第11話 黒髪アフロのクラスメイト――サクラコ視点

 カレンがバンブスガルテンで襲撃された頃、サクラコは……。

 

 🐈🐈🐈🐈🐈

 

 わたしは、サクラコ。

 ヴィラドスト王国国王ジェイムズとメアリの娘です。


 今日はクラス分け発表があって、さきほどレネン宮殿に戻ったところ。 


 クラス分け発表の結果には、とても納得はできなかった。けれど、いつまでもそのことにこだわっているわけにもいかない。


 カレンを招いてお茶会をするのなら、予定のすり合わせだって必要だ。いまのうちに側仕のふたりにも話をしておかなくては。


 わたしは、夕食後、ランファとレベッカを呼んで相談することにした。


「セキレイ領のカレン・ブラントを、この宮殿に招待してお茶会をしたいの。どうかしら?」


「そうですねぇ、来週以降なら、先方も予定が立つのではありませんか? 入学したばかりで、まだ準備も必要でしょう」


 少し考えるように頬に手を当てて、ほんわりとした口調でレベッカが答えた。ランファも頷いている。来週以降でカレンの都合のいい日ということにすれば、彼女も気が楽だと思う。


「ありがとう。わたし、カレンに招待状を書いてくる」


 わたしは、自室でカレンにお茶会の招待状をしたためる。ルナが机の上にひょいと飛び乗り、隣で覗き込むようにしてその様子を見ていた。


 時折、宙を見ながら、わたしはペンを走らせた。


「貴女のことは、王立学院に入学する前からお兄様や側仕たちから聞き及んでいました……」


 と文面を口ずさみながら。


「『わたくしは、残念ながらクラス分けテストの成績が振るわず貴女と同じクラスにはなりませんでした。……お茶会でお会いできるのを楽しみにしています』と。これでいいかしら?」


 そう言って、わたしはルナの方を見た。なんだか自然と笑みが零れてしまう。


「キミの素直な気持ちが出ていて、いいと思うよ」


 ルナは、そう言ってくれた。


 お手紙を丁寧に折り畳んで、ピンクのリボンで結ぶ。そして桜を象った紋章のシーリングスタンプで封蝋した。この紋章は、わたし専用のものだ。王立学院に入学するさい、自分専用の紋章入りスタンプを職人に作ってもらった。


 そして、わたしの紋章が彫り込まれた木製の箱に封蝋したお手紙を入れる。


「うんっ、これでいいわね」


 わたしは、招待状を書き終えると自室から出た。


 するとランファが、


「では、セキレイのカレン様に招待状をお届けいたしましょう」


 と申し出てくれた。いつもなら、きっとランファにお願いしたと思う。

 でも、今回だけは特別。ちょっと思い入れがある。


「ううん。わたしが直接カレンに渡したいの。いいかしら?」


 すると、ランファは頬に手をあてて宙を見た。


「……本来なら、側仕か護衛騎士を通した方がよろしいのですけれど……、王立学院にカレン様の側仕見習いか護衛騎士見習いは、いらっしゃいませんか?」


「いるわ」


 護衛騎士見習いのアレクサンダーさまがいる。そういえば、彼はどのクラスになったのかしら? 


「では、その方がいらっしゃるときに、お渡しすればよろしいでしょう」


 カレンがアレクサンダーさまと一緒にいるときに、招待状を渡せばいいみたい。


 🐈🐈🐈🐈🐈


 ついに講義開始日が来た。

 わたしはルナと別れて校舎に入り、自分のクラスへ向かう。そして、教室ごとに掲げられた標識を見ながら、自分のクラスを探して赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いた。


「一〇組、一〇組は……、ここね」


 教室に入ると、すでに一五人ほどの学生が席についていた。黙って着席している子もいるけれど、本を読んだり、お隣同士でおしゃべりしたりしている子もいる。


「みなさま、ごきげんよう」


 わたしは、教室にいる学生たちに挨拶した。

 みんなの視線が、一斉にわたしに集まる。教室内が騒めいた。

 わたしの姿を見た学生たちが、


「えっ、サクラコ様!?」


「ど、どうして?」


「王様にお願いして、一組になったんじゃないの!?」


 などと口々に話している。


 ……さすがに、お父様のお力を借りるほど、図々しくありません。


 クラス分け発表のことで、なんだか酷い噂が流れているらしい。

 けれど、わたしはそんな声など気にせず、王族スマイルを振りまいた。


「あらっ!? あの方は……」


 後ろの座席に、見覚えのある黒い髪の男の子が座っている。


 入学式でカレンの隣にいた黒髪アフロの男の子。

 彼の野性的な髪型と黒曜石を嵌め込んだような瞳に、なんだかきゅんとした。


 わたしの王族スマイルは、いつの間にか剥がれ落ち、満面の笑みになっていた。


「アレクサンダーさま!」


 手を振って彼に呼びかけた。


 突然わたしに呼ばれたからなのか、アレクサンダーさまは驚いた表情になっている。

 そして、座ったまま軽く会釈して、そっと視線を逸らしていた。


 わたしは嬉しくて、アレクサンダーさまの方へと駆け寄った。

 彼がわたしと同じクラスだったなんて知らなかった。クラス発表のときに知っていたら、校長室であんな思いをすることもなかったのにっ! 今日まで、ドキドキワクワクして過ごせたはずだ。


