっと飲み物を口に含んだ――。

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