第6話 王立学院校長の謀略?

「どうして、どうして、わたしが最下位クラスなのですか?」


 サクラコは若葉色の瞳に涙を浮かべながら、ロバートソンに成績の説明を求めた。


 全ての問題に解答した。それほど難しい問題だったわけでもない。

 それなのに、最下位の成績というのはどうしても納得がいかなかった。


「サ、サクラコ様……。そ、それは……」


 ロバートソンは、視線をさまよわせ一目でわかるほど狼狽している。


「なにを騒いでいるのだ?」


 校長室の奥の扉から、白いスーツ姿の校長ジークフリート・ケトラーが姿を現した。


 ――ジークフリート・ケトラー

 第二〇代王立学院校長である。国王ジェイムズの学友であり、国王とも親しい関係にある。ジェイムズが「三顧の礼」をもって、王立学院の校長として迎えた人物だ。

 やや細面の整った顔立ち、アメジストのような涼やかな双眸に横長の黒縁眼鏡。菫色の長髪を後ろで束ねていた。


「校長。サクラコ様が……」


 まるで助けを求めるように、ロバートソンが眉尻を下げてケトラーの方を見た。


「どうされましたかな?」


 ロバートソンとは対照的に、悠然と落ち着き払った様子でケトラーは二人の前に立つ。そして、サクラコの方に顔を向け、涼やかな紫の双眸を細めた。

 

「わ、わたしがなぜ最下位クラスなのでしょう? 説明してくださいませ」


 一歩踏み出して見上げながら真剣な眼差しで、ケトラーに成績の説明を求めるサクラコ。

 ケトラーは感情の見えない表情でサクラコを見下ろしながら二、三度瞬きをして、ロバートソンの方に顔を向ける。


「君、サクラコ様の成績は?」


 しかし、ロバートソンは、おろおろと困ったようにケトラーとサクラコを交互に見た。


「あの……、大変申し上げにくいのですが……」


「生徒の努力の結果に、申し上げにくいものなどない。お答えしなさい」


「それが……、全教科0点でございました」


 躊躇いがちに、そうロバートソンは答えた。


 まさかの回答にさらに衝撃を受け、クラッとよろめくサクラコ。この世の終わりのような表情を浮かべた。

 しばらく、無言でロバートソンの方を見ていた。ルナが身体を伸ばして、てしっと彼女の顎を叩くまで意識が飛んだような状態になっていた。

 やがて、はっとしたように顔を上げると、強い口調でロバートソンを見上げながら詰め寄った。


「う、ウソでしょう!? そんな筈はありません。何かの間違いでは?」


 ロバートソンは、わずか一〇歳の王女に気圧されている。これが王族の持つ迫力なのだろうか。実際、サクラコの目力は半端ない。


 四〇歳を超えた経験豊富な教師は、少し仰け反りながら答えた。


「い、いえ。確かに0点でした」


 いくら何でも、全教科0点とは如何に?


