悪役令嬢はメインヒーローとデートする(1)

 ユーリとその父ラインハルトはほぼ毎日手紙を交わしている。しかし、そのほとんどが中身のない内容だった。「元気か?」「元気です」「鍛錬はしているか?」「しています」といった内容を毎回飽きもせずに交わしている。他人がその手紙を見たのならば、毎日する意味があるのかと首を捻るだろう。

 もはや定期連絡のような手紙だが、今回は少し異なっていた。いつもの文章に一文が加えられていたのだ。ユーリが何気なく書いた「近いうちにレオンと出かける」という一文を目にしたラインハルトの片眉がピクリと跳ね上がる。ふむと頷き、専属執事バスターを呼ぶと手紙を見せた。優秀な執事は手紙を読むだけで理解し、速足で部屋を出て行く。

 ラインハルトは執務机に飾っている写真を手に取り、表情を緩めた。その表情は少し寂しそうでもあった。



 ユーリは困惑していた。レオンと外出する前日。何故か実家から迎えが来たのである。理由を聞く間も与えられず馬車へと強制的に乗せられ、数ヶ月ぶりに実家へと顔を出すことになった。一先ず、父がいるであろう書斎に顔を出そうとしたが、バスターに不在だと言われる。首を傾けたものの、「それならば仕方がない……父上が帰ってくるまで、鍛錬をしていよう」と自室へと向かった。

 着替えようと服を脱いだタイミングで侍女長を筆頭とした着せ替え隊が颯爽と現れた。訳の分からないまま浴室へと連行され、身体中を隅々まで洗われ、こねくり回された。この時になってようやく今回の急な帰省の理由に気付く。

 今度からラインハルトへの手紙には余計なことは書かないようにしようと心に刻んだ。


 

 外出当日。ユーリはいつも通り早朝の鍛錬を行った後、いつの間にかスタンバイしていた着せ替え隊に浴室へと放り込まれ、仕上げとばかりに磨かれた。もはや諦めの境地なのだろう。ユーリの目からはハイライトが消えていた。

 服装は『貴族のドキドキ街中お忍びデート』をコンセプトに、白のロングワンピースに黒のショールをはおり、普段結んでいることが多い髪はそのままに、左サイドに寄せる。最後に黒のつば広帽をかぶる。

 シンプルな装いだが、その分鍛え上げられたメリハリボディが際立っていた。ユーリは鏡に映った己を見て、望んでもいないのに年々豊かになっていく己の胸部へと視線をやった。憂鬱さを隠せずに溜息を洩らす。その表情はとても十代の少女とは思えない艶やかさがあった。

 着せ替え隊はもはや色気の塊となったユーリを見て、やり遂げたとばかりに頷いていたが、ただ一人侍女長だけは内心やり過ぎたかもしれないと思った。これでは、レオン婚約者どころか余計な虫まで引き寄せてしまうのでは、と考えたところで、ユーリの性格とレオンの美貌を思い出し、これで良いと自己解決した。どうせなら、レオンがユーリに手を出して既成事実でも作ってくれれば良い、とまで考えたのは侍女長だけの秘密である。



 レオンは街中に溶け込む為、白のワイシャツに黒のズボンというシンプルな装いをしていた。それでも、王家の血筋特有の髪色は目立つので、普段通り黒のウィッグを被り、今日はさらに黒ぶち眼鏡もかけてきた。ユーリがどのような装いで現れるかはわからないが、できるだけ地味にしたつもりだ。

 レオンはてっきりユーリと一緒に寮から馬車で出かけるものだと思っていたが、ユーリは急に実家に呼び出され、当日現地で待ち合わせすることになった。今までとは勝手が違い、待ち合わせというものにレオンは少し緊張していた。何より、ユーリから外出を共にしようと言われたことが初めてだった。

 待ち合わせ場所は第一番街にある噴水の前。レオンは待ち合わせ時間の三十分前に到着した。何気なく隣を見ると、同じように誰かを待っている男性がいた。ついその男性を観察していると、数分後には相手の女性が現れた。どうやら、二人は恋人同士らしい。よくよく周囲を観察してみると他にも同じように待っている男性がいる。

 ふと、自分も同じように周囲から認識されているのではないか、という考えに至った。確かにユーリは婚約者で、今日は二人(隠れてついてきている護衛は除外)で会う約束をしている。見ようによってはデートと言えなくもない。しかし、ユーリと自分はそのような甘い関係ではない。とは思うものの、自然と頬が熱を持ち始め、レオンは頭を振った。


「レオ……?」


 突然の声掛けにレオンの身体がビクリと揺れる。一拍置いた後、ゆっくりと声がする方へ振り向いた。

 すぐ後ろに、とんでもない美女がいた。

 目深に被られた帽子からのぞく金髪と紫の瞳でユーリだとは気づいたが、その姿に思わず下から上まで確認してしまう。シンプルな装いのはずなのに、どうしてここまで蠱惑的に映るのか、普段のユーリには色気なんて少しも感じないのに。

 グラグラする頭を押さえながら、ふと周りにいた男性がユーリを見て惚けていることに気が付き、我に返った。慌ててユーリの腰を抱き、その場から逃げ出す。


 しばらく歩いて、ようやくレオンの足は止まった。軽く弾んだ息を整えていると背中を撫でる手に気が付いた。


「大丈夫か?」

「あ、ああ。すまない……っ!」


 ユーリとの近さに慌てて顔を背け、片手で口を押さえる。何とか心の声は口に出さずに済んだ。レオンの反応にユーリは訝しんだものの、特に問いただすことはせず、ひたすら背中を撫でていた。ようやく落ち着いたレオンは手で制して、ユーリと距離をとる。平然を装って、予約していたカフェへと案内した。


 レオンが予約していた「riposo caffe」はデートスポットや女子会の場として人気の高いカフェだ。すでに満席状態の店内を見て、ユーリはこの店に入るのかと覚悟を決めようとしたが、レオンは正面入り口から入らずに裏口へと回った。

 一見可愛らしいカフェの地下には防音付きの個室部屋が設けられていた。用途は様々だが、秘密の多い貴族や商人の間では大変重宝されているらしい。相手の顔が距離を詰めてようやくはっきりとわかる程度の照明に、甘さを含んだ香料が焚かれた空間。どことなく卑猥な空気を感じたユーリは口には出さないものの、真顔でレオンを見つめた。

 ナニカを感じ取ったレオンが慌てて否定する。

 曰く、「知人に勧められた」「ここに来たのは初めてだ」という、まるでキャバクラ通いが発覚した旦那のような言い訳をユーリはしたり顔でただ黙って聞いていた。ユーリの様子に何を言っても無駄だと諦めたレオンは咳払いを一度すると、表情を一変させ、本題についてユーリに尋ねた。

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