05:クエスト1 完了

 初めての合奏を終えた私は、どこか申し訳なく思っていた。

 志音しおん弦斗げんとの男子二人は、しっかり律歌りっかのドラムに合わせられていた。確かにこっちゃんもズレちゃったけれど、メロディーである私が合わせられなくてどうする。


 あの後、何回か最初の部分を合奏したが、二分音符おんぷや四分音符や八分音符の簡単なリズムのところは大丈夫だいじょうぶだった。だが、それに付点がついたり十六分音符が立て続けにあったりすると、あせって『走って』しまう。


 それは来週までに、メトロノームを使って意識して練習するとして。


「あっ、おとー」


 アルトサックスを片づけて練習室を出ると、すぐに律歌から呼び止められた。


「おとってスマホ持ってる?」

「あーごめん、持ってない」


 ライン交換こうかんしたかったのかな?

 あー、お母さんが中学生になったらスマホ買ってくれるって言ってたけど……。


「そっかー、じゃあ家の電話番号教えて。メモるから」


 すると律歌はメモアプリを開いて、私が言った番号を打ちこんでいく。操作が慣れてるなぁ。


「ついさっき、琴音ともライン交換したから、これでみんなと連絡れんらくできるわ。ありがと!」

「ちょっと待って、律歌の番号も教えて!」

「そうだった、うちのも教えないと。家のとスマホ、一応両方とも教えとくわ」


 私は「ちょっと待ってね」とバッグの中を漁る。あっ、メモ帳持ってくるの忘れた。

 仕方なく楽譜がくふの裏にメモすることにした。


「弦斗くんいるかな? 一応弦斗くんのも聞いておきたいんだけど――」

「弦斗! 待って!」


 律歌が入り口に向かって走っていくと、その先にはコントラバスを背負って今にもここを後にしようとしている、弦斗の姿があった。私も小走りで追っていく。


「もう帰るん?」

「……そうだけど」

「あっそ。おとに、弦斗のスマホの番号と家の番号教えてもいい?」

「いいよ」

「それだけ! ありがと!」

「……うん」


 会釈えしゃくだけして去っていく弦斗を見送ってから、「許可もらったから、これメモって」と連絡先が画面を見せてもらう。


「そういえば、琴音のは知ってる?」


 そうたずねながら、律歌はついでに琴音のも見せる。


「こっちゃんのは知ってる。一年の時だけ連絡網れんらくもうがあったから、それで」

「オッケー、じゃあうちから教えなくても大丈夫か。何かあったら、おとの家に電話かけるから」

「分かった」


 じゃあねと手をって、今日はここら辺で律歌とお別れをした。

 いやぁ、律歌がたのもしすぎる!


「律歌と何 話してた?」


 いきなり背後に志音が現れたのだ。


「うわぁびっくりした……! 律歌に家の電話番号聞かれたから教えただけ。もう帰っちゃったけど、弦斗くんのも教えてもらったよ」

「そっか。後で聞こうと思ってたからちょうどよかった」

「それこそ、志音は何してたの?」

「ちょっと残って、Cの分かんないところを先生に聞いてた」


 そうだ、そんなこと言ってたね。先週楽譜をわたされた時にちょっと質問したけど、いまいちよく分からなかったって。


 そんなこんなで私たちGROSKは、学区をもえて運命的でもあり奇跡きせき的な出会いをしたのだった。






 帰りはお父さんがむかえに来てくれた。

 おやつを食べたものの、お腹はペコペコ。家に帰ると、玄関げんかんまでカレーのにおいがしていて、私のお腹がぐぅと鳴った。


「すんごいお腹空いた」

「ねー、楽器くのは頭も体も使うからね」


と、経験者のお母さん。うん、めっちゃ分かる。

 一つのテーブルでそろってカレーライスを食べ始めると、お母さんがお決まりの言葉を言ってきた。


「今日のレッスンはどうだった?」

「それがね、いきなりなんだけど、五人でグループを組んで――」

「あっ、それさっきメールで来てたような」


 席から立ち上がり、お母さんはリビングのローテーブルに置いたスマートフォンを取りに行く。


「これこれ。『先日のアンケートの結果をもとに、小学六年生の中でいくつかグループを組ませてもらいました』だって」


 なんだ、メールで親にも知らされてたんだ。


 私たちの行く音楽教室には、生徒や保護者専用のウェブサイトがある。音楽教室からのお知らせや案内が来るだけでなく、こちらからも欠席の連絡や質問をすることができる。


「ついちょっと前まではお手紙か電話だったのに、便利な世の中になったわね」とお母さんはよく言っている。


「音葉と志音はだれと一緒になったの?」

「私と志音は一緒いっしょだよ。あとはこっちゃん。志音と同じクラスの」

「あっ、二人は一緒なの。こっちゃんって、あのピアノがうまい子?」

「そうそう」


 ここでようやくお父さんが話に入ってきた。


「卒業式で、在校生代表の歌で伴奏ばんそうしてたって言ってなかった?」

「そう、その子」

「そんな子と一緒なのか。二人とも足引っ張ってないかー?」


 冗談じょうだんっぽく冷やかしをするお父さんに、志音が「まだ分かんねぇよ」と首をる。


「今日は三十分くらいしかやってねぇから。……で、おれらは五人グループで、もう二人は他の学校のやつ。西小だってよ」


 私とお母さんで話が脱線だっせんしがちなところを、いつも志音が軌道きどう修正する役目なのだ。


「二人はサックスで、こっちゃんはピアノで、もう二人の楽器は?」


 指折り数えて、お母さんの左手は薬指と小指の二本が立っている。


「ドラムと……あと何だっけ、名前が出てこない」

「あれだろ、コントラバス」

「それそれ。バイオリンのでっかいやつ」


 ジャズ音楽が好きなお父さんは、口にカレーライスをほおばりながらうなずく。普段ふだんは楽器にあまりくわしくないが、ジャズで使われる楽器のことなら知っているらしい。


「じゃあ、サックス二本とピアノとコントラバスとドラムのグループなのね。ジャズバンドみたい」

「でしょ? 私もそう思った!」

「それじゃあ特に二人は重要で目立つね」


 にこやか、いや、にんまりな表情のお父さんとお母さん。

 自分でも分かってはいたが、お父さんからも『重要で目立つ』と言われてしまい、メロディーとしての責任を感じるのだった。

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