第7話 ゼミでの仲間

「えええ? それって前話してた、失恋した日に恵梨香さんの家で唐揚げ食べて行った人の事だよね? その人同じ大学だったの?」

 朱美さんはランチパックのタマゴの包みを乱暴に破りながら早口で問いかけてきた。

 

 翌日のランチタイム、日当たりの良いベンチに腰掛け、私はゼミで仲良くなった朱美あけみさんに葛谷さんの事を報告していた。


「うん、ほんとに偶然。横浜の大学に通ってるって事は聞いとったんやけどね」

「そんな偶然ある? 運命の人じゃないの?」


 確かに、偶然同じ苗字で、偶然妹の名前も一緒で、そんな人と偶然出会って、偶然再会するって、「偶然とは?」って哲学じみた事も考えてしまうくらい偶然重なり過ぎだわこれ。


「んで、ついうっかり話の流れで唐揚げ作りましょうかって言ってまって……」

「ええ……家に上げるの?」

「やっぱそう思うよね……ちょっと迂闊やったなって思っとる」

「迂闊すぎるよそれ」

「うん……」


「あ! 恵梨香さん、お弁当は? それなら家に上げなくても良くない?」

 お弁当かあ。


「なんかそれやと恋人っぽいやん。ちょっと照れ臭いって、むりやわ」

 それにどうせなら出来立ての熱々を食べて欲しい。


「家に上げる方が恋人っぽくない?」

 それもそうか。


「それに恵梨香さん、料理出来るの?」

 自信はない。揚げ物の鍋も持っていない。揚げ物なんて贅沢だから。


「多少は出来るけど、あんま自信ないなあ」

 唐揚げは唐揚げの素まぶして揚げるだけだからいけそうだけれど。


「どっちにしろもう少し時間稼ぎながら葛谷さんの人となりを見た方がいいよ絶対」

 朱美さんは2個目のランチパックの包みを今度はお淑やかに破りながら忠告してくる。


「そうやおね、いきなり信用は出来へんからね」と言ってはむっとおにぎりにかぶりついた。


「これをきっかけに恋に発展するかもね」と朱美さんは他人事の様に言ってくる。まあ他人事なんだろうけど。


「ないない、あんな偏屈な人と一緒におったら寿命縮まりそうやわ」

 そう言いながらも、腕を絡めたあの夜の事が頭をよぎった。


 でもやっぱりないないと思い直しかぶりを振った。


「ところで、恵梨香さん、その人ってカッコいいの?」

 見た目は悪くないと思う。


「悪くは……ないかな」変人だけどとは言わずに答えた。


「誰に似てる? 芸能人とかでさ」

 うーん……芸能人か……いないかな、あ、でも。


「芸能人にはおらへんけど、アニメなら……」


「アニメ?」

「うん、サイコパスってアニメの宜野座さんっちゅう人に雰囲気が似とるかも」と言って更に恐ろしい偶然に気付く。そう言えば『伸元のぶちか』って名前も一緒だわ。おお、怖い。


「そんなアニメしらないよ」

 女子で見てる人は少ないかもね。私はスマホで宜野座さんの画像を検索して朱美さんに見せた。


「ああ、なるほどー、こういう人いるよねたまに」

「そっくりって訳やなくて雰囲気が似とるだけなんやけどね」

「確かに神経質で偏屈そう」と言ってケタケタと笑った。


「朱美さん、アニメはそんな観いへんの?」

「そうだね。子供の頃は観てたけど、今はもうそんなに観ないかな」


 話題はどんどん移ろいて時間は過ぎて行く。


 朱美さんとは午後の講義が別だったのでそこで別れた。



 私は大学の帰りにホームセンターへ寄り道をして揚げ物鍋を物色していた。はっきり言って一人で揚げ物なんてしないし、贅沢だから必要ないと思っていたのに、変な約束するんじゃ無かったと後悔しつつも、手頃な鍋を見て回る。


 小さい物で良いんだけれど、普段から揚げ物なんてしない私にとって温度管理が出来るとも思えず、結局、油温計が付いた1400円の鍋を買う事にした。


 財布の中身を見て「ふうぅ」と溜め息を吐く。1400円の出費は大きいけれど、ずっと使う物だしと自分自身を無理やり納得させ、罪悪感を払いのけて購入した。


 予定外の出費だった為、家にあるお米で卵だけのチャーハンでも作ろうと思いスーパーには寄らずに帰った。


 帰宅し、簡単な夕食を済ませ、スマホで唐揚げの作り方を検索した。初めは唐揚げの素だけまぶした物を揚げるだけでいいかなって思ってたけど、さすがに味気ないよね。


 味付けに使う材料を見て気分が滅入る。意外に色々と使うんだなあ。すりおろしにんにくとか無いよ。ショウガも必要じゃん。サラダ油も大量に使うんだなあ。これいくらかかるんだろう。1回で大量に作って3日間くらい持たせないと割に合わないよ。やっぱりバイトしないとダメかなあ。ひとまず次の仕送りを待ってからにしよう。



 ――ポロロロロロン♪――翌日



「ええ! 鍋買ったの?」

 ゼミが終わってから朱美さんに揚げ物鍋購入の報告をした。


「まあ、約束してまったからね」

 本当に、約束したことを少し後悔していた。


「なになに? なんの話?」

 突然背後から声が聞こえ、私と朱美さんの間に一人の男子生徒が割り込んできた。彼は私達の肩に手を乗せ背後から首を突っ込んでくる。


「ああ、小平君」と朱美さんが朗らかに答える。なんでそんな朗らかにしていられるの? 肩の手がめっちゃ不快なんだけど。私は肩に乗せられた手に露骨に不快感を示し、


「別になんでもないですよ」とそっけなく答えた。


「ええ、なんか鍋がどうだとか聞こえたけど? 鍋パするなら誘ってよ」と屈託のない笑顔で言う。


 まあ、爽やかだわな。イケメンには違いないけれど私には警戒対象でしかない。朱美さんは満更でもない顔で、


「いいねえ、鍋パ、やりたいやりたい」と聞き捨てならない事を言う。嫌だよ。それに鍋の時期じゃないでしょ。


「せっかくゼミで同じグループになったんだし、食事会しようよ、あ、さっくん」

 小平君は同じゼミのグループのさっくん事、佐久間君を呼んだ。それより、本当に肩の手をどけてよ。私は背後からやって来るさっくんに向き変える振りをして、右肩を大きく回し肩の手を振り落した。


「どうしたのお?」と穏やかにさっくんがやって来る。


「今さ、朱美ちゃんと恵梨香ちゃんと鍋パの話してたんだよ」

 いや、自分で鍋パって単語無理やり出したじゃん。


「へえ、いいねえ。僕もいいのかい?」とさっくんがのんびり言う。

「ゼミの小グループの親睦会も兼ねてさ、いいと思わない?」

 思わない。ほんとやめて。お金ないし。


「私はいいよ、ね、恵梨香さん」

 私は朱美さんに目で否定を示すのだけれど、「断るなら自分の口で言え」と逆に目で返されてしまった。

 こういうの本当に困る。しばらくこのグループで活動を行っていく以上、気まずい雰囲気になってもいけないし、かと言って毎回こんな集まりに参加していたらお金がもたないよ。


 まあでも、一回くらいはこういう食事会も出席しておく事も必要なんだろうなあと思い、


「まあ、いいですけど」と仕方なく了承した。


 

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