第13話 讒言する護衛騎士

 アレクサンダーとフレイアから向けられる殺意、敵意の視線。


 どうしてそんな視線を向けるのか。ふたりに聞けば「自分のしたことを胸に手を当てて、よく考えてみろ」というようなことを言われたサクラコ。


 一応、胸に手を当ててみた。けれども、思い当たるフシがある筈もない。笑顔を崩さず説明を求めるほかなかった。


 そんな三人のやりとりに、サクラコの側に立っていた彼女の護衛騎士ディランが割って入ってきた。


「クラス分け発表があった日の夜に、カレン様がバンブスガルテンで襲撃されたことを言っているのでしょう」


 サクラコはディランの方に顔を向けた後、大きく目を見開いてアレクサンダー達の方を見た。

 そして彼女は、テーブルに身を乗り出してふたりに尋ねた。


「カレンが……、カレンが襲撃された!? そうなのですか?」


 サクラコの若葉色の瞳が、心配そうに揺れている。


 「はい」と頷くアレクサンダー。冷たい表情でサクラコを睨んでいた。


 そしてアレクサンダーとフレイアを見下ろしながら、ディランは口角を上げてさらに話を続けた。


「王立学院の学生達を中心に『サクラコ様がセキレイの聖女に嫉妬して襲撃した』という噂があるそうです。このふたりは、サクラコ様を疑っているのではありませんか? ああ、それからサクラコ様に報復しようと企む過激な学生もいるとか」


「なっ、馬鹿な! そのようなことは……」


 まるで、セキレイが王族に叛意を持っているかのような話しぶりである。

 アレクサンダーとフレイアが、サクラコを疑っているのは確かだ。しかし、「報復」などという王族に刃を向けるような動きがあることは知らない。彼らも、そんなつもりは毛頭ない。 


 ディランの言葉に、アレクサンダーとフレイアは顔色を失った。


 ディランの言葉を聞いたサクラコは、ゆらりと彼の前歩み出た。俯き加減に立つ彼女の表情は、ディランからは見えていない。


 サクラコが座っていた椅子の側では、黒猫ルナがこしこしと顔を洗っている。


 ただならぬ空気を纏い、ディランの前に立つサクラコ。その場にいた者達は皆、その姿に戦慄さえ覚えた。


「ディラン。もう一度いいかしら? わたしがカレンに嫉妬? わたしがカレンを殺そうとした? セキレイの学生たちが、わたしに報復?」


 ゆっくりと顔を上げてディランに視線を向けたサクラコ。背筋の凍るような笑みを浮かべて彼に尋ねる。


 カレンを襲撃したなど彼女にとっては、とんでもない濡れ衣である。しかしそれ以上に、聞き流すことができない話があった。セキレイの学生が、王女である自分に筋違いの報復をするというものだ。


 セキレイに叛意ありとみなされて、カレンが言われなき罪を着せられるかもしれないからだ。


 驚愕の表情のディランは、ピクリとも動けなかった。サクラコを見下ろしながら、顔に冷や汗を浮かべている。


「……」


 サクラコは笑みを浮かべたまま、ディランの隣に控えていたランファに視線を移した。


「ねぇ、ランファ。貴女は、いまの話を知ってた?」


「いいえ。存じ上げません」


 ランファは、ゆっくり首を振る。


「えぇ、わたしも初耳だわ。ディラン、なぜ貴方が知っているの?」


 サクラコは静かにそう言って、笑みを深めた。


 そもそも、彼はその情報を一体いつ、どこから、どのようにして得たのか? 


 彼が護衛騎士としてサクラコの下に来てから二年になる。しかしこれまで、彼は自分が得た情報をサクラコやランファに話したことはない。


 なぜ今この場で、セキレイに叛意があるともとれるような話をサクラコの耳に入れるのか? 


 ふたりをここで拘束して、尋問させようとしているのか?


 そんなことをすれば、自分とカレンの関係は最悪の状態になるだろう。

 この護衛騎士は、カレンとサクラコの間を引き裂くつもりなのだろうか?

 そんなことをして、どうするつもりなのだろうか?

 カレンを陥れたいのだろうか? 


 どんな目的があるのか知らない。


 いずれにしても、悪意がなければ彼の口から出ることはなかった情報だろう。


 しかしディランは、サクラコの問いには答えない。

 ただ「も、申し訳ございません」と言って跪いただけである。


 ディランを表情のない顔で見下ろしながら、サクラコは彼に言い聞かせた。


「貴方の主はわたし。貴方の判断で情報を制限したり操作したりすることは許さない。いいわね?」


「……かしこまりました」


 そんな主従のやり取りに、アレクサンダーとフレイアは怖気立った表情を浮かべて固まっていた。


 サクラコは席につかず、ランファの側を通って窓の前に立った。アレクサンダー達からは、彼女の背中がみえるだけだ。サクラコは、小さな肩を震わせながら俯いた。

 

「カレンに……怪我は?」


 震える声を抑えるようにしてサクラコは、そう尋ねた。


「幸い、大きな怪我はありませんでした」


 さきほど目の前で起きた光景に、アレクサンダーは思考停止していた。サクラコの声に、はっと我に返って答えた。


「なぜ、バンブスガルテンに?」


 サクラコが尋ねると、やや遅れてフレイアも我に返った。


「にゅ、入学式の日に、サクラコ様から届いたお茶会の招待状にそうあったのです」


 サクラコの背中を見ながら、少し慌てたようにフレイアは答えた。


 身に覚えのない事実を聞いて、サクラコは振り返った。その瞳に涙を浮かべている。


「入学式の日!? わたしからカレンに、お茶会の招待状が届いたというのですか?」


「……はい」


 フレイアがそう答えると、サクラコはまたふたりに背中を見せた。

 爪が食い込むほど、強く拳を握っている。

 そして、声を震わせながら「許さない。カレンを襲うなんて……」と呟いた。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 ガシャン!

 バリン!


 陶器製の花瓶や皿が割れる音がした。

 アレクサンダーとフレイアは、立ち止まって振り返った。サクラコの部屋から聞こえてきたようだ。


 ふたりは宮殿の門の外まで、レベッカに案内された。


 宮殿の門を出て、ふたりはシュテルンフューゲルの大通りをしばらく無言で歩く。

 さきに口を開いたのはフレイアだった。


「なんか、凄いモノ見ちゃったわね」


「気性の激しい方なのは確かですね」


「……ねぇ、アレクサンダー。あたしの勘だけど、サクラコ様は襲撃に関わっていないんじゃないかしら」


 頬に手を当ててフレアが尋ねると、アレクサンダーは頷いた。


「確かに先ほどのあの振舞からは、襲撃を企んでいたようには思えませんね。流れている噂についても、むしろカレン様をはじめセキレイを庇って下さったように見えました」


 そう言って、彼はレネン宮殿の方を振り返った。

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