第十三話 ムト、試練の話を聞きます

 コルドリア国の中心にある聖都の名は「ムトゥ」

 この世界の唯一神としてあがめられている神と同じ名を持つ都市。

 円周状の高い山、外輪山がいりんざんの内側には深い森。

 その真ん中に、高い外壁にぐるりと囲まれた都市は、古くからムトゥ神の総本山として、祈りと政治の中枢ちゅうすうとして機能してきた。


 その聖なる都は、一定の周期で「試練」という災厄さいやくに襲われる。

 聖都の東西南北、いずれかの山より、聖獣が現れ聖都を襲う。

 聖都の民は、都市を守り聖獣を撃退する。

 それが「試練」と言われる内容で、周期は60年に一度だそうだ。


 そして、今年がその試練の年。


「にも関わらず、兄はその準備をおこたっているの」


「準備?」


「ええ、そもそも王家の存在理由は、試練に対し聖都を守るため、準備と、未来に向けて記録を残すことなの。そうやって聖都は長い年月を生きながらえてきたの」


「聖獣っていうのは動物なの?」


 襲って来る聖獣というのがいまいちよくわからない。

 獰猛どうもうな肉食獣みたいなものなんだろうか?


「わたくしも実際に見たわけではありません。王家に残る文献ぶんけんを見る限り、人の数倍の大きさの獣だとか、そしてその姿はいつも違うらしいのです」


「でも、人より大きくても、さっきの王様と一緒にいた人たち、強そうだったよ?」


 本物のよろいというものを初めて見たけど、とても強そうな怖いイメージがある。


「彼らは王の親衛隊。兄様は、総勢50人ほどの親衛隊で聖獣に応対しようとしているのです」


 それはけっこう多い気がするけど……。


「前の時の記録があるんでしょ?」


「それが、前回の記録が、あまり残っていないのです」


「60年前なんだっけ?」


「はい、その前の記録は劣化れっかがひどくて、石板や壁画などには、四本脚の獣に立ち向かう、剣を持つ五人ほどの人が描かれているだけで、そんなことからも兄様は試練をあまり脅威きょういと感じておりません」


「でも、ソリアは違うのね」


「はい、わたくしは姫巫女ひめみこ、ムトゥ神の神託しんたくさずかる者です。半年ほど前に、わたくしの代で初めて神託しんたくを受けました。「備えよ、試練は一つとは限らない。慢心は滅びを誘う。かたを探し十全じゅうぜんに備えよ。さすれば界を渡り御使みつかいは現れ、信仰しんこうたもたれる」と」


「む、難しいんだね」


「わたくしはそれを受け、今の備えでは足りないとさとりました。そこで父、当時の王ギルジオンに報告したのですが、病にせっていたこともあり、また父も前回の試練ではまだ生まれておらず、シルジンに一任すると、取り合ってもらえませんでした」


「えっと、お兄さんは先日、王様になったんだっけ?」


「はい、先日と言っても数か月前になりますが、父の病状が思わしくなく、試練に備えて王位継承けいしょうとなりました」


「お父さんの具合は大丈夫なの?」


「心配していただいてありがとう。試練に対し指揮しきをとれないというだけで、すぐにどうにかなるような状態ではありません」


 他人事ながらホッとした。

 同時に、うちのお父さんの疲れた顔が浮かんでしまった。

 ソリアは続ける。


「取り合ってくれなかった父ですが、「かた」を呼んでくださいました。それが大魔導士オリバー」


「オリバーさんは普段はここの人じゃないの?」


「はい。世界を旅している方です。オリバーは試練のことも熟知じゅくちしておりましたが、要請ようせいがなければここには来なかったともおっしゃっていました」


「それは、特に準備しなくても大丈夫とか、その親衛隊の50人だけで大丈夫だったってこと?」


「いえ、今回は特に300年に一度の大試練でもあり、準備が足りなければ滅び、それが人の選択の結果なら仕方がないとおっしゃいました」


「……けっこう、冷たいね」


 試練や大試練がどんなものかわからないけど、滅んでいいなんてひどいと思った。


「いえ、そうではありません。神がなぜこのような試練を定期的にもよおしているのか、それは人々が教えをつなぎ、慢心することなく生き続けるために必要なことなのです。先人せんじんに感謝し、子孫へたくす。その信頼感こそがムトゥ神が守りたい唯一の教義なのです」


「む、難しいね……」


「人同士が信頼感を維持するには、自分だけ、という考えではなく、多くの人を守り、幸せにする想いや行動が必要なのですよ」


「……ソリアがわたしを助けてくれたように?」


「そしてアヤがわたくしと友達になってくれれば嬉しいな、ということです」


 ソリアはまたニッコリと笑う。

 そっか、難しいことじゃないんだ。

 みんな笑顔でいるために、相手を思いやりつづけ、何年かに一度、力を合わせて試練を乗り越える。

 そうしてまた結束が深まり、次の試練まで仲良く暮らす。

 わたしなりの、そんな理解を話すと、ソリアはとても嬉しそうにうなずいてくれた。


 それから、夕食を食べながらいろんな話をした。

 心配した食事も、パンやスープ、魚や野菜を主体にしたものなど、口に合わないなんてこともなく、あやしいテーブルマナーでなんとか乗り切った。

 食後のデザートに出た、ドライフルーツがたっぷり入った焼き菓子は、以前、折春おじさんにもらったことのあるお菓子によく似てた。

 王家にも献上けんじょうされるお菓子だったのか、どおりで美味しかったはずだ。


 その折春おじさん、オリバーは、前王の招きで王宮に到着すると、さっそくシルジン王とめたらしい。

 オリバーは、ならば好きにすればよいと去ろうとしたが、ソリアが必死になって説得し、残ってもらったそうだ。

 オリバーは、60年前の文献ぶんけんが王宮にあまり残っていなかったこと、前王やシルジン王の考え方に思うところもあったそうだけど、結局はソリアの依頼を聞いて、独自の準備を始めた。

 そして、シルジン王の親衛隊以外の組織、聖都防衛隊を作った。

 その活動がおもしろくないシルジン王は、いろいろと理由をつけてオリバーを失脚しっきゃくさせようと、彼の行動を監視し、国の意思決定を行う「賢人会けんじんかい」に取り上げてもらおうと考えていた。


 そんな話を聞いてみたけれど、実際は半分も理解できなかった。


 その後、ソリアと一緒にお風呂に入り、彼女の着替えを借りて、申し訳ないと思いながらカリアムさんに洗濯をお願いした。


 ソリアの居所きょしょ、奥側の右の扉の奥は書庫。

 左奥が寝室兼、私室になっていて、中には三人くらいが寝られそうな、大きなベッドがあった。

 なんだかすっかり図々ずうずうしくなったわたしは、ソリアと一緒にベッドに入り、お互いの国のことや魔法のことを話す。


「アヤの『思石しせき』の色なんですが、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、そして白の八色が浮かんでいます。過去、一番多くの色を表した人でも四色と聞いています。なので、きっと神の御使みつかい様だと思ったのです」


「実際は、違う世界の普通の女の子なんだけどね」


「でも、オリバーがなぜアヤの世界に行くのか、アヤに『思石しせき』を渡したのか、そこにはきっと理由があるはずです」

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