第17話 新たな仲間

 それから数分が経った頃。


『んっ、うう……』


 気を失っていたワシが目を覚ました。


『お、起きたか。その傷を治したのは、あそこに居るカイルだ。だからもう攻撃すんなよ』

『なぜだ……』

『なぜって、そんなものカイルは悪い人間じゃないからだ』

『違う! なぜ……、なぜ我を助けたのだ! 我は攻撃をしたんだぞ!』


 なるほど、そういう意味か。


『そうですね。でもカイルさんは優しい人ですから、あなたのことを放っておけなかったんです』

『優しい人……?』

『お前のマスターはレパルドって奴なんだろ?』

『ああ。元、だがな』


 カイルの言う通り、やっぱり捨てられてしまったみたいだな。


『そいつは文句なしのクズだけど、そうではない魔物思いの人間も居るんだ』


 カイルにリリ、エリノアのお父さんの元マスターとかな。


『フン。そんなの信じられるか』

『だったらどうして、カイルさんはあなたを助けたと思うんですか? それも自分の危険を顧みずに』

『そ、それは……』

『もう分かっただろ。お前がどんな酷い扱いをされてきたのかは分からないが、カイルはレパルドのように悪い人間じゃない。何たって俺がまだ戦えなかった頃、ゴブリンの攻撃から俺を庇ったこともある位だからな。別に認めなくても良いけど、カイルにはもう攻撃すんなよ』

『フッ、ハハッ。ハッハッハッハ! 人間が魔物を庇うだと? その冗談、中々面白いぞ』

『事実だ。そんな嘘を付いたところで何の意味がある?』


 わざとらしく笑っているワシに向かって、俺は真剣な表情で言った。

 するとワシは笑うのを辞め、同じく真剣な表情で口を動かす。


『そのカイルとやらは、本当に貴様らを大切にしてくれているのか? 道具としてではなく』

『ああ、断言する。カイルは自分よりも俺達を大切にしてくれる、そういう男だ。まさにお前にしたように』

『……良いだろう。あの人間には攻撃しないと約束してやる。真意は分からないが、傷を治してもらったのは事実だからな』

『それで良い。……それと、ここは人間の出入りが多いはずだ。お前は人間が嫌いみたいだし、他の場所に移ったほうが良いと思うぞ』

『そうさせてもらおう』


 そう言っておきながら、ワシは全く動こうとしない。


 まあいいや。

 どうするかはこいつの自由だしな。


 それから沈黙の時間が数分流れたところで、カイルが戻ってきた。


「お待たせアイズ、エリノア。あっ、目を覚ましたんだね。もう大丈夫?」


 カイルの問いかけに対し、ワシは小さく一度だけ頷いた。


「そっか、それなら良かった。あっ、お腹空いてるでしょ? これ置いていくから、良かったら食べてね」


 そう言いながら、カイルは俺とエリノアがいつも食べている棒状の餌を数本取り出し、ワシの目の前に置いた。


「それでね、アイズ、エリノア。鉱石だけどまだ全然足りないから、他の洞窟にも行かないとならないんだ。疲れてると思うんだけど、もう少し付き合ってもらえるかな?」

『もちろんだ! っていうか、俺達は何もしてないから疲れてないしな』

『ええ! いくらでもお供しますよ!』


 俺とエリノアは頭を大きく縦に振ることで、その言葉を伝える。


「ありがとう、二匹とも! それなら早速行こうか。じゃあね」

『カイルを傷付けたのは許せないけど、まあ何事も起きなかったし見過ごすよ。それじゃ』

『その……この先あなたに幸せが訪れることを願っています。それでは』


 俺達はワシに別れを告げ、通路に向かって歩き出した。


 それから間もなく、


『ま、待ってくれ!』


 後ろから呼び止める声が聞こえてきた。


 一体何だと思いながらも足を止め、カイルの袖を引っ張って後ろに振り向かせる。


「ん? どうしたのアイズ?」


 さあ? 何かまだ言いたいことがあるんだと。


『どうした?』

『先ほど貴様らは言ったな。良い人間も居ると、そしてその男こそがそうだと』

『はい、それがどうかしましたか?』

『とても信じられなかったが、その男は我に何もしようとせず去ろうとした。その上、餌を分け与えて』

『だから言っただろ、カイルは優しい人間だって。別にお前を利用してやろうだなんて全く考えてないよ』

『ああ、どうやらそのようだ。このような人間が居るとは思いもしなかった』


 カイルがレパルドとは違うって分かったようだな。

 良かった良かった。


『分かってもらえて何よりです。それで他にはもうありませんか? 申し訳ありませんが、私達は他の洞窟に行かないとならないので』

『……良ければ、良ければ我を連れていってくれ』


『『――えっ?』』


 あまりにも予想外の言葉に、思わず耳を疑ってしまった。

 エリノアも同じみたいだ。


『見たところ、貴様らは二匹だけのようだ。テイマーは三匹までテイム出来るのだから、もう一枠空いているだろう。良ければ、そこに我を加えてくれ。無論、無理にとは言わないが』

