銀華ひとひら~『銀の華』短編集~

長月そら葉

銀の華の物語―1

リン─1 家族が増える

 ユキの存在を知ったのは、リンがまだ幼い頃のことだ。五歳になり、物心がつき始めた少年には、その知らせは大きなものだった。

「おれに、おとうとができるの?」

「そうよ、リン。ふふっ、楽しみね」

 母ホノカは、そう言って優しく微笑んだ。

 ふんわりと柔らかい雰囲気を漂わせるホノカは、大きくなってきた自分のお腹を撫でた。そこに弟が入っていると説明されても、幼いリンにはわからない。

 ただ、温かいと思った。


 それからしばらくして、ユキが生まれた。わんわんと泣きわめくかと思えば、途端に静かに寝息をたてる。

 ホノカはユキに付きっきりになり、リンは一人で過ごす時間が増えていった。

 父ドゥラは仕事で忙しく、あまり自宅に帰ってこない。仕事場は家の近くだが、いつも忙しそうに走り回っているから声をかけづらい。

「おや、リン。一人?」

「ジェイスさん」

 リンは子供部屋の隅で数冊の本を床に重ね、読書にいそしんでいた。そこへ、彼より年上の少年が顔を出した。

 ジェイスは、生まれてすぐに森で捨てられていたところをリンの父に拾われた。兄弟に近い感覚で共に成長してきた、リンにとって兄のような人だ。

 リンが積んでいる本の一冊を手に取り、パラッとめくる。兄弟の兎が主人公の小さな冒険物語だ。少し分厚いが挿し絵の多い、十代向けの書籍である。

 ジェイスは、いなくなった弟兎を探すために兄兎が巣穴を出る場面で本を閉じた。

「弟、できてどうだい?」

「……わかんない」

 兄のような人に尋ねられ、リンは正直な気持ちを口にした。弟ができるのは嬉しかったはずなのに、今では少し疎ましく思っている時がある。

 母の様子を見ると、そんなことを思ってはいけないのだろうと感じる。だから、口にすることはない。

 幸い、リンは物心つく頃にはあまり積極的には喋らない寡黙な子どもに育っていた。周りはリンがそういう性格だと知っているためか、一人で過ごしていても何か言う人はいない。

 しかし、ジェイスは違う。リンが本当は寂しがり屋な面を持ち、誰よりも優しい性格をしているのだと知っている。

「リン、少し遊びに行こうよ」

 だから、自分が連れ出すのだ。ジェイスは兄としての自分の役割を、この頃には既に自覚していたのかもしれない。

 リンは少し躊躇したが、ジェイスの差し出した手を握った。

 彼らが出掛けた先は、リドアス近くの広場だった。森に近いその場所は、アラストに住む子どもたちの代表的な遊び場の一つでもある。

 ジェイスは、持ってきた手のひらサイズのボールをリンに投げる。慌ててそれを捕まえたリンは、ジェイスに投げ返した。

 ただ、ボールを投げて投げ返すだけの単純な遊び。それだけの遊びだが、いつしかリンは夢中になっていた。

「なあ、リン」

「なに?」

 何度目かわからないほどボールを投げた後、ジェイスはふっと微笑んだ。

「わたしは、リンが生まれた時嬉しかった」

「!」

 思わずボールを取り落としたリンに、ジェイスは「でも」と言葉を続ける。

「同時に寂しかった。ドゥラさんもホノカさんも、リンにかかりきりになったから。わたしは銀の華の人たちと遊ぶか、一人で過ごすかしかなかったから」

「……いまのおれと、同じ」

 リンと四歳離れているジェイスは、現在九歳。去年『日本』の小学校に入学し、同い年の克臣かつおみという友人も出来た。

 克臣はソディールの存在を知っていて、リンとも何度か遊んだことがある。何でも楽しんでしまう明るく社交的な性格で、人見知りのリンもいつの間にか緊張せずに話せるようになっていた。

