第10話 いきなり?

「ところで今日は何を食べるんですか?」

 そう言って私は彼が手にしている総菜を覗き込んだ。


「酢豚?」

 彼は何も答えなかったけれど何故か神妙にうなずく。


「どうしたんですか?」

「いや、正直な、こういう総菜も飽きるのだ」

 わかる。コンビニの弁当なんかも飽きるよね。


「葛谷さんは料理しいへんのですか?」

「した」

 した? 


「昔はしたっちゅうことですか?」

「そうだ」

 へえ、意外。


「今はせえへんのですか?」

「料理すること自体は苦にはならん。だがな……」

「だがな?」

「片付けるのが面倒臭いのだ!!」

 そんな怒鳴らなくても。


「ああ、でも解ります。面倒臭いですよね、片付けるの」

「解るか?」

「解りますよお」

「君とは相性が良さそうだな」

 冗談じゃありません。むしろどっちも片付けるのが面倒くさいなんて相性最悪だわ。


「でも、葛谷さんが料理出来るなんて意外ですよ、何を作るんですか?」

「本格的に作る訳では無い。冷凍食品を温めたり焼いたり湯銭するくらいだ」

 それって料理を作るっていうより加熱しているだけでは? でも男性の独り暮らしの割にはしっかりしてる方なのかも。外食かコンビニ弁当で済ませちゃったりしそう。


「君は料理は出来るのか?」

「まあ、簡単な物だけですけど。お金も無いから節約せんとあかんですし」


 葛谷さんは私の買い物かごを覗き込んだ。今現在カゴに入っているのは、豆腐、納豆、卵、鳥胸肉、牛乳、あとは安かったニンジンとプチトマト。

 もやしなどの野菜は日持ちがしないからなるべく買わない様にしている。

 野菜は日持ちのする根菜が多い。


「おい! その卵」

「え? なんですか?」

「何故そんなに消費期限の長いものを手に取った?」

 え? 普通そうするでしょ?


「僕のを見ろ」

 私は葛谷さんのカゴに入っている卵の消費期限を見ると、私が選んだものより2日短いようだ。


「なんでわざわざ短いの選ぶんですか?」

「君は本当にたわけだな」

 だって、長持ちした方がいいじゃん。


「みんながみんな君みたいに新しいものばかり買っていったら廃棄ロスが増えるだろう。ばか者か君は」

「はあ……すんません……」

 でも、うちで腐らせちゃうのも勿体ないじゃん。だけど、これは自己中心的な考えだと気付いた。


 家で使いきれなかった物を捨てるのは勿体ないけど、それはあくまで自分本位の考えであって、スーパーから出る廃棄ロスはもっと勿体ないんだよね。

 いや、でも……葛谷さんの言いたい事も解るよ、解るけど、お金の無い私からすれば死活問題なのだ。家で腐らせして捨てるなんて罪悪感がヤバそう。お金を払ったんだからその分食べたいよ。


「葛谷さんの卵、使い切るまでに腐ってまったりせんのですか?」

「消費期限が近付いたら残っている分まとめてゆで卵にすればさらに日持ちする」

 そっか。ちゃんとそういう事も考えて私に注意したんだね。1つしか離れていないのに随分大人だなあ。なんか急に自分が恥ずかしくなった。


「葛谷さん、卵も牛乳も古いものに替えてきます」

「そうか」

「はい、ありがとうございました」

 なんか変な人だけど、ちょっと見直したかも。


「じゃあ僕は失敬する」

 あ……


 ん?


 なんか今、私、ガッカリした? なんでガッカリした?


「あ! 葛谷さん!」

 気が付くと彼を呼び止めていた。


「なんだ?」

「あ、あの、わたし、揚げ物の鍋買ったんです」

「何故だ?」

 何故だって……唐揚げの為に買ったのよ……


 てか、なんで私、こんなにしょんぼりしてるの?


「いえ、別に……」

 忘れちゃったのかな。あんな食堂での会話もうすっかり忘れているのかも。


 なによ。確かに軽い口約束だったかも知れないけど、私、鍋まで買ったのに、作り方も調べたのに、全然忘れてる風だった。くやしいぃ。ちょっと見直したと思ったけど前言撤回だわ。さりげなく傷付ける奴だわコイツ。


 でも、なんで私こんなにイライラしてるの? 唐揚げ作らなくて済むなら良かったじゃん。初め約束した事を後悔してたじゃん。1400円払った鍋が無駄になったから? それだけ? 


 私が肩を落とし考え込んでいる様子を訝しむ様に見ていた葛谷さんが、

「どうした?」と訊いた。

「……なんでもありません」


「買ってしまったのならば仕方がない」

 仕方ない? それは私に同情して唐揚げを食べてやろうって事?


「鍋なら家にあったのだ。買う事はなかった」

 あ……胸に漂っていた黒い澱が霧散したような気がした。途端に私の口から軽口が飛び出す。


「葛谷さん、鍋あるんなら初めにそう言って下さいよ。わたし無駄金使ってまったやないですか。1400円もしたんですよ、もう!」

 なんで彼の一言一言に一喜一憂してんの? 私。


「君が先走るからだ。前もって確認すべきだ」

 ううう、確かにそうだけど。


「そんなら初めに葛谷さんの家で作ろうって言ってくれたら良かったやないですか」

「む! 確かにそうだな、すまぬ」

 なんでか、1400円無駄になったけれど、心は晴れやかだ。じゃあさっき落ち込んだのはなんでだ? 1400円が無駄になったという事じゃないんだな。


「罰として材料代は葛谷さん持ちです」

 言ってやった。1400円無駄にしたんだからそれくらい良いよね。


「そんな物は当然だろう?」

「え……」

「作ってもらうのに食材代まで払わせる訳がないだろう、アホか君は」

 なんだ、そうだったんだ。ちゃんと考えてくれていたんだ。


「ともかく準備が出来たら連絡してくれ。楽しみにしているんだ」

 あれ? なんか嬉しいぞ。なんでだ?


「いや、あの……」

「なんだ?」

「じ、実は、いつでもええんですけど……」

「なんだと?」

 時間稼いでいたのはお金が無かったからだから、材料費出してくれるならいつでもいいのだ。


「あの、もう作り方は調べて、きっともう作れると思います」

 信じてください嘘だけど。


「何が必要だ?」

「え?」

「材料だ。何が必要なんだ?」

「ええと……?」

「今日、今から作ってくれ」

 ええ! 今日?


「今からですか?」

「そうだ」

 ちょっ、急に言われても。作り方はスマホ見れば作れるだろうけど、急に言われると焦るわこれ。


 てか、重大な事忘れてたわ。と言う事は今から葛谷さんの家いくの? まだ完全に信用出来てないんだけど。想像したら顔が熱くなってきた。これ顔赤くなってない? 私。


「へ、変な事せえへんですか?」

「なんだと?」

「あの、一応わたし女子なんですけど……」

「僕の目的は唐揚げだ、君ではない」

 これ喜んで良い所じゃないよね。安心させる為に言った言葉かも知れないけれど、ちょびっと傷付いてるよ? 私。

 

 だけどそんな事、口が裂けても言えない。


「そ、そんならええですけど……本当に何もせえへんですか?」

 何もしてくれないんですか? という感情が1ミリくらい顔を出した。


 いや、実際そうなったら嫌だけど、まったく女性として見られないのも悲しいではないか。


「当たり前だ」

 そんなはっきり言わなくても。でもとりあえず身の安全は問題なさそうだ。


「じゃあ、食材選んでいきましょう」

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