0.仮題:Nocturne No.20

前書き


 僕は今日死ぬつもりでいる。


 恐れなどは一つもない。初めから、いつか自分の手で人生の幕を下ろすことを決めていたからね。それがたまたま今日になるというだけの話だ。あらゆる事情が重なって、今日という日に決行することにしたのだ。


 この手記は僕が長年かけて記していた日記を編纂へんさんしたものだ。僕の思考がどうなっているのか、どんな半生を送ってきたのか、それくらいのことは分かってもらえるだろう。


 日記や随筆ではいささか退屈だろうと思ったから、本書は物語形式で書き進めた。

 とはいえ、僕は小説家ではない。子供にしては達観した表現があったり、習っていない言葉が使われていたりするのは、大人になった僕が編集したからだ。明らかに不自然な表現があるかもしれない。ここに詫びておこう。



 なぜ手記の編纂を思い立ったのか。

 それは――


 僕という人間が、この世界のある地点に存在する「粒」の一つとして、本当に自律して機能できているかどうかを確認するためだ。


 分かりやすく、分かりにくいことを言おう。



 僕を含む全ての人間が、と僕は思っている。


 「ある」者は僕の力では特定できなかった。一人ではないのかもしれない。


 ただ言えることは、僕たちが当たり前のように暮らしているこの「世界」は、他にも存在する。

 火星人や金星人といった話ではない。夢でも見たのかと思われるかもしれないが、僕はのだ。この話は本書の終盤に収録した。



 次に、今度は揺るぎない事実を一つ、明かしておこう。



 僕は犯罪者だ。


 それも、僕――索田さくた辰次郎しんじろうをそう仕立て上げたのは僕自身だ。僕は犯罪者になりたくてなっている。


 明日にも僕を捕らえようと考える警察らがこの屋敷へやって来るだろう。罪状はおそらく婦女誘拐および軟禁……それに人身売買といったところだろうか。

 残念だがそれは序の口だ。僕はもっと素晴らしいことに手を染めているから。


 人々は、僕を索田家の面汚しだとののしるだろう。索田家というのは名だたる名家だからね。


 だがそれこそが僕の思うつぼだ。

 僕は索田家が憎い。いつか索田家をおとしめてやろうと考えていたからこそ、憎くて仕方のない名字を名乗り続けていた。それがついに実を結ぶわけだ。


 ずっと楽しみにしていたことが、やっと実る。

 なんと心地よいのだろう。



 これを手にしたのが警察諸君だとしたら、この手記にくまなく目を通して何とか罪状を増やそうと考えるだろう。だが、僕の予想では今、この手記は警察の手元にない。

 僕の息子が――と僕が思っているだけだが――手にしているのではないかな。もっと言うと、最初に手にするのは不死川ふしかわはじめだろう。


 途中まではからね。



 これを息子とその周辺だけが読むのか、あるいは広く世に出るのかはまだ分からない。


 しかし大勢に読まれると仮定して、読者諸君には謎をいくつか残していく。それがどういう「答え」になるのか、考えてみてほしい。

 なに、難しいことではない。僕の感情はほとんどあらわにする――もちろん洗いざらいというわけにはいかないけど。君たちが首をひねる可能性があるのは、少しの暗号とロック解除の暗証番号、それから「この世界とは」という漠然とした問い程度だ。


 もちろん他にも多少の含みがあるが、特に前者二つなど、そう難しいものではない。常日頃から暗号に興味をもっている者であればすぐ分かってしまうだろう。

 しかしあまり詳しくないのであれば、調べずに前後から類推するのも手だ。「考える」というのは、そういうことだと思っている。何でも検索に頼るというのはあまりお勧めしない。



 後書きは死の直前にでも書くことにしよう。



 ――もしかしたら、僕の言う「他に存在する世界」の者たちが読むかもしれない。


 僕らの世界のおさらいから始めようか――




     索田 辰二郎




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編集者註:この手記へのルビは、自伝公開に先立ち担当編集者らが振りました

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