「アレクサンダーさま。ご一緒のクラスだったのですね!」


「え、ええ、まぁ……」


 アレクサンダーさまは、上目遣いでわたしを見ながらそう答えた。


「よろしくお願いいたします」


 わたしは笑顔で彼にお辞儀する。


「こちらこそ」


 アレクサンダーさまの隣の席が空いている。思い切って尋ねてみた。


「お隣の席、よろしいかしら?」


「……ええ、どうぞ」


 やったー!


 いそいそと、わたしは彼のお隣の席に座る。そして教卓の方に顔を向けながら、時折、視線をアレクサンダーさまの方にちらちらと動かした。


「……」


「……」


 けれど、アレクサンダーさまは教卓の方を見たまま動かない。困ったわ。なにか良い話題はないかしら? あ、そうだ!


「あ、そうそう。お茶……」


 お茶会のことを話しておこうと声をかけた瞬間、彼はがたっと立ち上がりどこかへ去って行ってしまった。わたしは、その背中を見送るしかなかった。


「……シャイな方だったのね」


 しばらくすると、アレクサンダーさまが戻って来た。彼が椅子に腰かけると、始業のチャイムが鳴った。


「このクラスの担任は、どなたかしら?」


 と、わたしはアレクサンダーさまに話しかけてみる。


 けれど、彼は顔を前に向けたまま、視線だけをわたしに向けて答えた。


「……知りませんね」


 そして教室に入ってきたのは、なんと、あのケトラー校長。

 わたしは、思わず息を呑んだ。


「皆さん、ごきげんよう。このクラスの担任となりましたジークフリート・ケトラーです。よろしくお願いいたします」


「……」


 どどど、どういうこと!? 執念深いにもほどあるわ。

 入学式のことを、まだ根に持っているのかしら?


 今日は授業らしい授業はなく、オリエンテーションということだった。

 担任の教師を先頭に、ぞろぞろと新入生たちがそれについて行く。図書館の場所や、実験室、武道場、食堂などを見て回った。


 本日の授業がすべて終わり後片付けをしていると、貴族の子たちが挨拶に来た。わたしは、王族スマイルで彼らに応対する。


 隣の席のアレクサンダーさまは、すでにいなくなっていた。きっと、カレンのところへ向かったのだと思う。


 貴族の子たちへの挨拶を終えると、わたしは一組の教室へと向かった。

 はやる気持ちを抑えて、早足でも優雅に歩く。


 一組の教室に近づくと、ちょうどカレンが出てくるのが見えた。アレクサンダーさまも、教室の前で彼女を待っていたようだ。


「カレン、カレン・ブラント!」


 わたしは、彼女に声をかけた。カレンとアレクサンダーさまが、わたしの方に顔を向ける。


 すぐにアレクサンダーさまが、カレンを護るようにして彼女の前に立った。どういうわけか、わたしを睨んでいた。


「?」


 彼の表情を見たわたしは、足を止めた。

 そんなふうに睨まれるようなことを、わたしはしたかしら? わたしは教室で、そんなに彼の気分を害するようなことをしたのかしら?

 わからなかった。


「どのようなご用件でしょうか?」


 カレンはカレンで、感情を排した顔でわたしを見ている。「聖女」でも、こんな顔ができるのかとびっくりした。


 わたしは、歩みを進めて彼女の前に立った。カレンのサファイアブルーの瞳には、何の感情も浮かんでいない。

 わたしがお茶会に誘いたかったのは、本当にこの子だったのかしら。

 首を傾げたくなるほど別人に見えた。


「先だってお話していたお茶会の件です。こちらが招待状です」


 そう言って、わたしは招待状の入った木製の箱をカレンに差し出す。


 カレンとアレクサンダーさまは、顔を見合わせていた。


 そこで、ふたりが顔を見合わせる理由もよく分からない。わたしは、そんなにオカシなことをしたかしら?


 わたしは小さく首を傾げる。


 そんなわたしの仕草に気が付いたのか、ふたりはわたしの方に表情の無い顔を向けた。


「アレクサンダー。お願い」


 カレンはそう言って、わたしの方に顔を向けたままアレクサンダーさまに目配せした。


「かしこまりました」


 アレクサンダーさまが、差し出した招待状をわたしから受け取る。


「ふふっ。お茶会、楽しみにしておりますね」


 わたしは、ことさらに笑顔を作ってふたりの前を立ち去った。

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