第9話 聖女襲撃事件①――カレン視点

 夕食の後、私たちはお茶会に出席するため、手土産のお菓子屋などを準備して学生寮を出ました。


 シュテルンフューゲルを東西に走る大通りから南へ延びる通りを進むと、街の外れにバンブスガルテンがあります。


「流石に、夜は静かな街になりますね」


 セキレイの街とは違い歓楽街がないこの街は、夜になると人通りも疎らになるようです。ぽつぽつと、パブなどのお酒を出すお店の灯りが見える程度でした。


 テーブルを挟んで、笑いながら話をする男女、テーブルに身体をあずけて一人お酒を飲む老人、カチンとグラスを合わせてお酒を飲む三人の男性。

 そんな光景を見ながら、私たちは大通りを歩いて行きます。


「カレン様、つぎはこちらです」


 私たちはウィリアムの案内で、途中の角を右に曲がり南に延びる通りを歩きました。

 しばらくすると、正面に青々とした広大な竹林が見えてきました。


 バンブスガルテンは、シュテルンフューゲルの名所の一つです。

 星の数ほどの青くしなやかな竹が、星空に向かって伸びる光景に私は息を呑みました。

 そよ風が吹くと、さらさらと左右に伸ばした枝の葉を鳴らして揺れています。それは、まるで訪れた者を歓迎しているかのようでした。


「わぁ、素敵なところですね」


 アレクサンダーは、きょろきょろしたかと思えば、時折、じーっと竹藪のなかを凝視しています。所々に、とんがり帽子の形をしたチョコレートのようなものが顔を出していました。


「……金に困ったら、ここで筍を掘って持っていこう」


 目を輝かせながら呟くアレクサンダーを見て、思わず笑みを零しました。


「この先の細道を抜けた広場が、待ち合わせの場所ですね」


 私たちは、竹林の中に延びる細い道を歩いて行きます。

 しばらく歩くと、あまり広くはありませんが開けた場所に出ました。


 けれども、そこに人の姿はありません。


「確か、招待状によると、この辺りの筈ですが……」


 私は、招待状を見ながら周囲をきょろきょろと見回しました。


「サクラコ様たちの姿がありませんね」


 三つ編みにしたこげ茶色の髪を揺らして、フレイアも辺りを見回しています。


「道を間違えたのかしら?」


 私が首を傾げていると、


「いえ、ここまでは一本道でしたから、間違える筈はありません」


 ウィリアムが、私の方を見てそう言いました。


 しばらく、私たちはその場に立ち尽くしていました。

 約束の時間になっても、約束の場所にサクラコ様たちはお見えになりません。


「……変ですね。サクラコ様に何かあったのかしら?」


 そう言うと、隣にいたウィリアムが一歩前に出ました。


「一度、寮に戻りサクラコ様に確認しては?」


 私たちは、ウィリアムの提案に頷きました。

 とりあえず、学生寮へ戻ることにいたしましょう。


 アレクサンダーが、もしものため別の道で寮に戻ることを提案しました。

 そしてアレクサンダーとフレイアのふたりでほかの道が無いか、うろうろと探しました。

 けれども、この広場に通じる道は来た道以外に無いことが判り、アレクサンダーは眉間に皺を寄せています。


 仕方なく、私たちは来た道を引き返すことにしました。アレクサンダーは、私の側で周囲を警戒しながら、いつでも抜けるように剣に手をかけて歩いています。


 来た道を半分ほど引き返しところで、ふいに「カレン様っ!」と叫ぶ声がして、私はアレクサンダーに突き飛ばされました。同時に「ギイィン」という音が耳に響きました。


 何事かと見ると、剣を抜いたアレクサンダーが黒装束の男と鍔迫り合いしていたのです。


 一体何者ですか!? はっ!


 今度は竹藪のなかから、さらに三人ほどの黒装束の者達が飛び出し一斉に私たちに襲いかかってきます。

 

 ギンッ、ギン、ギィン……。


 私はすぐさまウィリアム、フレイア、クランも入れるような半球状の防御壁を展開して、四人の一斉攻撃を防ぎました。


「くっ……」


 四人の黒装束たちの攻撃を防御壁で防いだとはいえ、魔力と体力が削られるように減ったのを感じます。


 防御壁のなかではウィリアムが私の右側で、左側にフレイア、彼女の後ろでクランが、それぞれ構えを取っていました。


 防御壁の外にいるアレクサンダーは、黒装束を押し返し、横に剣を薙いでいました。


 アレクサンダーの膂力りょりょくは、彼の年齢からすると異常です。大人の騎士でも、迂闊に彼の凄絶な剛撃を正面から受けると、武器を落とされて大怪我をしてしまうほどなのです。


 そんなことを知る筈もない黒装束は、彼の剣を受けようとして受けきれず吹き飛ばされています。ごろんごろんと丸太のように転がっていました。


 ついで別の黒装束が、横からアレクサンダーに襲いかかりました。

 ガキィンという音とともに、剣が地面に転がっています。

 

 それは、アレクサンダーの剛撃に耐えきれなかった黒装束のものでした。

 袈裟懸けに剣を振り下ろしたアレクサンダーの剣を受け流そうとして、失敗したようです。

 武器を失った黒装束は、あわてて飛び退いていました。


 ……傍から見ていると、力任せに剣を振り回しているようにしか見えないのですけれど圧倒してますね。


 すると黒装束たちは、左右と後方の三方からアレクサンダーに襲い掛かりました。


「アレクサンダー、左よ!」


 私は防御壁を解除して、雷属性の魔力弾を黒装束に向けて二つ撃ちました。

 アレクサンダーの動きを見て、後方から襲いかかった黒装束と右からアレクサンダーに迫った黒装束を狙いました。

 二つの魔力弾は黒装束たちに命中し、感電して倒れ込んでいます。


 アレクサンダーは、左から襲いかかった黒装束の攻撃を受け流して態勢を入れ替えると、剣を叩きつけるように打ち下ろしました。エイトス直伝の打ち下ろしです。


 黒装束は咄嗟に引き下がり、斬撃を避けました。

 打ち下ろしの刃風に瀕るんだのか、じりじりと下がりながらアレクサンダーの動きを警戒しています。


 ふふっ。背中がお留守ですよ。


 背後から撃ち込んだ魔力弾が、黒装束の背中に命中。彼は竹林の方へ弾き飛ばされ、一本の竹に激突しました。

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