 しかし、リンが生まれた当時のジェイスはまだ四歳。克臣という親友もいなければ、拾われた子であったために知り合いもいなかった。

 ジェイスは毎日寂しさを募らせていたのかもしれない、リンはそう思うといたたまれない気持ちになる。そう思って俯くリンに、ジェイスはくすっと笑ってみせた。

「でも、リンの世話を一部任されて、少しずつ成長していくリンを見ていたら、いつの間にか寂しくなくなった。……きっと、リンにもわかるよ」

「そう、なの……?」

「うん、そう」

 確実だと頷くジェイスを見上げ、リンは不器用に笑った。

「じゃあ、それまではがんばる」

「うん。わたしも克臣もいるし、リンは独りじゃないからね?」

 兄のような人からのエールは、リンの心に温かなものを投げていった。


 ユキが生まれてから一年が経った。

 リンは今日も、弟が何処かに行ってしまわないようにと見張り兼遊び相手を務めていた。少しずつ歩けるようになり、それが楽しいのか何処にでも行こうとするのだ。

「あ、こら。そっちにいったらだめだって」

 六歳になったリンがユキを後ろから抱くように止めると、ユキは抵抗したいのか「あぁっ」と文句を言う。しかし、それに簡単に応じるわけにはいかない。

「ほら、ごはんたべにいこう」

「う~」

 リンがユキの手を引いてやって来たのは、自宅の居間。既にキッチンに立っているホノカの背を見ながら、二人はテーブルにつく。

 ジェイスの姿がなかったが、今は小学校で給食を食べている頃だろうか。

「二人で遊んでたのか、リン」

「お父さん」

 先に席についていたのは、久し振りに家で昼食を食べるドゥラだ。ドゥラはユキを抱き上げて膝に乗せ、にこにことしている。

 一仕事終えたリンは、その隣の椅子に腰かけた。そしてホノカが前に座るのを見計らい、手を合わせて「いただきます」と口にする。

 今日の昼食は、ホノカ特製のフレンチトーストとサラダだ。甘いハチミツをたっぷりとかけ、リンは口の中を甘いものでいっぱいにした。

「なあ、リン」

「何、お父さん?」

 ごくんと口の中のものを飲み込み、リンは首を傾げた。するとドゥラがニヤッと笑う。

「明日はジェイスも休みだ。みんなで、久し振りに遊びに行かないか? 丁度、移動遊園地がアラストの近くに来ていると文里ふみさとに聞いたんだ」

「遊園地! 行きたい」

 目をキラキラとさせたリンに、ドゥラは何度も頷く。

「最近全然構ってやれなかったからな。ジェイスに克臣も誘うように言っておこう。ホノカはどうする?」

 ドゥラが尋ねると、ユキのご飯を作っていたホノカが振り返って微笑む。

「わたしもご一緒して良いんですか?」

「当然だろう。俺もユキを見るから、少し楽しまないかな?」

「……是非。ふふっ、楽しみね」

「うんっ」

 普段は見せない子どもらしい無邪気な顔をして、リンは嬉しそうな顔をしてサラダも空にしてしまった。

 夕方帰宅したジェイスにも伝え、克臣を誘ってくれることになった。それから、ジェイスの宿題を横で見て、ベッドに入り込む。

「……明日は、みんなで遊園地か」

 ユキのことを、ホノカやドゥラに任せきりにするわけにはいかない。自分とジェイス、克臣も手伝わなければ。

 睡魔に襲われながらも楽しいことを考えながら、眠りに落ちていく。

 そこにいたのは、去年の弟を若干羨ましがるリンではない。すっかり兄の顔をして、一つ大きく成長した少年の姿があった。


 ────


《用語解説》

 リン…本編『銀の華』主人公。このお話では幼少期。


 ユキ…リンの弟。


 ジェイス…生まれてすぐ放置され、ドゥラに拾われた少年。


 ドゥラ…リンとユキの父親。自警団・銀の華の団長。


 ホノカ…リンとユキの母親。


 銀の華…ソディールという世界に存在する自警団。



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