第三話

 また水曜日。ぼーっと一週間過ごしていたはずなのに、もう図書館に来る日かと思うとあっという間だ。勿論、一週間が薄すぎて何があったかも覚えていないのだが。


これぞ青春の無駄遣い。

 いつも通り読み終えた本を返却し文庫コーナーへ向かう。

最近のお気に入りは森絵都さんの「カラフル」だ。


昔からの癖で気に入った本は何回も繰り返し読む癖があり図書館で4回借りた後、ついに本屋で新刊を手に入れた。


 こんなこと言うと変人呼ばわりされるかもしれないが、私は新しい本より長年読み返されページがくたくたになった本の方が好きだ。


ピンと背筋を伸ばすように本棚に並んでいる新冊も

嫌いではないが、自分の手によって幾度となくめくられたページはよく手に馴染む。すとんと自分の手に収まり、それは私に膨大な安心感を与えてくれる。


あくまで“気分”の問題なのだが。


 私はお気に入りの「カラフル」と新しく借りた文庫本2冊を抱えてテラスへ向かった。


 今日は心が疲れた。

歴史の授業で戦時中のことを習った。

今でも思い出すと胸がぎゅっと締め付けられる。


授業の内容は私たちと同年代の若者が兵として出兵した話や、

空襲の話など痛々しい内容ばかりで

私は涙を堪えるのに必死でノートもあまり取れなかった。



これもHSPの特性で異常に感受性が高い。

日常生活にはそこまで支障はないが、テレビで感動する映画などを見るときは

どうしても大量のハンカチがいる。

堪えようと思っても条件反射のように涙が溢れる。

自分の気持ちを抑えるのは精神的にも疲れる。


だから今日は、短編集を手に取った。

流石に長編を疲れた状態で読む勇気も余力もわたしには無かった。



 テラスには先客がちらほら。

その中に一際オーラを放つ青年がいた。

(黒川だ…しかもよりによって私のお気に入りの席に)


私のお気に入りの席は直接日は当たらないが、

眺めが良く空が一番綺麗に見渡せる。


隣に座るのは、色々な意味で気が引けるので仕方なく私は

一つ席を空けて近くのソファに腰を下ろした。


そのまま短編集を開こうと思ったが同じクラスにも関わらず、

挨拶をしないのも変かと思い私は「どうも」と小声で一言かけた。

そうすると彼も小さく会釈をしたので私は短編集を開こうとした。



しかし彼は突然話しかけてきた。

「体調、もう平気なんですか」

(へ!?私いつこの人に体調悪いって言った?)


「え、あのどうして私が体調悪いって、」

「今日の日本史、明らかに顔色に悪かったから、体調悪いのかと思って。

若干涙目だったし」

(ええ、ばれてたんだー…うまく隠してたつもりだったのに)

「ああ、ちょっと頭痛くて。でも今は大丈夫です」

私は適当に嘘をついてにこっとした。


「今嘘つきました?嘘をつく時って左の口角が上がるんですよ」

またしてもばれた…なんか私この人苦手かも。でも悪い人ではない気がする。

きっと無愛想なだけ。

(この人なら…わかってくれるかな)

「すいません、嘘つきました。本当はなんか悲しくて、うまく息が吸えなくて、

なんかこう胸が苦しくなって」


「なんで保健室に行けなかったんですか」

(あ、この人ちゃんと分かってくれた。

行かなかった、じゃなくて、行けなかったって言った)


私は心を決めて恐る恐る口を開いた

「…私、HSPっていう特性?みたいなのがあって、感受性が高かったり、敏感だったり、何かと生きづらいんです。だから、人とは関わらないって決めてて、それで頼れる人もいないし、この事もバレたくなかったんで…」

消え入りそうな声で私は告白した。


「そっか」

って、え?それだけ?

こっちは人生最大のカミングアウトをしたっていうのに、反応薄くない?

なんか、気まずすぎていたたまれなくなる。



「…俺、もうすぐ目が見えなくなるんだ」

「え?」

「網膜色素変性症っていう病気で、本当はもっと大人になってからなる病気で、

でも俺は生まれてすぐ発症したからその分進行も、見えなくなるのも早い」


私は声が出なかった。こんな話聞いた事なかった。多分クラスの誰も知らない。

もしかして私がカミングアウトしたのを自分も返してくれたのかな。

もっと冷たい人なのかと思っていたけれど、本当は違うのかもしれない。

うまく言葉にできないけれど、暖かい。隣にいると、妙に落ち着く感じ。

この人は本当は優しいのに、なんで神様はこんな病気を背負わせたんだろう。


私は溢れる涙を抑えきれなかった。

それを見た彼は、少し困ったような表情をした後、

薄く笑って私の頭にぽんっと手を置き、

「重たい話苦手なのにこんな話してごめんな。」と言った。

その表情から、なぜか私は目が離せなかった。


 その後、結局短編集を読む気にはなれず、彼とはそこで別れた。

彼はそのまま読んでいた本を再び開いていた。

私は寝る前にベッドに寝転び今日のことを思い返していた。

何故初めて喋った彼に今までひた隠しにしてきたHSPのことを話す気になったのか。それが不思議でならない。でも嫌な気はしない。

なぜなら、私が少しうわずった声でカミングアウトした時も彼は真剣な顔で私の話を聞いていた。



(もしかしたら、彼とは分かり合えるかもしれない…)

と、そこまで考えたところで私は頭をぶんぶんと振った。

ない、クラスの妖精とモブの私が仲良くするなんて不可能だ。

でも少し寂しい気もする。

(そういえば家族意外とこんなに喋ったの久しぶりかも…)

今日の私の心の中は、心なしか少し明るい気がした。


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