第七話 ムト、何気ない毎日を過ごします

「ちょ、お前なんだよそれ」


 あれ以来、れしい高橋が、わたしのテスト結果を悪びれもせずのぞいて言う。


「ちょっと見ないでよ!」


 わたしは恥ずかしくて、返ってきた答案用紙を隠す。


「だって、また満点だろ? もうなんなんだよ、サッカーも上手くて頭もいいって、なんなんだよ」


 高橋は頭を抱えて身悶みもだえする。

 いや、結果からみると、正直ホント申し訳ない気持ちでいっぱいだから、あんまり騒がないでほしい。


「はい、静かに! 今の数学の返却分で五教科全部そろったわけだけど、三クラス105人の中で、成績トップがこのクラスにいます」


 担任で数学担当の荒垣あらがき先生がそう言うと、何人かがわたしを見る。

 目立ちたくないんだけどな……。


「最初のテストだから比較的点も取りやすく、平均点も80点くらいですが、これからの頑張りしだいで、どんどん差が開きますからね? 大事なのは順位じゃなく、点数です。全員が百点なら全員一位なんですから、みんなでそこを目指しましょうね。そうそう、ちなみに最下位と、下から二人目もこのクラスです。誰とは言いません。高橋くん、山岸くん次は頑張りましょう」


「言ってるじゃねーか……」


 高橋は頭を抱えながらそうつぶやいた。

 こっちの目立ち方も嫌だけどさ。


―――――


「なあムト、エラシコ教えてくれよ」


 高橋のれしさは部活でも続く。


「ムトって言うな、いずみちゃん」


「いずみって言うなよ!」


 こいつの名前、高橋出海いずみ。ちなみに山岸は源三郎げんざぶろうだ。

 こうやって名前でいじり合う関係になれたのはいいことなのかな?

 悩んでたのがバカみたいに思えるのは確かだけど。


「それに、えらしこ? なにそれ食べ物?」


「ちげーよ、前に試合でやってたじゃん、こうアウトに運ぼうとしてインに切り返すやつ」


 高橋は実際にボールを使ってゆっくりと実演する。

 ああ、それね。


「外に出す時は、足の甲で丸くこするようにして、相手の重心を外に誘ったら中にチョンだよ」


 ボールを借りてフェイントを実演し、高橋の脚の間にボールを転がす。

 エラシコって言うんだ、丸書いてチョンって呼んでた。


「感覚で説明すんなよ……」


「大事なのは、自分だけじゃなく相手の動きに合わせることだよ? チョンがくるって知ってたら対応されちゃうでしょ?」


「な、なるほど! サンキュ!」


 技として覚えるのもいいかもしれないけど、そのときどきで同じ状況はないんだから、一番シンプルに相手を抜ける方法をいつでも考える柔軟性が大事だと思う。

 それでもわたしは『チョクレイ』のおかげで、イメージさえ確実なら、勝手に体が動いてくれるんだけどさ。てへへ。


 自己錬を始めた高橋を放って、のぞみんとのパス練習に戻る。


「すっかり懐かれちゃったね」


「やだよあんな大型犬みたいなの」


 高橋の身長は175センチくらいある。

 わたしが145くらいだから正対して話そうとすると首が痛い。

 ちなみにのぞみんが155センチで山岸は160くらい。


 季節は梅雨に入り、わたしたちは否応いやおうなしに体育館で練習を続けてた。

 人数の関係でサッカーの新人戦には不参加で、九月に行われるフットサル大会が当座の目標になる。

 学校生活は平穏なままだ。

 思い返せば入学式の自己紹介のときだって、わたしの名前を笑う人はいなかった。

 全部自分の被害妄想ひがいもうそうだ。

 中学校生活という新しい環境に対し、必要以上に神経質になってたけど、今はこうやってワイワイと楽しい毎日を送れてる。

 ひょっとしたら『セイウチの心臓』が自動的に守ってくれてるのかもしれない。

 毎日平和で退屈だなって思うより、知らないうちにいろんな悪意から身を守ってもらえてるって考えたほうが、なんかありがたみがあるもんね。


 部活が終わり、制服に着替えて、生徒手帳を両手で包む。

 今日も一日ありがとうございました、と。

 それと通学用のバッグに入れている巾着袋にも、ありがとうと握り込む。

 中には『思石しせき』が入ってる。

 あれから使い方に慣れた。

 簡単に言えば、これに願うと、とんでもない集中力を発揮できる。

 中間テストのときは、過ぎた時間や勉強した実感も忘れるほどだったけど、いまでは授業中に眠くなったり、余計なことを考えたりせずに集中できるようになった。

 それこそ、家に帰ってから復習や予習をする必要もないくらい、勉強したことが頭に入ってた。


 その効果が怖かったので、お母さんに聞いてみた。


「単純に集中できるようになっただけよ。実際に勉強するかどうかはムトちゃん次第だからね?」


「頭が良くなったわけじゃないの?」


「あなたくらいの歳なら、意志を持って学べば、なんだって頭に入るはずよ。勉強ができないっていうのは、勉強をする意志がないだけよ」


「意志があっても集中できなかったんだけどな」


「だからその集中力を作ってもらったんだよ。折春さんはなんて言ってたんだっけ?」


「確か、わたしの心次第で、意志の強さがまっすぐな光になるって」


抽象的ちゅうしょうてきねぇ、お母さんはそれ、願いを叶えてくれる力があると思ってる。意志が強ければ強いほど、効果があるってね」


「じゃあ色って?」


 勉強する際に集中を願うと、淡い水色に落ち着いた。


「そうねぇ、普段は何色なんだっけ?」


「いろんな色だよ」


 折春おじさんは、虹色って言ってた気がする。


「ひょっとしたら、ムトちゃんの魔法適正だったりしてね」


「なにそれ?」


「あら知らない? 五行ごぎょうとか」


「あれかな、赤だと火属性、青だと水属性みたいな?」


「そうそう。試してみたら?」


 お母さんはそう言って、いたずらっ子みたいに笑った。

 何が魔法なんだか、この世界にそんな不思議なことあるわけないじゃない、バカバカしい……。


 その夜、こっそり試してみた。

 普段は勉強するための集中を願うと水色になるはずが、集中だけを願うと、白い光に満たされた。

 折春おじさんが持ってたときと同じだ。

 火を出すには赤色にするのかな?

 でも、火事になったら危ない。

 風ならどうかな?

 風を強くイメージすると頭の中に藍色が浮かぶ。

 どんどん集中していくのがわかる。

 降り続ける雨の音も聞こえなくなる。

 時間がゆっくりと進む感覚。


 『思石しせき』が淡い藍に変わってた。


「風よ、吹け」


 自然に口からそんな言葉がこぼれた。

 でも、部屋の中は静かなままで、しばらくして急に恥ずかしくなり集中をいた。


 なんで魔法が使えるなんて思っちゃったんだろう?

 集中してないときの『思石しせき』は、相変わらずいろんな色がグネグネして、わたしの恥ずかしさを表しているみたい。


 ベッドに入り眠ろうとしても、窓の外はいつのまにか暴風雨みたいで、なかなか寝付けなかった。

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