悪役令嬢はヒロインと出会う

 アンネは入学式に出る為、会場を探していた。胸上あたりまであるピンクの髪は走り回ったせいで乱れ、同色の瞳は焦りと不安で揺れている。今まで見たこともない広大な敷地内は、アンネにとって迷路のようで、このままではとても間に合いそうにないと途方に暮れていた。誰かに尋ねようとしても、アンネが近づこうとすると目すら合わせてくれずどこかに行ってしまう。もしかしなくとも、避けられていた。


 アンネが通う学園は大多数が貴族で構成されている。庶民の特待生枠で入学したアンネには顔見知りが一人もいない。せめて先生を見つける事ができれば、とひたすら歩き続けた。

 辺りを見回しながら歩いていると何かにぶつかる。

 倒れる! と衝撃に備えて目を閉じたが、いつまで経っても衝撃はこない。恐る恐る目を開くと、眼前に息を呑む程の端正な顔があった。


「大丈夫か?」


 金の瞳がアンネを捉える。”金髪と金の瞳”という王族特有の組み合わせを見てもアンネにはピンとこず、この国の王太子レオン・ゲーテルを見つめ惚けていた。

 アンネの反応を見て、レオンは目を細める。我に返ったアンネは慌てて身体を起こし頭を下げた。


「はい! す、すみません! 入学式の会場を探していて前を見ていなくて……」


 頭上から「気にしなくていい」と言う声が降ってくる。アンネは安堵し、下げていた頭を上げた。


「入学式……ということはお前も新入生か」

「お前もということはもしかして……あなたもですか?」


 という呼び名にレオンの片眉がピクリと動く。初めてのタイプを前に好奇心がくすぐられた。


「ああ、俺も」


 レオンが頷き返そうとした時、二人の間に誰かが割って入った。


「レオン様から離れてくださいまし」


 強い口調と敵意を滲ませたつり上がり気味の紫の瞳がアンネに向けられる。溢れ出た魔力のせいで金髪ドリルがゆらゆらと浮いていた。


「やめろ、ユーリ」

「ですが、王太子であるレオン様にぶつかった上、馴れ馴れしく接するなど」

「お、王太子様?! ご、ごめんなさい。私知らなくて!」

「いや、いい。学園内では身分は関係ないのだからな。お前名前は?」

「は、はい……アンネ・ダールマンといいます」

「アンネか。ついてこい」

「レオン様?! そんな、平民とともに歩くなど」

「学園内では身分は関係ないと言っただろう。何度も同じ事を言わせるな。……アンネ、入学式に出るのだろう。早くついてこないと遅れるぞ」

「は、はい!」


 これ以上は話しても無駄だとレオンはユーリに背中を向けて歩き始めた。アンネは戸惑いつつも、ユーリに頭を下げ、レオンの背中を追いかけた。

 二人が並んで歩く後ろ姿をレオンの婚約者であるユーリは憎々しげに見つめていた。



 乙女ゲーム『危ない学園』から一部抜粋





 入学式が始まるまで後一時間、という所でユーリは朝の鍛錬を止めた。滴る汗を拭く。

 学園内での魔法使用は禁じられているが、唯一例外として生活魔法だけは許可されていた。

 ユーリは無詠唱で自身の身体を浄化する。これで風呂に入らなくともさっぱりできるのだから魔法というものは便利だなと満足げに頷いた。

 ちなみに、一緒に登校したはずのニコラスは生徒会役員として入学式の手伝いをしないといけないらしく、ユーリに大人しくしておくようにと釘を刺して行ってしまった。



 木刀を片付け、そろそろ服を着替えに行くかと歩いていると知り合いを見つけた。その知り合いに向かって見知らぬ女生徒が突進しているのも見える。


 あのままいくとぶつかるだろうなと思いつつ、黙って見守っていると案の定二人は衝突した。女生徒の「きゃあ!」という甲高い叫び声がここまで届く。


「な、なんだっ?!」


 レオンは予期せぬ衝撃受け、倒れたまま驚きの表情を浮かべていた。

 一方で、突進した女生徒————アンネはレオンの上に乗り、キャーキャーと興奮した様子で騒いでいた。


「大丈夫か?」


 ユーリは急ぐことなく、普段通りの足取りで二人に近づき声をかけた。


「ユーリ! これが大丈夫に見えるのか?! 早く助けろ!」


 レオンがアンネの下敷きになったまま喚いている。

 一応、相手が女性ということで無理やり押しのけることはせずに我慢しているようだ。


「あれくらいの衝撃で倒れるのは鍛錬が足りない証拠だぞ? で、君はどこも怪我はないか? 大丈夫そうなら、そろそろどいてあげて欲しいんだが」


 仕方がないと溜息をつきながらも、ユーリはレオンの上に乗ったままのアンネに声をかけた。


「生レオン様を押し倒してしまうなんてイベント最高ー! はっ、こっちにもイケメンが!?  こほん……だ、大丈夫です。あ……でも足を挫いたみたいで立てそうにないです」

「足か……一度診てもらった方がよさそうだな。保健室に連れて行く。抱き抱えても?」

「は、はい! お、お願いしますっ」


 ユーリは自分が着ていた学園指定のジャージを脱ぐとアンネの腰に巻きつけ、背中と膝裏に手を添えると軽々と抱き上げた。


「落ちないよう、手をまわしてもらってもいいだろうか?」

「は、はい」


 アンネはうっとりとした表情で至近距離にあるユーリの顔を見つめる。レオンは目の前で繰り広げられているやり取りに唖然としていたが、ユーリに名前を呼ばれてようやく我に返った。

 

「彼女を保健室に連れて行ってくる。多少入学式に遅れるかもしれない。先生に伝言を頼む。君、名前は?」


 アンネはうっとりとユーリを見つめたまま答えた。


「アンネ・ダールマンです。アンネと呼んでください」

「アンネ。私はユーリ・シュミーデルだ」

「ユーリ様」

「ユーリでいい。じゃあ、レオン頼んだぞ」

「あ、ああ」


 レオンが頷いたのを確認するとユーリはアンネを抱えたまま保健室へと向かった。





 養護教諭にアンネのことを任せた後、ユーリは急いで寮の自室へと着替えに戻った。

 保健室に残されたアンネはといえば、治療してもらいながらも心ここに有らずの状態で、先程の事を思い返していた。


「ユーリ様………すごくカッコよかった。攻略対象者の中にはいなかったはずだけど、あれだけカッコイイんだもの……続編で出てくるのかも。 ユーリ・シュミーデルて名前聞き覚えがあるし絶対そうよ! レオン様とのスチルもゲットできたし、これは幸先良いわ!」


 アンネが出会ったユーリは鍛錬の為に髪を後ろで一つ結びにしていた。

 その上、鍛錬の邪魔になると胸をサラシで巻き、ニコラスが一年の頃着ていたジャージを着用していた。この学園で、いや、この世界ではまず女性がジャージを着ることは基本的にない。

 つまり、あの時のユーリは誰が見ても線の細い中性的な男性にしか見えない装いだったのである。

 しかも、軽々とアンネを抱えたのだから疑う余地もなかった。


「くしっ……風邪か?」


 無事女生徒の制服に着替え終わったユーリは悪寒を感じながらも、足早に会場へと向かっていた。

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