番外編 ランファのスキル―前編

 王立学院の授業が始まると、当然のことながら黒猫ルナはサクラコと別行動になる。この間、彼は王立学園内をお散歩するかたわら、情報収集するのが日課となっていた。


 トレミィ講堂の近くを歩いているときだった。


 黒猫ルナは、ふと、今日の晩御飯のリクエストを思い付いた。

 尻尾をふりふり、とてててっと駆けてレネン宮殿へ戻った。


 きょろきょろと、ランファの姿を探す。


 ランファは、洗濯物を抱えてサクラコの部屋へと向かっていた。


「ランファ」


「あら、ルナ様お早いお戻りですね」


 足元に駆け寄ってきた黒猫ルナを見て、ランファは瞬きした。


「晩御飯のリクエストをしてもいい?」


 その言葉に、彼女はふふっと笑みを溢す。


「何なりと」


 黒猫ルナのリクエストは、イロトリ鳥のソテー。

 イロトリ鳥は、キジ科の鳥で極彩色の美しい羽が特徴である。シュテルンフューゲル郊外に広がる森に生息するという。


「あの森ですか?」


 ランファは、しばらく宙を見上げながら何やら思案する。

 そして、目をキラキラさせてルナに言った。


「今から行けば、姫様のお迎えには間に合いますね。最近、お屋敷内のお仕事ばかりで身体が鈍っていたのです。行きましょう!」


 早速、ランファは洗濯物片付け、自室で狩猟ガール姿に着替えてルナの前に現れた。

 森へ入って獲物を狩り、その足でサクラコを迎えに行く予定だ。


 ディランとレベッカに用件を伝えると、ランファはルナを抱っこして森へ向かった。

 ランファが喜び勇んで、駆けていく。


 レベッカは、遠ざかっていくランファの背中を眺めていた。

 そして、


「ネコ要ります?」


 と首を傾げている。普段よりキラキラと輝いているランファの姿に、ディランも瞬きをしながら彼女の背中を見送った。


 レネン宮殿から走って(身体強化魔法使用)20分ほどいくと、お目当ての森に辿り着いた。


「はりきりすぎじゃない?」


 ルナは肩で息をするランファを見上げて言った。


「大丈夫です。まだ、魔力には余裕ありますから。さ、行きましょう!」


 森のなかへ入っていく狩猟ガールと黒猫。

 イロトリ鳥は、森のなかのやや開けた場所に現れることが多い。

 ランファによれば、森の入口から15分ほど分け入った場所に大きな池があり、その周辺の草むらがポイントらしい。


 ひんやりと薄暗い森のなかを分け入っていく。

 しばらく行くと、大きな池が見えてきた。


「この辺りですね」


 ランファはあたりを見回して言った。


「いたよ! アレじゃない?」


 ルナの視線の先で、極彩色の大きな鳥が地面を啄んでいる。


 ランファは、すぐに矢を番えて弓を構えた。

 風切り音とともに獲物へと向かう矢。


 幸先良く、一羽のイロトリ鳥を仕留めた。


 ランファは持ってきた道具で、イロトリ鳥の簡単な下処理を始める。

 鳥は、肉の鮮度がすぐに落ちる。素早く腸を抜かないと、せっかくの肉に臭みがついてしまうのだ。あとの解体は、宮殿で料理人たちがしてくれるだろう。


「もう一羽ほど、狩ってから宮殿へ戻りましょう」


 ランファと黒猫ルナは、池のほとりを慎重に歩いていく。


 すると、茂みのなかから三頭の狼が躍り出てきた。


「魔狼ではないね。ふつうの狼みたい」


 ランファの足元にいたルナが、狼たちを見ながら言った。彼はランファの前に出て、狼たちを威嚇した。


 尻尾をぴんと立て、全身の毛を逆立ててフシャアッ!と声を上げるルナ。

 彼なら、狼の三頭くらい瞬殺できる。


 しかし彼の強さや魔力量など推し量ることができない狼たちは、目の前の小さなネコを完全にナメきっていた。


 狼たちは唸り声を上げて、ルナたちを睨んでいる。


「ルナさまっ!」


 その声にルナが振り向くと、先頭の狼が今にも飛び掛かる態勢になった。


 ランファは、狼たちに対し斜に構えている。

 そして膝を曲げたまま片足を上げると、手をピストルのような形にした。

 指先は狼たちに向けられている。


 そのスキルは、以前、ランファが黒猫ルナにバラされそうになり、必死に止めたアノ「恥ずかしい名前のスキル」だった(第1章第8話参照)。


「アナタのハートに直撃よ💖クピドアロー!」


 スキルを発動させるための詠唱のようだ。


 ピストルの形にしたランファの指先から、ピンク色の魔力の矢が射出された。先端には、ハート型の鏃がついている。


 矢は一直線に狼たちへと向かって飛んでいく。

 しかし、スキル発動前のモーションが大きかったからだろう。狼たちは、軌道を予想していたかのように矢をひらりと回避した……ハズだった。


追尾ホーミング!?」


 ルナは思わず声を上げた。


 ピンク色の矢が回避行動をとった狼の背からその心臓を貫く。

 バリリッ! と音を立て、狼の全身を雷撃が襲う。


 矢を受けた狼の身体がビクンと跳ねて、そのまま地面に崩れ落ちた。


 その様子を、ルナはちょこんと座って見ている。


「おおぅ、すごいね」


 そしてランファは、次々飛び掛かってくる狼たちに向かって「アナタのハートに直撃よ💖クピドアロー!」「アナタのハートに直撃よ💖クピドアロー!」と魔力の矢を連射。


 見事、三頭の狼たちを討ち果たした。


「ルナさま、お怪我はありませんか?」


 ランファは、ルナの下へ駆け寄った。


「うん。ありがと。それにしても凄い攻撃スキルだね。百発百中だ」


「ありがとうございます」


 ランファが嬉しそうに笑みを見せる。


「でもさ、アノ詠唱とポーズ、要る?」


 ルナは、地雷を踏んでしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る