「まさか。そんな……。私が提出した解答用紙をみせてください」


 サクラコとケトラーを見比べたロバートソン。目の前の少女は、もはや彼の手に余るといった様子だ。ケトラーに縋るような眼差しを向けて、彼の言葉を待っているようだった。


「いいでしょう。見せてお上げなさい」


 と、ケトラーはロバートソンに指示した。

 すると、少しほっとしたような表情でロバートソンは軽く会釈して、サクラコの解答用紙を取りにその場を離れる。


 ため息をついてロバートソンの背中を見送っていたケトラーは、サクラコに笑顔を向けた。


「サクラコ様。入学式では素敵な答辞を読んで下さり、ありがとうございました」


「……」


 入学式の失態を思い出し、目を泳がせるサクラコ。


「ああ、それから、私の式辞に何か可笑しいところがあったようで……」


 ケトラーが笑みを深めてそう言うと、サクラコは彼の顔を見上げながら一歩後退りした。


「はぇっ!? え、えっと、あれは、その……、お話の腰を折ってしまい、大変申し訳ありませんでしたっ!」


 謝罪するしかなかった。

 流石に腰に佩く剣がかました古典ギャグに、思わず笑ってしまったとは言えない。

 仮に言っても、信じてもらえるかどうか、かなり微妙ところだ。


 そんな会話をしていると、先ほどサクラコの解答用紙を取りに行ったロバートソンが数枚の羊皮紙を持って戻って来た。


「サクラコ様。こちらです。ご確認ください」


 ロバートソンから差し出された解答用紙は、確かにサクラコの答案だった。

 しかしそれを見て、首を傾げるサクラコ。


「なぜ、この解答で間違っているのでしょうか?」


 彼女は国語の解答のひとつを指さして、ロバートソンに尋ねた。


「こちらの問題は、文章読解でありまして、指示語『この』の内容を問題文から正確に抜き出さなければなりません。しかしサクラコ様の解答は……」


 そう問題文をみせながら解説するロバートソン。

 ここでサクラコは、ある事に気が付いた。

 それは、


「ちょ、ちょっと待って下さい。わたしが渡された問題と異なります。ここの文章の指示語『それ』の内容を抜き出すのでは?」


 そう。

 いまロバートソンが彼女に見せている問題は、テスト時に彼女が解答した問題と異なっていたのだ。


「は? そんなことはありません。いま、お見せしているのが、クラス分けテストの問題です」


「うそでしょう!? わたしが解答したのは、こんな問題ではありませんでした!」


 一歩前に出て、サクラコはロバートソンに詰め寄る。

 仰け反りながら後退りするロバートソン。助けを求めるような目でケトラーの方に顔を向けた。


「少々見苦しいですぞ、サクラコ様」


 ケトラーは、ロバートソンに詰め寄るサクラコを窘めた。

 しかしサクラコは、ケトラーを睨みながら反論する。


「は? 何言っているんですか? こんなの絶対ヘンです!」


「では、あなたが解答した問題が他の学生が解答した問題と異なるという証拠はありますかな?」


 サクラコの異議に対し、目を細めサクラコを見下ろしながら、証拠を示せと迫るケトラー。


 解答用紙とともに問題用紙も回収されてしまっている。もし、王立学院の関係者がサクラコを陥れようとしたのであれば、すでにサクラコが解答した問題用紙はすり替えられているか、抜き取られているだろう。


 そして彼女は思い出した。問題用紙をサクラコに配布したのは、ほかでもない。

 ここにいるケトラーだったことを。

 なぜか、一番下の羊皮紙をサクラコに渡したことを。


 サクラコは、キッと鋭い視線をケトラーに向けた。


「なぜ? なぜ、わたしにこんな仕打ちを? あなたの退屈でつまらない式辞を遮るようなマネをしたから?」


 声を震わせるサクラコ。


 ケトラーは感情を感じさせない顔で、サクラコの若葉色の目を真っ直ぐ見ながら低く力強い声で彼女を咎めた。


「言葉が過ぎますぞ。サクラコ・ヴィラ・ドスト」


 王立学院では、王族も貴族も平民も関係ない。教師は学生たちに平等に接する。あくまで毅然とした態度を崩さないケトラー。

 その鋭い視線が放つ迫力に思わず、サクラコはびくっとして後退ってしまった。


 結局、サクラコの猛抗議は、ケトラーに受け入れられなかった。

 しょんぼりと肩を落とし項垂れて、校長室を後にするサクラコ。


 彼女が退出したのを確認したロバートソンは、不安そうに眉尻を下げてケトラーに尋ねた。


「校長。これで、本当によろしかったのでしょうか?」


「フン……」


 ケトラーは、ロバートソンに背中を見せて校長室の窓から外の景色を眺めていた。



 ほどなく王立学院の学生を中心に、「サクラコは、クラス分けテストで歴代最低得点をとり最下位クラスに入れられた」「王女の立場を利用して、最上位クラスに入れるよう校長に要請した」という噂が流れたのだった。

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