一、非日常とは隣人のこと

 ぼくは土曜日の朝というものが基本的に苦手である。

 金曜日の夜には学校から解放された喜びと、有意義な週末にしようという志を抱えて、ハワイアンキルト柄のカバーが掛かった布団を揉みしだきながら寝ついたはずなのだが、さて起きてみると何もないことに気付いてショックを受けるのだ。

 バイトも入っておらず、友達との約束はしてないし(※そもそも少ないという事を指摘してはいけない)、モールに繰り出して買いたいようなものも無く、ニューワイキキのダウンタウンやビーチエリアを散歩しようかと思うけれども観光客の人波のことを考えるとそれだけでうんざりしてしまう。

 かといって勉強にいそしむ気なんてさらさら起こらないし、ゲームに溺れようとしても上手くいかない。

 結局ぼんやりしたまま週末が終わり、徒労感に苛まれながらまた月曜日を迎えることになるのだ。

 だから僕は土曜日の朝に絶望する。

 無駄に楽し気な雰囲気を醸し出してくるからだ。

 と、そんな書き出しで日記を始めたのは、この土曜日は違ったということを言うためである。

 事の主役はやはりミスター・リチャードだった。

 そもそもこの日記は彼の奇行によっていつかヤバいことになったときの保険のためにつけているわけで――まあいいか。


 ニューハワイキ星政府は古代地球、具体的に言うと地球における二十一世紀ごろのハワイを再現することで観光客を呼び寄せてメシを食っているので、再現性を重視して律儀に地球風の二十四時間周期の七日間を「一週間」と決めている。

 ついでに学校も土日休みの週五日。

 どう考えても非効率的だけど、古代地球風の生活リズムと習慣を形成することで住民の思考回路の方も地球人化しようという、ある種の悪趣味なモデルケースらしい。

 汎銀河系には知性体が住んでいる百五十個もの惑星がある。

 それでも住民を観光の目玉にしよう、しかも生まれたときからそのために育てよう――という変な政策を打ち出しているのはニューハワイキくらいのものだろう。

 だけど、残念ながら子供は生まれる星を選ぶことは出来ないし、残念ながらニューハワイキは暮らすには良い星だ。

 一年を通じて暖かく、適度な日光と雄大な自然に恵まれ、呼吸補助器なしでヒト族が吸える大気があり、重力もほぼ1G。

 汎銀河系の外縁にある田舎惑星だけど、その気になればジャンプゲートを通じて数日で汎銀河系文明の大通りまで出て行くことが出来るし、敵対する異文化銀河が迫っているわけでもないのだから。

 政府はベーシックインカムや年金まで保証してくれてる。

 そこそこに働いて、そこそこに生きていれば飢えることはない。

 でも、あまりにも、なんというか、平凡な気がする。

 外の人たちから見れば楽園かもしれない。

 だけど僕には、内側で育った僕には、その良さがあまりわからないんだ。

 僕、ナンテン・J・Dは十七歳である。

 つまりヒト族にとっては最もうざったい日々を送っているあたりってことだ。

 例によって例に漏れず、古き良き地球の真似っこをしたニューハワイキ星の義務教育はヒト族の場合十三年に設定されている。

 飛び級する天才でなければ、十八歳でハイスクールを卒業し、大学に入るなり就職するなり他の星に出ていくなりするという計算だ。

 十七歳は、世間も知らんくせに人生の進路を選ばされる気鬱の頂点と言われる時期である(と僕は定める)。

 僕は何も決めていなかった。

 何をしたいか分からなかったし、観光業で成り立っているニューハワイキ星で観光客の相手をしながら楽しく生きていくには隠キャ過ぎ、大学に行くには学力と積極性がへなちょこで奨学金には手が届かないどころかそもそも入学自体できるか怪しい。

 とはいえまあ一年どこかでバイトして、小金を貯めるか資格を取るかしているうちに見えてくるものもあるだろう、とたかを括っていたのだった。

 ニューハワイキ星ではあくせくすることは奨励されない。

 古代地球のハワイ人っぽくないからって理由で。

 なのであくせくしないことも、ニューハワイキアン学生の立派な勤めなのである。

 アロハ!

 ……と言ってのらりくらりしていたある日、僕は学校から呼び出しを受けた。

 データパッドに浮かんだ着信のポップアップをタップすると、板状のデータパッドは自動的に滑らかに変形してボウル状のホログラフィック投影モードに切り替わり、その底から僕が最も見たくない先生の姿を出力する。

 ベッドに寝そべっていた僕は世界記録並みのスピードで立ち上がり、AIに指示して部屋をプライバシー保護モードに設定させ、先生に向かって愛想笑いをしてみせた。

「ハイ!」

 僕の努力は実を結び、先生のホログラフィックが冷たい視線でこちらを見据える。

 ヒト族の醸し出せる冷たさの最高峰に位置していることは間違いない。

 その冷たさたるや、ニューマウナケア山の火口が凍り付きそうだ。

 ビビり散らした僕はごそごそと背筋を伸ばす。

「ナンテン・J・D」

「はい」

「あなたの今後の学生生活について、相談をしなくてはなりません」

「相談」

「深刻な相談です。とても」

 そこで僕の最大の難敵である進路相談担当、ミズ・ケイトリン・モーニングは黒縁眼鏡をすっと押し上げた。

 この仕草によってケイトリン先生は生徒に対し、「お前の単位を人質に取っている」もしくは「卒業したければ言う事を聞け親が泣いているぞ」ないし「黙れ小僧」という複数の威嚇的メッセージを簡潔に伝えることを主な仕事にしている。

 風の噂では<古代地球の教師像を顕著に表現している模範的態度>という項目でハワイキアン政府からボーナスをもらっている猛者だと聞く。

 そのケイトリン先生の風格の前では僕がハワイ風学生のだらだら感を装ったところでハリボテに等しく、落ちてぺしゃんこになってしくしく燃え始めるランタンフェスティバルの墜落ランタンよりなお早く、単にだらけたかっただけですという貧弱な骨格を剥かれて廃棄される運命なのだった。

 要するに抵抗は無駄ということ。

 先生は単刀直入にこう切り出した。

「このままではあなたは落第です。ナンテン・J・D」

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