濃霧(3)

 「ほら、車を停められそうな場所を見つけたぞ」

私は、バックミラーをちらりと覗いて、娘に言う。


私の言葉を聞いた瞬間、娘は顔を前に向ける。


口角が上がり、瞳は黒真珠のように輝きを取り戻した。


娘は膝から下をばたばたと動かす。


つま先が前に出る時もかかとが座席の側面に当たる時も両足が同時に動いている。


それを見て、私は幸福感に頬を緩ませ、ウインカーを点けた。


妻も笑みを浮かべる。


 車を停めて、私は降りる。


川のせせらぎが間近で聞こえてくる。


長距離の運転もあってか、運転中、疲労感で体が重く感じていた。


特に、足元が重苦しい。


しかし、その川のせせらぎを聞いて、不思議とすうっと軽くなる。


妻と娘も車から降りる。


「川だ!」


娘の好奇心の溢れる声が山に反射して跳ねる。


その反射した娘の声は木々に入ると余韻なく、さっと消える。


娘は車から降りると崖に設置してあるガードレールへと駆けていく。


私と妻は、はっとして、娘に駆け寄る。

妻が娘の手を掴んだ。


「川だよ! お母さん、あそこに川がある」


娘がぴょんぴょんと跳ねて、妻の顔を見上げている。


「うん、綺麗だね」


妻は娘に答える。


ちょうど、娘の目線にガードレールがある。


きっと見づらいだろう。


「ほら、抱っこしよう」


私は屈んで娘に言う。


娘はたたたたと私に駆け寄り、私の背中に張り付く。


娘の両手は、私の衣類の首元を掴んでいる。


首が苦しいが、娘の体重なら、どうってことはない。


「よいしょ」


私は娘の臀部に両手を添えて、立ち上がった。

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