『え、えっと……、一体どうしたんですか?』

『先ほども言ったが、そのテイマーは我に何もしなかった。どうせ我を連れ出して、闇魔物商にでも売り払うものだと思っていたが、そうではなかった。それに加えて、貴様らを気遣う姿勢。そこで我は貴様らの言葉が真実だと分かった、いや信じたくなったのだ。そいつがレパルドとは全く違う優しい人間だと』

『……本気か?』

『ああ』

『分かった、カイルに聞いてみる』


 正直、あいつが仲間になってくれるなら滅茶苦茶助かるけど……。


 俺はカイルを引っ張ってワシの元に連れていき、以前エリノアにしたように握手をしてからリングを指差した。

 今回は手と翼でだけれど。


「それってテイムしろって意味だったよね。もしかしてこの子をテイムしろって言ってるの?」


 俺とワシはカイルに向かって大きく頷く。


「えっ、でも君はレパルド様から酷いことを……。テイマー、いや人間を憎んでいると思っていたんだけど、それでも僕にテイムされてくれるの?」

『ああ』


 ワシは再び頷き、テイムを促した。

 しかし、カイルは困惑したような顔を浮かべている。


「気持ちは本当に嬉しいし、僕もそうしたいところなんだけど……。君は強制テイムをされているから、僕がテイムすることは出来ないんだよ。その黒いリングを取り外しさえ出来ればあれだけど、そんなこと足ごと切断しないと――」

『ふむ、分かった。リングを取り外せば良いのだな』


 そう言ってワシは俺達から少し距離を取った。

 そして三日月状の物体を出現させたかと思うと、虚空に向かってそれを放つ。


 直後、翼をクイッと動かすと、その物体は急旋回してワシに向かっていく。


『お、おい! まさか……』

『そのまさかだ』


 ワシはその物体に向かって、右足を伸ばした。

 それにより、切断された足がリングごと地面にボトっと落ちる。


 その切断面からは、蛇口を全開でひねった時の水のように、ドバドバと血が流れ出ていた。


『えっ、ちょっ……な、な、何をしているんですか!』

「す、すぐに手当てを!」


 カイルはバッグからジェル状の薬と布を取り出し、布にその薬を塗りたくってから、切断面を布で押さえた。


 そこから十秒ほど経ってカイルが手を離すと、切断面の皮膚は既に再生しており流血は止まっていた。


 ふぅ、ひとまずは安心だな。

 まさか自分の足を躊躇なく切り落とすなんて、思い切りが良いというか何というか……。


「ピィーッ!」


 ワシは鳴き声を上げた後、自身の左足をくちばしでつついた。


「さっきの行動から考えて、きっとテイムしろってことだよね。なら、お言葉に甘えて!」


 カイルはワシを抱え、バッグから取り出したリングを左足に通した。

 その直後、リングはみるみるうちに縮まっていき、細い足にピッタリと収まる。


「これでよし! それで名前だけど、どうしようかな。既にレパルド様から付けてもらった名前があると思うんだけど、僕が新しく付けても良いかな?」

『もちろんだ。こんなクソみたいな名前で、これ以上呼ばれたくはない』


 ワシはカイルに向かって力強く頷いた。


「良かった! それじゃあ、君はこれからフィルだ! よろしくね、フィル!」

『フィルか。うむ、承知した。こちらこそよろしく頼む』

『改めまして、私はエリノアです! よろしくお願いしますね、フィルさん』

『俺はアイズだ。色々あったけど、これでもう俺達は仲間だ。これからよろしく!』

『仲間、か。……ああ、そうだな。よろしく頼む、アイズ、エリノア』


 一気に柔らかくなったな。これもカイルの人柄がなせる業か。


「それでフィル、もうさっきみたいな無茶は絶対しちゃダメだよ! 分かった?」

『し、しかし、そうしなければ……いや、カイルはもう我のマスターだ。ここは素直に聞くとしよう』


 そう言いながら頷いたフィルの口調は、どこか嬉しそうだった。

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